第34話御津飼 政一の回想 3

万南無高校(まんなむこうこう)の正門。校舎へと続く雑木林の曲がりくねった道に、飛び石がぽんぽんと敷かれている。左右ところどころ切り取られた空き地には、前日片し終わらなかった

屋台が消火器と供に放置されている。道なりの緩い坂を見上げれば、ゴミ箱に投げ捨てられている文化祭案内のパンフレットや点々と残る照明が秋風に少し寂しくはためいていた。




「さてと・・・」


昇降口でスリッパに履き替えた僕は板敷きの廊下を部室へと向かって歩き出した




「こんちゃ~」


部室のドアを開けて挨拶する・・・やはり昨日は片すのが間に合わなかったらしい。いろんな小道具やら舞台のセットやらが散乱している


「ん?」

「こんにちは~」

「ちゃ~っす先輩」


ひと組の男女アプリ坊主(後輩)部員達がこちらに気づいて、物陰から出て挨拶を返してきた。意外にも部員はこれだけしか居ない。


「なんだ、随分少ないな?」

「他の部員もキミ達を見習って欲しい物だな」


僕は冗談混じりに軽口を叩くと、昨日ほっぽらかして帰ってしまった着ぐるみを遠目で確認した。誰も触って無い様だ。後輩2人が近くに寄ってきた


「いえいえ、とんでもない・・」

「自分なんかまだまだですので・・」


この、照れながら頭を掻いている男子が


小屋鳩(こやばと) 大脱走(だいだっそう)


割とユニークな名前だが、数多い1年の中では比較的真摯に部活に取り組んでいる方だと思う。そして


「先輩!・・豆食べます?」


熱心に豆を勧めて来る女子が、小屋鳩(こやばと)君のパートナーの


焼豆(やきまめ) 目良美(めらみ)


言うまでも無く、能力は「豆が食べたくなる能力」だ。現に今こうしている間にも僕はあやうく彼女の差し出す豆袋に手を伸ばすところだった。


「い、いや、遠慮しておくよ」


僕は両手を胸の前で降って断った


「まぁまぁ、そー言わずに一口だけ、一口だけですよ~」


焼豆がひっついてきた。袋から香ばしい豆の香りが漂い、僕の鼻をくすぐった


「いや、マジでいらない・・・・いらないんで」

「話が進まなくなるから・・・」


頭がクラクラする。「豆が食べたくなる能力」によって価値観が改変されつつあるのだ。僕は右手を突っ張り出して誘惑に耐える。


「そうですか・・・」


しょんぼりとして背を向ける焼豆。・・・すまんな又今度相手してあげるから。


「ふう・・」


能力から開放された僕は、ずり下がったメガネを元の位置に戻し、呼吸を整える。――だが次の瞬間


「!?」


目の前に拳があった。


「せ、先輩・・」


焼豆が拳を目の前に突き出している。そして、それを手のひらが上になるように回転させると


「よく見て。」


ゆっくり開いて見せた。


「うっ・・・!?」

「うあぁぁぁぁ!!!?」


焼豆の手の中には、汗を吸って美しく光輝く「豆」が仕込まれていた。


「んぼっ!!!」

「ぶはっ!!」

「豆うめぇ!!」

「べろっ・・」

「むはっ!」


不意を衝かれ理性の飛んだ僕は磁石が吸い付くように彼女の手から一心不乱に豆をむさぼった


「ハァハァ・・」


豆は消えてなくなったが、唾液まみれの手にはまだ豆のカスがついている。


「・・・べろっ」


僕は焼豆の手首を掴むと、カスを舐め取るついでに舌の先端で手のひらを蹂躙した。


「ああっ・・!!」


快感に身悶えする焼豆。その場にへなへなと腰を降ろした


「ふう・・」


僕はズボンのチャックを降ろすとポッケの中からTENGOを・・・。


「って違う!!」


自分で自分に喝を入れる。・・後輩の術中にはまるとは。


「どうしたんですか?先輩」

「もっと稽古しましょうよ」


近くで日和見していた小屋鳩(こやばと)が不思議そうな顔をしてこちらを窺ってきた


「いらんちゅうに!」

「・・・それより小屋鳩」

「おまえの第一志望の能力ってなんだ?」


基本的に男性アプリ坊主は「能力を行使すること」を禁じられている。禁じられていると言っても、法律上どうのとかそういう類ではなく、「あくまで自主規制」

しているに過ぎないが。なんでも男性が能力を使い出すと私利私欲にしか使わないとかなんとかで、アプリ坊主連盟によって「自重するように」と取り決められ

ているのだ。「男性アプリ坊主は、なるべくパートナー(女性アプリ坊主)の支援に回るように」との事。なので、一応は能力を使える事になる。


「??急にどうしたんです?」


口に手を当てて訝しがる小屋鳩


「いいから教えてくれ」


ズボンのチャックが開きっぱなしになっていた。バレないようにさりげなく直す。


「んー?・・・なんだったっけかなぁ??」

「晩・・・晩御飯のおかずが一品増えますように」

「とか、そんな感じだったと思います」

「あ・・カレーになりますようにだったかも・・」

「う~ん・・」


小屋鳩は記憶をたどりたどり思い出している。普段使わないのだ。無理も無い


「ああ、うん解った、もういい」


そのまま着ぐるみの置いてある所に向かい、ペンライトを使って虫などが入って無いかどうかだけ軽くチェックした。


「・・・大丈夫そうだな」


右足、左足と着ぐるみに通し、肩まで覆うとかなりの重量感だ。


「うっく・・」


メガネを外し忘れた。まぁいい。僕は着ぐるみの頭を掴み、


「あー、ちょっといいかな?」


焼豆と小屋鳩に歩み寄る


「あれ?妖怪さんだ」

「先輩、それ(着ぐるみ)気に入ってるんですかぁ?」


焼豆が着ぐるみをぺたぺたと触る


「いや、そーいう訳じゃないけど」

「案外暖かいから、家で勉強する時に使おうと思って。」


咄嗟に嘘をついた。どう考えても、こんな身動きの取れない物で椅子に腰掛ける勇気など無い。


「先輩のどろぼー」


くすくすと笑う焼豆


「いや、コレうちで作って持ってきたやつだから・・」

「ちなみに一円も予算降りてないぞ・・・」


親父が全部やってくれたし別にいいが・・まぁ、ここの学校の事だから(アプリ坊主育成に力を注いでいる)言えば予算降りただろうけどね。。


「へぇ~・・」

「先輩、金持ちぃ~♪」


焼豆が何袋目か解らない豆袋を開けだす・・・・・今だ


「ああ、それ。その能力」


うう、メガネがずり下がった。着ぐるみの上からだと直せない。一旦頭をはずしてメガネを直した。


「???」

「袋を開ける能力ですかぁ~?」


焼豆が手を止めて質問してくる


「いや、そーじゃなくて」

「つか、第二志望それかよ」


軽くツッコミを入れた。


「えへへ~、バレちゃいましたぁ~?」


なんだか本当にそうらしい。


「その能力、ちょっともう1回使ってみてくれないか?」


すかさず着ぐるみの頭部をかぶる。


「んんん~・・・」

「まめぇ!!!」


焼豆は精神統一し、豆の入った袋を目の前に突き出した。案の定、まったく効いていない。思ったとおりだ。


「はっはっはっ・・」

「効かんなぁ~?」

「オーラの力を借りてもいいんだぞ??」


僕は焼豆を軽く挑発すると、小屋鳩にさりげなく参加要請を出した。


「あれぇ・・?おかしいな・・」

「ぐぬぬ・・妖怪さん、手ごわいなぁ~」

「よ~し!みてろぉ~!」


焼豆は自分達の荷物が置いてあるところまで走っていき、新しい豆袋と小屋鳩のTENGOを持って帰って来た。


「ハイ!これつけて!!」


焼豆が小屋鳩にTENGOを渡す


「もう、ちょっと今日出るか解らんのだけど・・」


小屋鳩はしぶしぶとTENGOを装着するが、どうやら今日は既にオーラを放出してるらしい。ぐったりと下を向いてしまっている


「もう、しょうがないにゃあ・・」

「んっ・・じゅぽ・・・」


小屋鳩のTENGOを元気にすべく、焼豆がしゃぶりだす・・・。


「・・・・・!!」


ちょ・・・ちょっと待てよ。なんでこんな卑猥な事を、堂々とやってるんだこいつら??。・・・いや、アプリ坊主部だから当たり前か・・・?


「じゅぽ・・じゅぽ・・」


焼豆が文句も言わずTENGOをしゃぶっている・・。いや、文句どころかその表情は喜びに満ちている。ううっ・・頭が痛い・・


「・・・」


・・確かに現存するスポーツの中には、フィギュアスケートなど「男女で体を密着させてどうにかする」物はあるが・・これはやりすぎなのでは・・?


「今まで・・」


今まで普通だと思っていたことが、急におかしく感じる・・・。記憶云々では無い、やはり誰かの能力によって「価値観そのもの」を改変させられている・・・


「うっ・・・!出るっ!!」

「オーラ出るっ!!!」


小屋鳩のTENGOから勢い良くオーラが放出され焼豆の口の中を満たす・・。溢れたオーラはアゴを伝ってぼとぼとと焼豆の足元に降り注いだ。


「・・・ぶはぁ!!」

「お~し!!いっちゃうぞ~!!」

「ほ~ら、豆ェ豆ェ♪」

「豆ェ~~♪」


小躍りをしながら豆袋を差し出す焼豆。オーラで増強された筈の彼女の能力は僕には全く効いていなかった。だが


「・・・・がぽっ!!」

「んおっ!!」

「豆うめぇぇぇ!!」


とりあえず効いてるフリをしておくことにした。着ぐるみの頭をはずして、焼豆の差し出している豆袋にむさぼり付いた。


「んふふ♪」

「食べてる食べてる・・・ああっ!!」

「あっ・・あっあっ!!」


焼豆は自らの能力「豆が食べたくなる能力」がうまくいったと思い込み、快感で打ち震えている。


「・・ふぅ」

「さすがは焼豆ちゃん」

「ほかの高校だったら間違いなくレギュラーだよ」


正直な感想を告げる。アプリ坊主部に力を入れているここの高校では無理だが、ほかの高校なら代表に選ばれていてもおかしくは無い。


「いやぁ~・・それほどでも~♪」


焼豆が照れ笑いを浮かべる。スカートの下から汗ともオーラともつかない雫が、太ももの内側を伝って線を引いていた





その後日付を変えて何度も検証した結果「猥褻な事柄に関する記憶」が脳内から抜けやすいということに僕は気づいた。あとは影響している範囲だが、これはもう「日本国中」

なのではなかろうか?根拠は「プロアプリ坊主の試合」である。テレビ中継において、公然とエロい事をしていて誰も指摘しない。新聞の記事にもならない。

かといって、世間の風潮がゆるゆるかと言われるとそうでもない。つい先日も、どこだかのサラリーマンが痴漢をでっちあげられて首を吊った所だ。


話をまとめると、この世の中は「アプリ坊主の都合の良い様に」作り変えられている


・・・・もはやこの価値観改変能力によってでしかアプリ坊主の存続は許されないのではなかろうか?だとすれば「本来は望んでいない事」に

半ば強制的に従事させられている女性が大勢居るのかもしれない。


「のり子さん・・」


のり子さんはどうだろうか?(価値観が)通常の状態であるならば、嫌なのかも・・・?いや、チンカイの為に自ら望んで、という事も考えられる・・


「・・・ううむ」

「・・だとしても」


着ぐるみを無理やり着せて確かめてみるわけにもいかないし、どうしたものか。


「・・・・」

「まてよ」


これ(着ぐるみ)を作った会社って、確か犬用の全身着ぐるみ型散歩マシーンを開発してたよな・・・


「・・」


そうだ。見学に行くという名目でのり子さんを誘おう。その時に「ちょっと犬の気持ちになってみませんか?」って理由を付けてついでに着てもらえばいい。


「・・う~ん」


かなり無理があるな・・。まぁ、とりあえずは「雲天堂(うんてんどう)」に連絡だ。親父の名前を出せば快諾してくれるだろう。



雲天堂(うんてんどう)


元々はゲーム機メーカーであったが、21世紀初頭にラケット型コントローラー付属のゲーム機を発表してから徐々に脱線し始めて、今では犬の散歩装置を作っている。

始めは「老犬用」に体の負担を減らす為に補助的な役割として、エアクッションなどを内臓しているサイバースーツを販売していたが、近年ではロケットエンジンを搭載して

空を自由に飛べるようにする計画が情報誌などで紹介されている

















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