第32話御津飼 政一の回想 2
アプリ坊主部の部室は廊下から入ってすぐ畳敷きで、左側に更衣室兼シャワー室、休憩室と続き、畳の奥の突き当たりが板の間となっている。広さはすべて含めると、
一般的な体育館の半分ほどで部活に関わる一通りの物が全て揃っている。余談になるが更衣室、シャワー室は男女兼用で、アプリ坊主部以外の
生徒達から見れば「既存の価値観とかけ離れた世界」であるらしい。これは、多くの外国人が「混浴」や「共用風呂」などを理解できない感覚に近いのかも知れない。
文化祭の「アプリ坊主絵巻」の出し物はここの部室(施設)の板の間を利用して行なわれた。雰囲気を出す為に消されていた普段の照明は、劇が終わると部員により再び
点灯され、室外から透過してくる真っ黒な景色と、引き上げる観客を半透明に合成して写真のネガフィルムのように窓ガラス上に写し出していた。
「おつかれさんで~す!!」
「あ、打ち上げの準備してあるんで、先輩方は先に移動してて下さい。」
「第二理科室を借りてあるんで」
出し物の舞台劇は無事に終わり、このあとの予定に移行すべくチンカイがてきぱきと指示を飛ばしている。
「ふう・・・」
被り物の頭を畳の上に置き、そこらにあったポットから冷たいウーロン茶を戴いた
「うう~あっちぃ~・・」
着ぐるみで動き回ったせいか、とても暑い。他の部員や後輩達はいそいそと片付けやら移動やら荷仕度やらをしているが、僕にはそんな体力は残されていなかった
「あれ?御津飼(みつかい)」
「おまえ、打ち上げ出(出席)るんだっけ?」
チンカイから声を掛けられる
「いや、前に出ないって言っただろ?」
「(打ち上げ用の)出席名簿みたいなやつ付けてた(記録してた)じゃないか」
「あれ、どこにやったんだ」
もう、どうでもいいから少し休ませて欲しい
「あー・・・うん・・」
「名簿・・う~ん・・」
完全にどこかに置き忘れてるな、ありゃ。キョロキョロしながら小道具の散乱している室内をあちこち探し回り出した。間も無く、のり子さんのお父さん(?)とお母さん(?)
らしき人達が迎えに来て、チンカイと軽く挨拶を交わしてから家族で帰っていった。
「しかしなぁ・・」
打ち上げとか何も、今日やらんでもいいだろうに。終わるの明日になるぞ。
「ピーンポーンパーンポーン♪」
校内放送の出だし部分の効果音が響く
「ご来場の皆様に文化祭運営委員よりお知らせです。」
「本日は御忙しい所多数ご来場いただき、誠にありがとうございます。只今20時50分になりました」
「当文化祭は21時をもって終了とさせて頂きます。」
「繰り返しお伝え申し上げます」
「ご来場の皆様に・・・・」
文化祭の終わりを告げる音声が繰り返し響く。
「ほら」
運営もそういってることだし
「帰って寝よ・・」
うん、そうしよう
和風の廊下に増設された灯篭型のライトの光が暗闇をかろうじて照らす。発電機の音が夜空に染みこんで行く。下級生だろうか?途中で女子2人とすれ違い、
白と対比された背後の空間に音も無く吸い込まれていった。文化祭の終了を告げる「蛍の光」のBGMと供に昇降口にたどり着くと、僕はそのまま帰路に至った
「うー・・・うん??」
顔にがさがさと当たる感触。なんだこれは??
「くっ・・・くぁあ・・」
状況を把握した僕は、腰掛けていた椅子から立ち上がると大きく伸びをした。帰宅後に机につっ伏して寝てしまったらしい。
「ああ、ミスったな~・・」
振り替え休日なので慌てる必要も無いが、書きかけの日記帳のページが「ぐしゃっ」と折れてしまっている
「むう。」
よれたページを直していくと、書いた覚えの無い一文に目が言った。
「着ぐるみを着ている間、僕はまるで深い眠りから目覚めたような感覚に陥った。」
「・・・・・」
着ぐるみ・・・・眠り・・・そういえば一体あれはなんだったのだろう?・・・あれ・・?日記?
「・・」
そもそも帰宅後に日記を付けた事さえ、脳内からすっぽりと抜けて行ってしまっている。いくら疲れていたとしても、これはおかしい。
「アルコール??」
酔っ払った人が記憶を無くす、というのは良く聞く話だがそもそも僕は学生だしアルコールなど摂取した覚えは無い。
「仮に」
仮に昨日いただいたウーロン茶にアルコールなどが含まれていたとしても、気づかないほどの微量で記憶が飛ぶはずも無い。・・・と思う
「記憶が飛ぶ・・・・」
「記憶・・・・・」
「・・・・」
人の脳は微弱な電気信号でやり取りしている。だが、うまい具合に絶縁体などが配置されており、他人や妙な電波からも干渉される事は無い。
「・・・筈だった。」
だが、そこに「アプリ坊主」の遺伝を持つ者が現れた。能の仕組みの違う彼らの強い「念(電気信号)」は、他人の絶縁体の中身に干渉することが出来た。
「・・」
「・・・干渉」
一方で、あの着ぐるみはピカピカ光る目や各種エフェクトなど電気系統をどっさりと搭載している。当然かかる電圧もそれなりの物で、下手をすれば感電してしまう恐れもあるはずだ
「しかし」
作った側も、そんなことは百も承知だろう。
「だとすれば」
そうならない様に、安全のため絶縁体で内部と外部を分断している可能性が高い。外装からは解らないが、仮に絶縁体であるゴムで全身が覆われていたのだとすれば、あの重量も納得がいく。
「つまり・・」
僕は、誰とも知らないアプリ坊主に干渉されていたのかもしれない。そして、記憶を消されたんだ
「・・・・」
今回はたまたま絶縁体である「着ぐるみ」が、相手の能力を遮断していたとすれば・・・
「・・・ふふっ」
思わず笑みが出た。いや、いくらなんでも飛躍しすぎだと思う。
「だが」
一応のつじつまは合う。誰が、何の為に、誰に向けて発動した能力かは解らないが・・
「いや・・」
もしかしたらこうしている今も、影響を受けているのかも知れない。
「・・・・」
僕は、さっきまで考えていたことを日記帳に書き留めると、コピー用紙に向かって全く同じ文面を書き綴り、小さく折りたたんで財布に入れた
「あとは・・」
学校に行って状況を再現してみよう。ほかの部員達に手伝ってもらってもいい。文化祭の振り替え休日とはいえ誰かしら居るはずだ。いちゃいちゃしたいだけのヤツらとかね・・・・・。
「奴ら・・・やつ・・」
「いや・・待てよ・・」
誰が誰に向けて発動している能力か解らない以上、他の部員には悟られないほうがいいかも・・
「警察に届けるか??」
いや、警察も無能の集団では無い。アプリ坊主の本拠地には数ヶ月に一度、国から監査が入っており監視体制が敷かれてはいるが、それとは別に警察のほうでも専門の部署がある。
「それでも公表しないということは・・・?」
全貌を掴むに至らずあえて泳がせて放置しているか、それともグルか??・・・・前者だった場合は妨害になってしまうかも知れないな。
「どちらにせよ」
あまり首をつっこまないほうがいいかも知れない。僕はただ、記憶関連に支障が出て勉学に影響しなければそれでいい。
「・・・パタン」
「・・・ガチャ」
鍵のたくさん付いたキーホルダーから自宅のヤツを詰まんで90度右回転して施錠し、自宅を後にする
「いちゃいちゃ・・・」
「・・・はぁ」
「・・・・」
僕の脳裏に、毛布にくるまったのり子さんの姿がよぎった。
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