第36話御津飼 政一の回想 4(終)

雲天堂(うんてんどう)千葉支店 開発兼製造工場。千葉支店とは言うものの少し下った市原辺りにその工場はある。敷地をぐるりと囲むコンクリート製の高い壁と、

そこから滲み出るオレンジの錆後がどこか閑散とした雰囲気を出していた。出入り口にはゲートが設けられていて人の出入りを厳しく監視している。

御津飼 政一は犬馬のり子をこの場所に見学に誘うべく支店長と応接室で打ち合わせをする所であった。




「ようこそお越しくださいました」

「御津飼様には日頃からお世話になっております・・」


支店長が腰を低くしてソファーに案内する。言われるままに腰掛けつつ


「いや、挨拶はそのくらいでいいよ」

「本題に入りましょうか」


右手で制止した。父さんへの機嫌取りに付き合っている場合ではない。


「これは失礼しました」

「ではひとつ、これだけでもお願いします」


作り笑いを浮かべながら名刺を渡して来る


「あいにく僕は(名刺を)持っていないんで・・」


財布を取り出し、差し支えの無い所に収納する。


「いえいえ構いません、御父上様からよく伺っておりますので」


スーツ姿の支店長もソファーに腰掛けた


「それでですね」

「そちらに依頼して作ってもらった着ぐるみなんですが」

「アレの外装「だけ」を変えてもう一体作って貰う事はできますか?」


手元に置いてある「お冷」の外側を人差し指でぐるっと一周させながら説明した


「はい・・できます。できますが」

「・・・・」


口に手を当ててなにやら考え込む支店長。


「犬の着ぐるみを作って欲しいんです」


そう言って一枚の紙切れを手渡した。犬の絵が描いてあるヤツだ。このデザインなら、のり子さんも着てくれるはず。


「・・・・」

「ひとつ確認させていただきますが外装「だけ」とはどういった意味でしょうか?」


支店長が視線をイラストから僕の方に移し尋ねてくる


「・・・・」

「内装はそのままに、という意味です」


・・・うまく伝わっただろうか?・・いや、こんな曖昧な会話だと無理だろう。ここは思い切って具体的に・・


「・・リラックスするのに必要なんです」

「今はさまざまな電波が飛び交っている時代ですよね?」


かなり強引だが別の方向から攻めてみた。


「ゴムで内装されたあの着ぐるみを着ていると」

「とても落ち着くんです。」


実際は逆だが。いろいろな価値観が変わってしまい、落ち着くどころではない。


「・・・はあ。」

「解りました。」


支店長はなにやら考えたまま返事をすると


「解りましたが、お父様はこのことをご存知で?」


話題を変えてきた。


「ああ、そのことなら問題ないです」

「任せられているので。」


おそらくコストの問題だろう。言われてみれば確かに一介の学生に支払える金額では無い。


「そういうことでしたら」

「今すぐにでも取り掛からせて頂きます」

「ではここにサインを・・」



その後、開発室や工場などの見学をする事を約束し、軽く下見をしてから帰宅した。ところどころに設置されている監視カメラが妙に印象的だった。




「それじゃ俺、社会(授業の科目)に戻っから」

「お前も早く戻れよ」


万南無高校(まんなむこうこう)のトイレ。珍海は元居た学科のクラスに戻っていった。


「おう・・」

「・・・・・・」


言われなくても解っている。


「・・・」


見つめた鏡の先から帰ってきた僕は、足でサンダルの向きをきちっと元に戻してからクラスに戻った。


「ふぅ・・」


すべての段取りは整った。あとはのり子さんを誘うだけだ。


「僕なら・・」


僕ならのり子さんを救ってあげられる。正しい方へと導いてあげられる。


「こんな・・」


こんな卑猥な事が許されるのは、ゲームやアニメの中だけだ。どうみても間違っている。


「いくらスポーツだからといって・・・」


のり子さんだってきっと、こんな事は望んでないに決まっている。




畳み敷きの教室。和を強調した空間に、教員がチョークを走らせる音が響く。御津飼 政一以外の男子は皆、視線制御装置を外した痕が両目の脇に痛々しく残っていた。

それが原因で視覚障害に陥った者も居る。だが彼らは何も言わない。自分の国が、自分の国こそが正義であり絶対的基準であると信じて疑わないからだ。

























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