第37話犬馬のり子の休日〈前編〉
千葉モッチマリアンヌの「犬馬 カケル」といえば日本人なら知らない人はいない、と謳われたほどの大選手だった。プロアプリ坊主界における彼の業績は
今も尚不動の物として語り継がれており、またそのパートナーであり妻でもある 宮岸(みやぎし)由紀子(ゆきこ) も彼に負けず劣らずの素晴らしい成績を収めた。
そんな二人の間に長女として生まれたのが私だった。
テレビのスポーツニュースを見ればいつも画面の中で両親が活躍していて、「友達のパパとママはいつになったらテレビで紹介されるんだろう?」と幼心に真剣にそう思っていたものだ。
遠い親戚でもある「珠須 雪次郎(たます ゆきじろう)」氏のはからいで母の妹夫婦に預けられた私はなんの不自由も無く育っていった。・・・ただひとつ。
――私には友達が居なかった。
権力者や有名人の血縁だった事などから、中には腰を低くして擦り寄って来る子も居たが、世間一般で認識されているようなそういう関係とは程遠い物だったのだ。
「・・・・」
孤独極まった私は取り返しのつかない間違いを犯した。会長に向けて「友達が欲しい」と懇願したのだ。
「今思えば」
・・いや今に限らず、始終思っているのだが。とんでもない出会いだった。そう感じている。。
「・・珍海あつし」
「・・よろしくね」
会長に手を引かれて連れられてきた男の子が、たどたどしい感じで私に挨拶する
「私は、」
「私は犬馬のり子」
「これからはずっと一緒だよ♪」
例えるならば、父親にクリスマスプレゼントでぬいぐるみをねだるのと同じ感覚。
「うん、よろしくねっ♪」
ショーウィンドのガラスの中に並べられている「友人」を私はコネで買ったのだ。
私の部屋はタンスと机、ベッドだけのシンプルな構成だ。来客時に活躍したりもする折りたたみ式のテーブルがベッドと壁の隙間に収納されている。
昨日3回戦を終えた私は次の日が休日という事もあり、そのまま珍海と一緒に夜を過ごした。
「ん・・・」
「珍海~・・・おはよぅ~・・」
視線を感じたので挨拶する。どうやら珍海は床で寝ていたらしい。
「おはよう、犬馬」
「今日は・・・」
いけない・・夢を引きずっている・・演技・・・・・笑顔、笑顔を見せなきゃ・・珍海に嫌われてしまう・・何か言いかけていたけど構わない。
「珍海~!」
珍海に向けて飛びついた
「うぉっと!!!危ない!」
「おまえな~・・」
するりと身をかわす珍海。
「む~~!どーして避けるのよ~!」
目を擦りながら冗談混じりで不満をぶつける。気持ち・・気持ちを切り替えて・・
「目を覚ませ、犬馬」
「ほら、宮岸さん達居無いだろ、今。」
珍海が冷静に言い放つ。叔母さんと叔父さんは今、アプリ坊主のキャンプ候補地視察の為留守にしている。
「も~・・・」
「だいじょーぶだって~・・」
2人が居なくてもちゃんとやれてるもん。私。
「いや、大丈夫じゃないだろ、全然」
むう、あくまでダメだと言い張るか、むう。
「きの~だって抱きついてたじゃん~」
ならば、これでどうだっ!!
「昨日のは試合なの、今もう、全然関係ないでしょ!!」
よし、全然ダメだった。
「む~・・・シャワー浴びてくる・・」
タンスの中からタオルを取り出しバスルームに向かう
「犬馬、代えの下着持ってな。」
「くれぐれも!・・全裸で出てこないように」
もお・・・珍海!! 私の裸がそんなに魅力無いってのか!!
「もう!!解ってるよっ!!」
全然解っていないけど、タンスの中からパンツを掴んで風呂場に直行した。
「・・・・。」
湯に濡れてまとまった髪の先端から雫が落ちる。シャワーに打たれながら私は、先ほどの夢の続きを思い出していた
・・・珍海は、私と初めて出会ったのが高校に入ってからの様に思っているが、それは私が会長に頼んで「記憶を消してもらって」いるからであって。
「・・私は」
「・・・ずるい女だ」
そう・・私はずるい女だ。少し前に珍海とケンカしたときも、その前も・・・・・。
「ふふっ・・」
自虐的な笑みがこぼれる。
「でも・・」
アイツは私がこんな女だって事を知らない。見せないし、悟らせない。
「・・。」
心を汚してまで手に入れた「友人」だ。それを失うくらいなら、なんだってする。
「・・これは罰なんだ」
「珍海との・・」
珍海との恋人ごっこも、すべてはその対価として支払う罰なんだ。
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