第31話珍海の休日

犬馬の部屋。茶色いタンスと机、ベッドだけのシンプルな構成だ。折りたたみ式のテーブルなどもたまに配置されるが、あまりごちゃごちゃしている部屋が好きでは無いらしく、

普段はベッドと壁の隙間に収納されている。昨日3回戦を終えた俺は次の日が休日という事もあり、そのまま犬馬と一緒に、この部屋に泊まったのだ。


「・・・・・」


普段、犬馬と一緒にベッドに寝ているせいか、床で起きたときの違和感が半端無い。なんだか、あちこち痛いし・・・


「しかしなぁ・・」


会長も多忙でうっかりしていたんだとは思うけど、


「これ忘れちゃいかんだろ・・」


ベッドの上では、犬馬が「パジャマ姿で」寝ていた。ピンクとハート柄のかわいいやつだ。


「・・・いや、逆にそそられるか・・?」


いつもは全裸か良くてパンツ一枚とかで犬馬は寝ているので新鮮だった


「・・・・」


宮岸夫妻が出張中という事もあり、今この家には「護衛らしい護衛」が居ない


「ん・・・」

「珍海~・・・おはよぅ~・・」


犬馬が起きた


「おはよう、犬馬」

「今日は・・・」


と、言いかけたが


「珍海~!」


案の定、犬馬が飛びついてくる。


「うぉっと!!!危ない!」

「おまえな~・・」


間一髪、避けることに成功した


「む~~!どーして避けるのよ~!」


犬馬が寝ぼけながら不満を垂れる


「目を覚ませ、犬馬」

「ほら、宮岸さん達居無いだろ、今。」


宮岸夫妻には犬馬の護衛の他に、もうひとつ重要な役割があった。旦那さんのほうの能力で、平たくいえば「機密保持」という物である。普段の「この生活」

を外界から隠しているのだ。いつも全裸で一緒に寝ていたり、いちゃいちゃしていられるのは、全て宮岸さん達の能力のおかげという訳。ちなみに、

不純異性交遊を密告されたりすると、500万円以下の罰金か、本人が払えない場合は親に900万円以下の罰金が科せられる。それでも払えない場合はその親の

兄弟や親族が合計2700万円の罰金となる。・・・・まぁ、罰金云々の前に、いろいろとめんどい事になるんだけどね。国から監視が付いたりさ。


「も~・・・」

「だいじょーぶだって~・・」


犬馬は不満たらたらだ


「いや、大丈夫じゃないだろ、全然」


うん、監視付くのはいやだ。


「きの~だって抱きついてたじゃん~」


犬馬が・・・も~・・この子は・・


「昨日のは試合なの、今もう、全然関係ないでしょ!!」


なんだか、だんだん不安になってくるわ


「む~・・・シャワー浴びてくる・・」


犬馬がタオルを持って部屋を出て行く


「犬馬、代えの下着持ってな。」

「くれぐれも!・・全裸で出てこないように」


俺が手渡すわけにもいかない。


「もう!!解ってるよっ!!」


犬馬はそう言い放つとタンスを開けて下着をひっ掴み、部屋を出て行った


「しょうがないだろ・・」


男性が女性の下着に触れると例によって罰金地獄だ。逆なら大丈夫なんだが。・・・まぁ、今はこの程度で訴えられたりはしないだろうけど

・・・・・・・え?? 


「あれ・・・?」

「おかしいな・・」


何が・・・一体「何と比較して今」なんだ・・・?・・・昔・・?


「・・・・・・」


父親から昔、アプリ坊主部に入部すれば「男女間でいろいろ免責される」ことは教えてもらったが・・・・・・


「・・・・」


そのとき話した事など、詳しくは覚えていない。まぁ・・・そこでか。他にも色々調べたしな。


「・・」


・・・お腹も空いてるし、なんか台所で漁ってこよう。


「ううむ・・」


なんとなくスッキリしない気分で一階の冷蔵庫に向かう。




俺の家は代々続く・・・・いや、続いて「いた」アプリ坊主の名家(めいか)で、総本山の寺院を成田の山中に構えて門下生を募り、繁盛していたそうだ。

本来なら俺は直系の子孫のはずなのだが、何代だか前の爺さんが死んだ時にその息子が、寺院を継ぐのを嫌がったみたいでね。今は遠い親戚の人達が

やりくりしているようだ。・・・・・ってどうしてこんな事を考えてるんだ。・・ああ、父親(おやじ)の事を考えていたからか・・


「おっ、宮岸さぁん、さすがです」


途中のリビングで、ダンボール入りの山積みになったポップコーンを発見した。「珍海君へ」と張り紙がされている。出張前に贈り物とは、素敵です。


「~♪(物色中)」

「朝メシ、これでいいな、うん。」


塩味とバター味、それにのり塩味。


「完璧だな。」


我ながら完璧なチョイスだ。


「な~にが、完璧だな。よ!!」


風呂場から犬馬が出てきた。チッ・・・見つかっちまったか


「も~珍海~」

「朝からそんなもん食べて~」


犬馬が後ろ髪を拭きながら詰め寄ってきた。


「いいだろ、別に。」

「おまえも早く服来て来いよ」


下着しか付けていない半裸の犬馬。もう、メリハリ着かないんだから、この子。



裸の女性・・・・・不純異性交遊・・・・・。どうしてもそれらしき行為をしたいのであれば、アプリ坊主部に入部して「うまいこと」

法の目をくぐり抜けるしかない。なんていうんだろこれ・・ああ戦国時代の「かけこみ寺」を少しアレンジしたような、そんな感じなのだろうか?

少々肌が接触したくらいは、「部活動中ですから」と言えば、免罪符のように大概は許されるんだ。

なのでアプリ坊主部は、「別にアプリ坊主したくない人たち」も大勢居るって訳。男女でいちゃいちゃしたいだけなんだね、彼ら。もしくは彼女ら。


※ かけこみ寺は珍海自身のうろ覚え知識です。史実とは関係ありません




「おっ・・・意外とおいしい・・」


のり塩味のポップコーンを食べながら


「ブツッ・・・!ヴーン・・・」


TVの電源を付ける。青い画面の中央に「地上パーフェクトデジタル放送5804 代金未納」と表示された。ああ、また更新されたんだっけか。・・・この国もう、いい加減にせいよ。

何から何まで、金、金、金って。


「ええと・・・振込みボタン・・」


リモコンの右上の振込みボタンを押したら


「あー・・暗証番号なんだっけ・・?」


画面が暗証番号確認の画面に切り替わった。


「う~ん・・」


どうしたものか・・・・


「・・・あっ!」


そうだ、この手があったか。


「よし」


俺は一旦犬馬の部屋まで戻り、TENGOを装着すると再びリビングに戻り


「ぬ~ん・・」


リモコンの上にそのブツを置き、瞑想した。


「む~ん・・!」


着替え途中の犬馬がハテナマーク全開でその光景(TENGO装着)を観ていたが、気にしない。今はテレビだ。


「うぬぬっ!!!」


TENGOがぴくぴくと動き、リモコンの暗証番号の答えを探る。早い話、ダウジングの要領だ


「・・・・」


しばらく右往左往していたTENGOだが、大体の目星がついたらしく、まるで呼吸を整えるかのように静止した。そして


「ドドドドッ!!」

「ふほっ・・・!ふはっ・・!」


タッチタイピングくらいの怒涛の速さで答えを導き出した。だが


「ううむ・・」


テレビのリモコンは数字部分のボタンが細かく、先端の膨れたTENGOは正確に押すことができない。4ケタの暗証番号の筈だったのだが、画面には14個以上の数字が入力された事に

なっていた。暗証番号入力の枠をはるかにハミ出て数字が表示されている


「・・・・・」

「ならばっ!!」


俺は割り箸をTENGOの先端にくくりつける作戦を思いつき、セロハンテープを取りに犬馬の部屋に向かうことにした。先の細い物ならリモコンを正確に押すことができよう


「ぷっ・・・!!」

「なに朝からアホな事やってんのよもう」

「貸してみ」


着替えの終わった犬馬が後ろで見ていたらしい。ニヤニヤしておる。俺はしぶしぶとリモコンを手渡した。


「えっと・・・2058・・っと」


今年の西暦を口ずさみながらリモコンを操作すると、青一色だった画面がニュースに切り替わる。


「お、おまえ、アレだよその・・想像しやすい数字とかだめなんだからねっ!!」


なんだろう、この敗北感。


「銀行の暗証番号じゃないんだから・・もう」


犬馬はくすくすと笑い、リビングを去ろうとした


「あれ?どこか行くの??」


少し気になって尋ねる


「あー、コンビニ行ってくる」

「珍海、ついでになんか買ってこようか?」


犬馬は端末とは別のケータイを取り出して、メモの準備を始めた


「ああ、じゃあウーロン茶と、なんか適当なおにぎりを頼む」

「・・・・お金足りる?」


自分の財布を出そうとしたが、と、、そうだった。財布とか犬馬の部屋に置いたままだ


「うん?大丈夫。」

「じゃあ、行ってくるね~」


犬馬はそのまますたすたと玄関に向かい


「ガチャッ!」

「・・・パタン!」


コンビニに出かけていった。俺はリビングのイスに腰掛けるとテレビのリモコンをいじり、チャンネルを切り替えていった




「・・・・・」


あれほどテレビを付ける事に執着していたのだが、いざ付けてみれば特に見たい番組もやっておらず、なんだか少し虚しく思えてきた。


「・・・」


日当たりの良いリビング。ふと窓の外を見ると物干し竿に、夫婦と思わしき2羽の小鳥が仲良く並んで留まっていた。お互いに毛づくろい等をしている


「・・・・」


誰に断る必要も無い。誰に遠慮することも無い。誰に訴えられる物でも無い。


「うらやましいものだな・・」


珍海はその光景を、ただただ何も考えず見守った





「のり子さん、おはよう」

「・・・大事な話があるんだど・・」

「・・・ちょっといいかな?」


コンビニに出かけた犬馬は玄関を出てしばらくしたところで、クラスメイトの御津飼 政一に声を掛けられた。






















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