第40話総本山の日常
成田にあるアプリ坊主の総本山。商店街を横目に見ながら、段差等を極力無くしたゆるやかな斜面を登っていくとやがて堀と塀で囲まれた境内に行き着く。
中央に位置している昔ながらの石段を細々と登れば本堂だ。本堂とは言っても何か特別な物を崇め奉っている訳では無い。アプリ坊主の教えとは
「周りの人すべてに感謝し自分も大事にする」というある意味すべての人間に共通する物であり、これといって特別な何かを崇拝している訳では無い。
遠い昔に袂を別ち、それぞれの道を歩み始めたアプリ坊主とジブリ坊主も根本的な所は変わらなかったのだ
その本堂の板の間に座禅を組み瞑想している老人が居た。
「・・ぬ~ん」
この老人は珍海家から家督を継ぎ今でも小さいながらこの施設を経営している。熊と見間違う程の巨躯であり、達磨さながらのいかつい顔は門下生達に恐れられていた。
「・・・(かゆくてたまらんわい)」
名は 今泉(いまいずみ) 矛沈(ほこちん)と言い、産気付いた母親が「泉に矛が沈む夢」を見た事が名前の由来だと言う。
夢の中でパチンコに夢中になっていた母親は、家宝にしている大事な矛が無くなっている事にふと気づいて慌てて探したのだが一向に見つからず、困り果てて仕方なく警察に紛失届けを提出した。
そして後日「泉に沈んでました」というシールが貼られて郵送で送られて着たのだと言う。夢から醒めた母親は「二度と同じあやまちを犯すまい」と心に決め、パチンコに行く時は
矛を持たずに行くことにしたという。
「・・矛沈(ほこちん)師匠、掃除終わりました!」
「・・ふう、終わったぁ~」
「ああ~疲れた」
瞑想している矛沈の背後の廊下から、ドタバタと大勢の弟子達がやってきた。皆、まだ幼い。
「・・・あっ!!」
「矛沈(ほこちん)師匠の頭が腫れてらっしゃる!!」
虫にでも刺されたのであろうか。矛沈の坊主頭は、あちこち赤く腫れ、あるいはうっすらと膨れている
「矛沈(ほこちん)師匠の頭が膨れてらっしゃる!!」
別の弟子も指摘する
「ほこちんが膨れてらっしゃる!!」
さらに別の弟子も続けた
「・・・大丈夫じゃ」
「こんなものは、そのうち治るわい」
弟子達の方をちらりと見た矛沈は、向き直り瞑想を再開する
「・・・あとな、呼び捨てにした奴、かゆみ止め持ってきなさい」
矛沈がぽつりとつぶやく
「はい!よろこんでー!」
弟子は猛ダッシュで救急箱からかゆみ止めを持ってくる
「おい、すぐに矛沈師匠に塗って差し上げろ」
別の弟子が急かす
「たっぷり薬を塗りこむんだぞ」
「矛沈師匠の頭になじむように、よくさすって差し上げろ」
さらに別の弟子が説明する
「そうだ」
「矛沈師匠によくさすって差し上げるんだ」
周りの弟子も続ける
「矛沈(ほこちん)師匠をよくさすって差しあげろ」
「矛沈(ほこちん)師匠をよくさするんだ」
「ほこちんを猛烈にさするんだ」
弟子達が一斉に盛り上がる。
「・・皆、これが終わったらおやつタイムじゃ」
「・・・あとな、呼び捨てにした奴、しばらく正座してなさい」
矛沈が座禅を組みながら指示を出す。正座以外の弟子も一同しばらく座禅を組み、思い思い瞑想する。やわらかな日差しと微かに揺れる木々のざわめきが
春色の温かい香りに包まれて本堂をかすめて行った
「頼もぉ~う」
ふいに玄関から声が掛かる。本堂には廊下をまたいで直接外から入れる様になっているが、どうやら玄関側に行ってしまったらしい
「はぁい」
弟子の一人が返事をする
「・・誰か出てきなさい」
「あと、用事を聞いてくるように」
矛沈が顔を玄関側に向けて指示を出す
「矛沈(ほこちん)師匠が指示を出されたぞ」
「矛沈(ほこちん)師匠は頭に薬を塗られてさすられたばかりだというのに」
弟子達があうんの呼吸で連携を取る
「矛沈(ほこちん)師匠はさすられたあとに指示を出したんだ!!」
別の弟子が前フリで盛り上がる
「そうだ!」
「矛沈(ほこちん)師匠はさすられて指示を出したんだ!!」
「矛沈(ほこちん)師匠がさすられて出た!!!」
「ほこちんがさすられて出た!!!」
弟子達の連携は素晴らしい物だった
「・・・いいから早く行ってきなさい」
頭に青筋を浮かべながら矛沈は弟子を玄関に遣わした
「ガラガラガラッ・・・」
玄関を開けるとそこにはTENGOを装着した学生が立っていた
「はい、何用でしょうか?」
弟子が尋ねる
「・・・・あ、お忙しい所すいません」
「・・・自分はプロアプリ坊主を目指している、二時之次(にじのつぎ)と申します・・」
珍海達と2回戦で戦い、敗れた二時之次。その人だった
「・・実は矛沈様に相談したいことがありまして」
二時之次がぽつりぽつりと受け答えする
「はぁ・・・それで、二時之次様は予約等、入れましたか?」
弟子が尋ねる
「いえ・・それが・・いきなりで申し訳無いのですが、なんとかお会いできないでしょうか・・?」
二時之次は丁寧に答えた
「なぁに、そんなもんはいらんわい。」
「ささ、上がるがよろしい」
弟子の後ろから矛沈が巨躯を揺らしながら「ぬっ」と顔を出した。先導されるままについて行く二時之次
「それで相談というのは、何の事についてかな?」
矛沈があぐらをかきながら尋ねる
「・・・ここに通されたということは、矛沈様も解っておいででしょう」
本堂に廊下で繋がる道場に二時之次は案内された
「普通の客人で、それを付けていきなり尋ねてくるヤツはそうそうおらんでな」
矛沈は二時之次の股間に装着されているTENGOをアゴで差した
「・・・稽古をつけて下さい」
二時之次が複雑な表情で懇願する
「噂はここまで届いておるぞ」
「今時、武者修行とは熱心な事じゃな・・・」
「いいじゃろう。かかって来なさい!」
矛沈は立ち上がると、3メートル程距離を離した
「・・・ありがとうございます」
二時之次も立ち上がり、少し距離を置く。
「うおおおーっ!!!」
「アプリ坊主ッーーーー!」
矛沈が法衣からTENGOを取り出し装着する
「アイツ、強いのかな?」
「バッカおまえ、二時之次って百年に一人の天才らしいぞ」
「マジか~?」
道場と廊下を隔てる扉を少しばかり開けて、中の様子を見守っていた弟子達は皆心配そうにしている
「・・・参ります」
二時之次がゆらりと構える。
「・・・・!!!」
その瞬間、矛沈は並々ならぬ威圧を感じた。例えるならば・・そう、「街角を曲がったら、至近距離にヒグマが仁王立ちしていた」それくらいの突然な威圧感だった。
――その瞬間
「ドゴーーーーーーーン!!!」
「きひぇぇぇぃい!!( 誇TEN(こて) )」
体育マットを空の彼方から落としたようなすさまじい音。普段聞き慣れない、肉と肉がとてつもない勢いでぶつかる音。それは二時之次のTENGOが矛沈を捕らえた音だった。
その衝撃波と供に二時之次の移動した際に起こった風圧が弟子達の顔をかすめた。
「ぱくぱくぱく」
股間のTENGOを両手で押さえ、白目を剥き、口から泡を出して床にうずくまる矛沈。どうやら絶叫する余地すら無いようだ
「・・・お手合わせありがとうございました」
二時之次の一騎打ちの強さの秘訣は「静から動」これが極端に行なわれる所にある。まず「静」についてだが最初の打ち込み時、二時之次は他の使い手よりもゆっくりと動き出す。
そして「動」は他より遥かに早い。これはどういうことかと言うと、野球に置き換えるならば「スローボールで相手の目をスローに慣れさせて置いてから、いきなり剛速球を投げる」という事だ。
例え師範代クラスであろうとも対処できる様な物では無かった。
「・・・」
「・・救急車を呼んであげてください」
「・・・では私はこれで」
道場から出た二時之次は一礼すると、弟子達にそう告げて帰って行った。
「おい、早く救急車を!!」
「大変だ!矛沈(ほこちん)師匠が口から泡を吹いてらっしゃる!!」
弟子達が廊下の黒電話と道場を行ったり来たりしながら叫ぶ
「矛沈(ほこちん)師匠が口の先端から吹いてらっしゃる!!」
「矛沈(ほこちん)師匠が先端から吹いてらっしゃる!!」
「ほこちんの先が吹いてらっしゃる!!!」
廊下を右往左往する弟子達。彼ら(彼女ら)の連携はバッチリだった。
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