第6話空の友達

―― 一方対戦相手である心技&翼子ペアのほうは


なんだか急に対戦相手が犬を連れて出て行ってしまったのでリングに取り残されていた。


ボールと友達になれる能力とは言っても、そんなにすんなり友達になってくれるほどこの世の中は甘くは無い

一般的な友達ならば、日常生活のなかで徐々に仲良くなっていくものだが、今は急を要する


翼子はセコンドからバッグを返して貰うと、飴玉を取り出した。


「ようし、よしよし~♪かわいいでちゅね~♪」


そして、包装紙の上から擦る。ボール(飴玉)とのスキンシップだ。ポイントが入ったかどうかを確認すべく、ちらりと心技タ

イのほうを見たが、彼は端末からポイントを確認すると気落ちしたようにうつむいて首を横に振った。どうやら、有効ですらな

いらしい


「それなら、これでどうだ!」


次に翼子は飴玉を包んでいた包装紙を剥がすと、舌の上で転がし始めた。


「ボールは友達ぃ~~!」


れろれろと舌の上で飴玉を転がす翼子。やがて気持ちが昂ぶっていく


「ん・・・んっ・・?」

「ん”ん”っ??友達とても美味しいぃぃ~~!?」

「すごいっ!友達すごいっ・・・!」

「あ”あ”っ!気持ちいいぃぃぃ!!!!!」


翼子はそう絶叫すると、びくんびくんと体を痙攣させてリングの中央に崩れ落ちた。


「翼子~~!しっかりするんじゃああ!!」

「友達をしゃぶって逝く奴がおるかぁ~~!!」


それを観察していた心技タイは翼子にアドバイスを投げかける


「頂戴ぃぃ!も”っ”ど友達頂戴ぃぃいぃ!!」


意識もうろうとしていた翼子は這いずるようにして飴玉の入っているバッグのほうに向かった


「落ち着くタイ!」

「飴玉ばかりが友達では無いはずタイ!」


心技タイは、極度の飴玉依存症になりつつあった翼子の身を案じて、飴玉と翼子の距離を取るべく、リングの中央にあがると

翼子の足をつかみ、リングの中央に引きずり戻した。

そして、うつぶせになってもがいている翼子の腰のあたりに馬乗りになった


「心技・・私、間違ってたよ・・」

「飴玉が、飴玉だけが私の友達だと思っていた・・」

「でも、違うんだ・・」

「世界にはまだまだたくさんのボールが、私を待っている」


翼子は、はっと息を飲んだ。そして、いかに自分が盲目的だったのかを悟った


翼子に馬乗りになった心技は、目を閉じ、腕を組んで翼子の言葉に耳を傾けていた。観客席も静まり返っていた


「私・・今まで色々なボール達と出会って・・」

「でも、友達になりきれず別れていったりしたの・・」


そういうと、翼子はちらっと、心技タイのほうを向いた。


「続けて。」


心技タイは、目を閉じたまま腕の左手の指を、腕を組んだまま指し示す形にして静かにそう言った


「あ、はい」


背中の上に乗っかった心技を、口を開きながら無表情で様子見していた翼子は、ゆっくりと話始めた。


「ある時、小高い丘の上で、謎のブラジル人に出会ったわ・・」

「その人が言うには、ここから下の町に向かって、サッカーボールを蹴っ飛ばして欲しい、と。」

「『世界に羽ばたけ、翼子。』って言っていたわ・・」


試合の流れを食い入るように見守る観客。さらに翼子は話を続けた


「私はおもわず、警察に通報したうえで、その謎のブラジル人を、蹴っ飛ばして逃げた・・・」

「『お前が羽ばたけや!!』って叫んで丘の上から落としたの・・」

「私は・・」


翼子は両手で顔を覆うと叫んだ


「友達であるボールを見捨てて逃げたのよぉぉぉ!!」


翼子は号泣した。観客席も一同に涙を流した。来客用のテントの中にいた会長も涙を流していた。


「でもあきらめない」

「私はボールと友達になるって決めたんだから・・」

「こんなの全然痛く無い!」

「ボールは友達!痛く無い!!!」


完全に立ち直った翼子は、そういって立ち上がろうとしたが、背中に乗っかっている心技タイが重過ぎて立ち上がることが

できなかった


「ちょっと・・・重いよ・・?」

「どいて・・」


心技タイは、彼女の気迫に押されて、慌てて飛びのいた。


そして、手元の端末で試合の優劣を確認したのだが、思わぬことに「やや優勢」であった。これだけ、ボールとの友達話を

誇示してるというのに、大量リードを奪えていないのは、相手も相当のやり手だということだ


「さすがは優勝候補タイ」


対戦相手である万南無高校(まんなむこうこう)の珍海あつしといえば、超高校級と呼ばれ、すでにプロが目をつけてあちらこちらから入団のオファーがきている大物。

新聞などにも写真つきで掲載され、すでに有名人なのだ

高校卒業後は、大学でアプリ坊主を続けることも考えられるが、早いうちからプロの空気に慣れておけば色々と成長の機会もあるということで、本人はプロ入りを熱望している


「これほど凄い攻撃が効かぬとは・・・」


端末を見て呆然としていた心技タイであったが、ここはアプリ坊主としてみすみす負けるわけにもいかない


「翼子!次の攻撃じゃああ!!」


気をとりなおして次の攻撃の機会を窺うべく、翼子に声をかけた


自分のかばんの中の飴玉を見てなにやらトリップしていた翼子だったが心技タイから声をかけられると、はっとして動きはじめた

まだ依存症は完治していないようだが、とりあえずは大丈夫なようだ


「あいつらは多分、移動中もポイントがはいっている」


心技タイが続けてつぶやいた


「そうだな・・犬の散歩の能力・・」

「そして犬馬のり子と珍海・・・・恐るべし」


この状況を打破するには、一刻も早くポイントを入れねばならない


2人は、とりあえずスポーツ用品店でボールを捜そうということになって、会場から出ることを決意する

ロープをぐいっと持ち上げて、くぐるようにしてリングから降りる

翼子が荷物の整理を終えた頃、端末で地図検索していた心技タイは無事に目的地を探し出し、急遽向かうこととなった


会場の前のバス停で心技タイは端末を食い入るように見つめた。試合の優劣を決める表示は「やや優勢」から「気持ち優勢」に減少していた


さらに、バスが到着したころには「気持ち優勢かもね?」にまで激減していたのである


翼子は表情にすら出してはしないものの、相当あせっていたらしく、バスの整理券を取るのを忘れてしまった

だが、それに気づいた心技タイは、2人分整理券を取ると、入り口ちかくの席に着席した

乗客はまばらだが日曜ということもあって、親子連れもいる


「はいー発車します。」


運転手がアナウンスすると、

「ペー!」というすっとんきょうなバス特有のブザーの効果音とともにドアが閉まった。そして、ゆっくりと動き出す。


「わぁ・・」


心技が見ると翼子は、親子連れの席の子供を熱心に指をくわえて見ていた。正確には、子供の持っていたビニール製のボールに興味

を示していた。


「あっ・・・始めまして、翼子と言います」


翼子がボールに挨拶する。母親のひざの上に座っていた男の子は一瞬、翼子のほうを見たが、きょとんとした顔で母親の顔を見上げた。

まだ自分で判断できる年頃ではないらしい


「えっ? あっ、はい」

「私は、食子(くうこ)・・・」

「鳥羽散(とばちり)食子(くうこ)と言います」


一瞬、時が止っていた母親だが、我に変えると、自己紹介を始めた


母親が自己紹介している間、翼子は視線をボールから離さず、対話を続けた。


「うん、うん、そうなんだ、へぇ~。」

「君ってとっても柔らかそうだよね~」

「少し触ってみてもいい?」


翼子は、そう言うと男の子が両手で握っているボールを、その手の上からやさしく包み込んだ

顔を赤らめて、ハァハァと、息使いが荒くなる。


「だっ・・・誰か!」


母親は、周りの乗客に助けを求めたが、誰一人として視線を合わせようとしない


「ねぇ、・・」


と、翼子は体をもじもじさせながら言葉を続けた


「キミの大事なところ、みせて貰ってもいい?」


ビニールボールの大事なところとは、空気を注入する箇所である。ここの加工がうまくいっていないと、空気を入れても、すぐに萎んでしまう。

男の子の持っているボールは新品だが、翼子は念の為、どうしても確かめておきたかったのだ


「あっ・・・! あっあっ!」


翼子が急に痙攣した。

顔を紅潮させ、自分のユニフォームの股間あたりを必死に押さえている。対戦相手が攻撃をしかけてきたのだ。


アプリ坊主は、端末を操作して自分達のポイントを犠牲にして、対戦相手にダメージをいれることができる。試合中あまりにも強力

な連続技などを立て続けに食らってしまうと、すぐに試合が終わってしまうので、緊急回避として、相手の能力者を阻害することで

防御に使う攻撃だ。 これは、アタックと呼ばれる行動で、アプリ坊主戦の基本戦術のうちのひとつである


ただし、あくまで行動を阻害するのが目的なので、アタックを使った側のポイントが減る割りには、使われた側のポイントはほとんど減少しない。

これを連発していても、勝てはしないのだ。


この場合は、「珍海&犬馬」が、「心技&翼子」を「アタック」してきたという事である


「ちょっ・・ちょっとちょっと・・・!」


母親は青ざめた様子で立ち上がろうとしたが、駆けつけた心技タイによって、肩を押さえられえて阻まれた


「待つタイよ。」


心技タイは母親のほうを見ながら言葉を続けた


「子供同士の友情に親が口をはさむとはなんとしたことタイか。」

「ここはひとつ、暖かい目で見守ってやるのが親の務めでは無いタイか?」


心技タイにさとされ、母親からあせりの色が消えてゆく。だが、すべてを許したわけではなかった


「だからといって、あんなに・・・」


少し口篭った母親は言葉を濁して、


「まだ、この子はこんなにも小さいのですよ・・?」

「それをこんな・・・」


視線をバスの窓のほうに背けて話した


心技タイが翼子のほうを見ると、彼女は男の子の指をしゃぶっていた。


「じゅぽ・・じゅぽ・・」


そして、男の子の顔を見ながら今度は、友達であるビニールボールを舐めた


「ん”ん”っ!!!」


一瞬、体をびくん!とさせる翼子


「ぴりっとしたっ!・・・・ぴりっとした味がしたのっ!!!」


母親はぐったりとした様子でバスの天井を見上げた。目には涙を浮かべている


「ん”っ!?・・そしてこっちっ・・・!」


再び男の子の指のほうをしゃぶる翼子


「こっちにも友達(ボール)の味がするのっ・・・!」


じゅぽじゅぽと男の子の指をしゃぶり、またボールを舐める。舌先に2つの異なる物質の絶妙なハーモニーが加わる。男の子の指は、

今まで持っていたビニールボールの味がかすかにしたようだ


「指っ!!」

「ん”ん”っ!・・」

「友達っ”っ!」

「ううっ!!」

「指っっ!!」

「ハァハァ・・」

「どもだぢっっっ!!」


一心不乱に指と友達(ビニールボール)を交互に舐め尽す。火照り切った体に最後の一撃が加わる。


「ん”ん”っ!・・・凄いのっ・・・!」

「凄いの来ちゃうう”ぅっっ~~~~!」


そう言って翼子は体を激しく痙攣させて、男の子の体の中に顔をうずめた。ぐったりとしているが全力を出し切った、とてもさわやかな顔をしている。


そうこうしているうちに、1つ目のバス停を通り過ぎた。

心技タイは端末でスポーツ用品店の場所を確認していたが、ここからあと、2つ先のバス停で降りなければならない


「時間が無いタイ。翼子。」


心技タイは、なるべく翼子を刺激しないように落ち着いて呼びかけた


「・・・・・えっ?・・」


幸せの絶頂に包まれていた翼子は急に現実に引き戻され、男の子の膝の上から、ちらり、と心技タイのほうに視線を向けた。心技タイは、うつむいて首を横に振った。

男の子の母親はぐったりとしたまま、空中を見ていた。


「・・・嘘だよ?」


現実を受け入れられない翼子は、再び男の子の膝に顔をうずめた。

しかし、タイは翼子を現実の世界へと引き戻す為に、翼子の肩を掴むとぐいっと引き離した。翼子の顔は涙でぬれていた


「そんなこと・・・そんなことってないよ・・」

「せっかく友達になれた・・」

「分かり合えたと思っていたのに・・」


翼子はまだ未練を断ち切れていない。

心技タイは翼子に決心させる為に、今の状況を冷静に伝えた


「翼子、今試合を逃してしまえば・・」

「次は来年タイよ?」


タイがそう言うと、翼子はすかさず


「来年でいいじゃない!!」


と、答えたあと、少し考えて


「来年でいいんじゃない!?」


と言い直して、小首をかしげたが、心技タイはバスのつり革につかまったまま一方の手で、友達(ビニールボール)の持ち主の母親を指差してこう答えた。


「母親を見るタイ」


翼子が男の子の母親を見ると、母親はうすら笑いを浮かべて白目をむいて、気絶しながら失禁していた。


「次に、男の子を見るタイ」


男の子は、翼子のよだれまみれの指をよそに、きょとんとした顔で放心していた


「みんな、翼子のことを認めてくれているんだよ」

「なのに、キミがそんな状態では友達が悲しむだけタイよ・・・」


心技タイにそうさとされ、翼子はハッと、友達(ボール)のほうを見た。

友達(ボール)は、翼子の涙とよだれでべとべとになっていたが、それは泣いている様にもみえたのだ


「わかったよ・・」


そう言って翼子は、降りる準備をすべく、友達がいる席の前から離れようとした

心技タイも降車口のほうに向かう


その瞬間、くるりと反転して、すばやい動きでボールと男の子の指に翼子は吸い付いた。


「ん”ん”っ!!?」

「今度はしょっぱいのぉぉぉぉ!」


「ん”っ!ん”っ!・・・」

「ま・・・また来そう・・!」

「す・・・すぐ来れちゃうのぉぉぉぉ!!」

「く・・・来るー!・・きっと来るー・・・!」


そう絶叫して痙攣して崩れ落ちた。心技タイはすかさず翼子を抱きかかえると、降車口から降りた。

すでに2人分の料金は支払っていた。こうなる事を予期していたのだ


「うっ・・・うっ・・」


痙攣から立ち直った翼子は、心技タイの腕の中でしばらく泣いた。

心技タイも泣いていた


こうしてバスの中のアプリ坊主戦は終わった。非の打ち所のない素晴らしい試合内容であった

試合の優劣を決める表示は「やや優勢」にまで回復し、傾いていた



だが2人は次の目的地であるスポーツ用品店に向かうべく、体勢を立て直さねばならない

この戦いで失われた水分を補給すべく、翼子は近くの自販機でスポーツドリンクを購入した


カシュッ!とドリンクのプルタブを上に持ち上げて中身をごくごくと飲む心技タイ。ちらり、と翼子のほうを見るとすぐに

視線を元に戻し様子を探るべく声を掛けた


「落ち着いたタイか?」


能力者同士の戦いは熾烈を極める。常人には到底理解できない過酷な心労や負担がその身に懸かる。

その身を案じ、心のケアをしてあげることも男性アプリ坊主の役割なのだ


「うん・・・」

「もう平気だよ・・」


翼子は少し困った顔で鼻の下を人差し指でこすりながらそう答えた


「それはよかっタイ」

「翼子、行くぞ!」


心技タイは手元の端末を操作して、


「0.3マイル・・」

「ここから東に0.3マイルの地点だな」


地図の詳細を表示していく


「いや、地味にわかりづれえよ」


翼子は表情をかえずに、口を開けたまま少しうつむいてから考えて答えた




自販機の横の、空き缶入れに飲み終えた缶を捨てて目的地に向かう2人。程なくして着いた2人が目にしたものは

スポーツ用品店ではなく、さびれたパソコンショップだった


「ぐっ・・・測量が間に合わなかったか・・」


アプリ坊主の端末の地図は通常、地元の有志達が測量して紙に書きとめ、それをアプリ坊主の総本山に提出する。

それを今度は、アプリ坊主が定規やら目視やらで測量し直すのだ。

それが端末に反映されるころには、地図と実際の建物が食い違っていることも珍しくはない


店の中に入り、店内を見渡す2人


「あっ・・・!」

「でも、いろいろ置いてあるよ!!」


翼子は、さびれたパソコンショップの片隅に、”スポーツコーナー ”と書かれた垂れ幕が架かっているのを見つけた。どうやらこのお店は、雑貨屋らしい


「あっ・・ああ・・」

「見てみるタイか?」


店の中の、しっとりコーナーのしっとり衣服を見て放心していた心技タイだが、翼子に声を掛けられると、我に返り翼子の指差す方へと向かった


「在庫処分・・」


スポーツコーナーは、在庫処分セールらしく、全品50%OFFの表示がされていた


「エアわらじ・・」


心技タイはかごの中からわらじを取り出すと、興味深そうに商品を手に取った


「高っ・・・!」


値札には 24800円の文字が刻まれていて、それが半額になっていて12400円と書き直されていた。


確かに、前までの値段では考えられないことであった。

だが、アメリカだかどこかが、エアのはいっているわらじをブームにして値段を吊り上げると、日本もそれに呼応して

各社一斉に値段を吊り上げ始め、マスコミやニュースで宣伝してもらい、スポーツわらじの大幅な金儲けが始まった


始めはエアが入ってるわらじだけが高かったのだが、次第に普通のわらじまで高くなっていったのだ


「高くないよ」


ふいに、店の店主が声をかけてきた。白髪で白いひげを蓄えた老人だった。


「それはね、本場アメリカから取り寄せたものなんじゃよ・・」

「アメリカって言えば、その、アレだ・・」


言葉を詰まらせながらも、どうにか話をまとめようとする店主


「あ~!!そうそう!」

「お・・・」

「お~じぃ~ビーフ?」


そう言い放ち小首をかしげた。心技タイと翼子はしばらく無言で考え込んだが、アメリカ製のわらじと、オーストラリア牛肉の接点がわからず、


「あ、あの、」

「オージィーはアメリカじゃ無くないタイか?」


心技タイは店主に聞き返した


「お、おじぃとは失礼な!!」

「それに、わ、わしゃ日本人じゃい!」

「タイ人でも無いわい!!!」


店主はすかさず反論した


「いや、そうじゃ無くて・・」


2人の言い争いをよそに、翼子がお目当てのサッカーボールを見つけた。彼女が頭上高くボールを掲げると、値札が重力に引かれて

「ピロッ」と下のほうに出た


「2万・・・・」


翼子は、一瞬びっくりしたが、それがエアサッカーボールだと解ると少しがっかりした様子で売り場に戻した


「エアじゃからな・・」


店主が自慢げに言い放った。

だが、翼子はすかさず、しっとりコーナーに走って行き、しっとりサッカーボールを手に取った。


そして、無言で店主の前に「ぐいっ」と、そのボールを突き出した


「それは、しっとりタイプじゃ」

「みんな好きなんじゃろ?しっとり」


以前、謎のせんべい屋がマスコミに賄賂を渡してしっとりせんべいを宣伝してもらった。国民はすぐさま洗脳され、世の中にしっとり

ブームが巻き起こったのだ。

湿ったパンや、湿った服などがしっとり品として社会的地位を築いていった。サッカーボールも例外では無かったのである


「うふふ~♪しっとり~♪」


翼子はしっとりサッカーボールが気に入ったようだ。


「味見しても?」


翼子はボールとスキンシップを図るべく、店主に聞いた。だが興奮した翼子は返事を待たずして舌を突き出し半分以上舐めかけていた。


「もちろんじゃ」


店主はにっこりうなずいた。


「待つタイ!!」


だが、隣にいた心技タイは、すかさずボールと翼子の間に割り込むような形で


「騙されるな!翼子!」

「友達(しっとりサッカーボール)をよく見てみろタイ!」


引き離した。


「騙すとは人聞きの悪い」

「それは紛れも無く良い物じゃよ」


せっかくまとまりかけた商談を邪魔されて店主もおもわず口をはさむ


「タッ・・・タイのいじわるっ!」


友達(しっとりサッカーボール)とのスキンシップを邪魔された翼子は怒り心頭で必死になってボールを取り返そうとしている。

ボールは2人によって掴み合いとなり、どちらの手にも完全には渡っていなかった。



「お・・おまえは・・」


身長差がありながらも、必死にボールに食らい付く翼子


「おまえは私のアプリ坊主なのにっ・・!」

「なぜ・・阻害するっ・・!?」


少しあきらめかけた翼子はハァハァと息を切らして、一旦、ボールを追うのを止めて顔の汗を拭う。

だが、わなわなと怒りがまたよみがえってきたらしく、


「これはなんとした事だ!」

「おまえもその子(ボール)がお好みか!」

「その子と私で三角関係か!!?」


心技タイに抗議する


「ワシはお嬢ちゃんが好きじゃあ」


店主がすかさず口をはさむ


「じゃあ四角関係っ!!」


翼子はすかさず店主のほうを見て、再び視線を戻し少し(3秒程)考えてから、もう一度決め台詞を言い直した




元スポーツ用品店は、しっとりボールを巡る攻防によって静まり返った。


「そうじゃない・・」

「そうじゃないタイよ・・」


翼子が少し落ち着くのを待っていた心技タイは、


「翼子、・・」

「値段を良く見てみるんタイ。」


諭すように翼子に語りかけた


心技タイの言われるままに、値札を確認した。値札はサッカーボールのタイル状のパーツとパーツの間に挟まっていた


「たっ・・・高!!」


値札には5万8千円と書かれていた


「高くないよ」

「これは、良い吸湿繊維でできておる」


すぐさま店主が反論する。翼子と心技タイは店主の話に耳を傾けた。


「しかも、洗って繰り返し使えるタイプなんじゃよ」


「・・三千回じゃ」


店主はそういって指を3本立てて突き出した。


「さ、三千回~!?」


翼子と心技タイは驚きの声をあげる。続けて店主が攻勢に拍車をかける


「そう。三千回じゃ」

「しかも・・・」


そういって店主は店の奥に戻ると、


「今なら、この高枝切りバサミもつけてやろう」

「しかも、お値段そのまま!」


違う商品を持って帰ってきて、言い放った。


「ど・・どうする翼子?・・」

「あれさえあれば・・・庭の木のお手入れもラクラク・・」

「さらにあのビッグサイズ・・・」


アプリ坊主だからといってなんとかなるものでは無い。心技タイは、あの高枝切りバサミに惹かれていた


驚きを隠せない心技タイと翼子はどうしようか悩んでいた


彼らはアプリ坊主である前に、人なのだ。小さいころ小学校の帰り際にビッグサイズの消しゴムなどをエサに、怪しい商品を売りつけられる経験をした人はいると

思うが、ビッグサイズというのは、時に人の心を惑わせるものなのである


「ちょっと待って・・」


翼子がふいに声を出した。


「落ち着いて、状況を整理してみようよ」


翼子はかばんの中から、数学ノートとシャープペンシルを取り出すと、ひとつひとつ状況を書き出した


「え~と・・まず私」


ノートの中央に、翼子と書かれ、○で囲まれた


「それから・・」


ちらり、としっとりサッカーボールのほうを向いた翼子はすぐにノートに視線を戻した


「しっとり君」


しっとり君も○で囲まれ、そこに向かって、翼子から線が引かれ、矢印も書き込まれる。


「え~と・・ラブラブっと」


どうやら相関図を書こうとしているらしい


「タイは・・ハサミっと・・」

「じじいは私で・・」


ぽっ、とほほを染める店主。少し照れているようだ


「しっとりとハサミは家族っと♪」


つぎつぎに整理していく様子に、店主も心技タイも関心して見入った


「できたぁ♪」


完成した相関図を高々と掲げる翼子。店主も心技タイも、ぱちぱちと拍手して祝福した

皆、子供のようにはしゃぎ、喜んでいる


「ねぇ、記念にプリクラ撮ろうよ!」


すっかり気を良くした翼子は店主とタイに提案した


「おお、よかタイ、よかタイ。」


タイは笑顔で賛成した


「今、プリクラの電源を入れるのでの、少し待っておるのじゃ」


店主はプリクラの機械の中に置いてあった盆栽や一輪車などを脇にどかすと、電源を入れた


「うっわ・・古っるい・・」


どうやら凄く旧式のプリクラマシンらしい。そもそもどうして雑貨屋にプリクラが置いてあるのか謎だが、皆で一緒に

プリクラを取るという喜びの前では些細な疑問であった


まず、画面の中央に収まるように翼子がしっとりボールを抱えて鎮座した。その左に高枝ハサミを柄のほうを上にして危なく

無いように心技タイが構えた。右には肌着の白いシャツと、どこから出してきたのか、お洒落な帽子を身にまとった店主が

続く。


「はい!チーズ!」


店主が掛け声とともに、撮影ボタンを押す。

しばらくすると、取り出し口から写真が出てきた。


「皆、良い顔をしておるわい・・」


店主はしみじみと写真を見入った。


「俺にも早く見せるタイ!」


心技タイが待ちきれずに店主に催促した


「私も!私も!」


翼子もはしゃいで催促した


「ふぉっふぉっふぉっ・・待っておれ」


店主は備え付けてあったハサミで写真を4分割すると、各人に一枚ずつ手渡した


「おお~!!素晴らしいタイ!!」

「うん・・すごくいいね・・」


写真を見て感動する2人。翼子のボールと友達になる能力がいかんなく発揮され端末は「勝利目前かもね?」を指していた。


「ねぇ、みんなでカラオケ行かない?」


最後のダメ押しをすべく、翼子は提案した。


写真の、高枝切りバサミの写り具合にうっとりしていた心技タイであったが、


「良いタイが、お金はどうするんじゃ?」

「わしゃ、あと2千円くらいしか持っておらんぞ」


翼子が提案すると我に返った。

帰りのバス代や電車代なども考えると、わりとギリギリであった。


「わ・・私もそんくらいしか無い」


翼子が残念そうにつぶやいた


「わ・・わしも生活がきつくての・・」

「・・・・あっ!」


店主は何かを思い出したように、店の奥に入っていった。そして、しばらくすると帰ってきて


「わ、わしゃカラオケの機械持っておるでよ!」


二人に告げた


「!!」


顔を見合わせ、おどろく2人


「で、でもどうせ高いんでしょう?」

「ぼったくりなんでしょう?」


翼子が、いぶかしがり尋ねた。


「お金なんていらん。2人の笑顔が欲しいんじゃ!」


だが店主の答えは意外なものだった。


手を取り合って喜ぶ2人。店主もそんな様子を目の当たりにして、少し照れたのか鼻の下を人差し指でこすり、頬を赤く染めた。


「わしについてきなされ」

「そこは段差があるから気をつけるんじゃよ」


店主に言われるままにカウンターの奥の居住区へと向かう2人。もちろん、高枝切りバサミとしっとりボールも一緒だ。

畳の上に、値札の付いたままのソファーなどが並べられている、半分倉庫みたいな部屋に2人は招待された


「お・・お邪魔しま~す・・」

「お邪魔するタイよ」


2人は恐る恐る店主の家に上がった。すぐに目的の部屋に到着し、部屋の電気を付ける店主。

中央に木製のテーブルがあり、その周りにソファーが配置されている。さらにその外側、つまり部屋の隅のほうには四方八方がらくた

の山が築かれていた。みな値札が付いたままで、商品だということがわかる。


「少し待つのじゃ」


店主はそう言うと、カラオケマシンの裏側に回り、電源をひっぱりだした。値札の付いたままの観葉植物や、どこかの儀式で使うような

でっかいお面をどかすと、


「なにをしておる」

「ほれ、座った座った!」


コンセントがあり、そこに電源を差した。


催促されるままにソファーに座る2人。少し落ち着かない様子であたりをキョロキョロと見回す


「なにか飲むかの?」


準備を終えた店主が2人に


「なぁに、お金は一切取らんよ」

「ドリンクサービスというやつじゃ」


話しかけた


「じゃ、じゃあコーラで」


翼子は、とりあえず、という感じで注文した


「無い。麦茶ならあるでよ」


店主はひげをさすりながら答えた。


「じゃあワシはなんか炭酸のはいったやつでも貰おうかの」


心技タイは、今度は自分が、と店主に注文した


「無い。麦茶ならあるでよ」


店主はひげをさらにさすりながら答えた。


「・・・・」

「・・・・」


心技タイと翼子はしばらく下を向いて考えたが、逆を言えば麦茶ならあるということに気が付いて、


「じゃあ、麦茶で」

「麦茶でお願いしますタイ」


麦茶を注文した


「ほいほい、お安い御用じゃよ」

「その間に歌うものを選んでおいておくれ」


店主はにっこりうなずいて、台所へ向かった


テーブルの上には、選曲リストの本が置かれていた。


「うむう、何を歌いタイかのう・・」


心技タイはぺらぺらとページをめくったが、旧式のカラオケマシンだったので最新曲どころか10年前の曲すら無く、知っている歌は

みんなの歌の項目の数曲というありさまであった。


「翼子から先にどうぞタイ」


とりあえず、一冊しか無い選曲本をいつまで占有している訳にもいかず、心技タイは翼子に本を明け渡した。

しっとりボールをちちくり回していた翼子は目の前に置かれた本を見て感想を漏らした


「うわ、なにこれ薄っ!」


翼子は選曲本の薄さに驚いているようだ


「え?嘘?これだけ?」

「ほかのやつないの?」


どうやら何冊か選曲本があると思っていたらしい


「そこにあるやつは?」


そういって翼子は別のやたら分厚い本を指した


「う~む」

「ほうほう・・」


分厚い本を吟味する心技タイ


「こりゃあ、どうやら結婚の情報誌っぽいタイな」


それは、結婚したあとに女性に筋肉をつけさせる為に、わざと超重量級の分厚さにしてあるといういわく付きの本であった

その昔、「その本一冊で重みで家が傾く」と人気を博したトレーニングマシーンなのだ


「へい、おまち!っと・・」


店主が麦茶を持ってきた。テーブルに次々と並べられていく。


「これはおつまみじゃ」


テーブルの上にさといもの煮っ転がしが置かれた。

無事に運搬作業を終えた店主が翼子の隣に座るとふいに、「ぐじゅっ!」という音がした


「冷たっ!」


慌てて飛びのいた店主の座っていた所には、しっとりサッカーボールがぺちゃんこになって潰れていた。中身の水分はほとんど

外にでてしまったらしく、しおれている


「ぎゃあああ!!」

「しっとり君が・・・」


翼子は取り乱したが店主は左手を体の前に出して制止すると、潰れたしっとりサッカーボールを机の上に置いた


「慌てなさるな」


そういって、置いたばかりの麦茶をつぎつぎに潰れたサッカーボールに注いでいく


「うそお!?」

「こっ・・・これは何タイか!?」


翼子と心技タイは驚いた。

今まで潰れていた元しっとりサッカーボールがみるみるうちに麦茶を吸って茶色く膨らんでゆく


「ふぉっふぉっふぉっ」


店主は、「どうだ!」と言わんばかりの得意気な顔をしている


「うわぁ・・」


翼子は目を輝かせた。


「どうじゃ、この際、みんなで味見してみるというのは?」


店主がそう言う否や


「じゃあ、わったしがいっちば~ん!」


と言って翼子がまっ先にしっとり麦茶ボールに向かっていった。

だが、心技タイに頭をわし掴みにされて寸止めされた


「ちょっと待つタイ」

「翼子、ここはひとつ・・」


目をつぶり、呼吸を整える心技タイ。

そして、目をかっと見開くと続きの言葉を口にした


「3人で同時にしゃぶるというのはどうですタイかな!!」


店主と翼子に衝撃が走った。


「さ・・・3人同時じゃと・・・!」

「うむ、・・しかし、ボールはひとつしか無いしのう・・」


店主は下を向きながらひげを手でこすり、考え込んでしまった。


「じじぃ・・」


翼子は、店主をいたわる様子をみせながら、心技タイのほうを見た。彼の真意を確かめる為である。

しかし、心技タイは目を再び閉じて腕を組み、沈黙している。2人がその意味に気づくまで我慢する気だ。

教えてもらってばかりでは真の成長は成し遂げられない。自分で考えることが大切なのだ。

心技タイは心の中でそう語っている様に見えた


「・・・はっ!・・まさか・・!」


店主が目を開き、心技タイのほうを見た。心技タイは黙ってにっこりうなずいた

翼子はなにがなにやらわからなかったが、とりあえず釣られて口を開けたままうなずいた


「ど、同時じゃ!!」

「3方向から同時に舐めるのじゃ!!!」


店主の号令の下、一斉に陣形を組む。

まず、心技タイがよつんばいになり、そのすぐ後ろに店主がよつんばいになり心技タイのお尻に顔を近づけた。そして、店主のすぐ

後ろに翼子がよつんばいになり、店主のお尻に顔を近づけた。翼子のお尻には心技タイが顔を近づけている。

3すくみの状態になり、お互いがお互いの尻を見てフォローし合う、完璧な布陣だ。もはや戦場は3つ巴の様相を呈していた。

だが、肝心のサッカーボールは置き去りになっていた。


「ち・・ちょっと待ったぁぁぁ!」


翼子が陣形から離脱する


「どうも、これじゃない気がするんだよね・・」


翼子は納得の行かない様子であったが、翼子自信その原因を特定できていない。


「ううむ、ワシもそう思っておったところだったタイ」


心技タイも組んでいた姿勢を解いて、そう言った


「ワシはちょっと喉が渇いたわい」


店主はそういうと、机の上に置いてあったしっとりサッカーボールのほうをちらりと見た。麦茶をコップ3杯分吸ったボールは水分を

たっぷりと含んでいて、とてもおいしそうだった。


「うほほ~っ!」


店主はそう叫ぶと、サッカーボールに飛びつくようにして吸い始めた。


「あっ・・・!ずるいぞっ・・!」


翼子もすかさず空いているスペースに顔をすべり込ませると無我夢中で吸い始めた


「わしも参加するタイー!!」


心技タイも残りの空いている方向から顔を突進させ、すばやく吸い付いた。


こうして、はからずとも3方向から同時に吸うという理想の陣形が組みあがった。何も難しく考えることはない、ただありのまま空いている

スペースに顔を入り込ませればよい。そう気づいた3人であった


ある者はじゅぽじゅぽ、とボールを吸い、またある者はぺろぺろとボールを堪能する。幸せの音が部屋に鳴り響いた。


よつんばいになりしばらくボールを堪能していた3人だが、コップ3杯分もの麦茶を吸収したしっとりボールは徐々に枯渇していき、やがてぱさぱさになってきていた。

店主が、ちらりと翼子のほうを見ると残された水分を求めて鼻をくんくんとさせていた


「待っておれ、今持ってきてやるわい」


よっこいせ、と立ち上がり台所のほうに向けて歩き出した


「ピエールくん。ちょっと待っててね」

「すぐに元気にしてあげるから・・」


翼子がしなびたボールに優しく話しかける。このサッカーボールはどうやら、(ピエール)という名前であるようだ。

ボールと友達になる能力だけでは飽き足らず、名前まで聞き出してしまうとは恐ろしい能力である。

この土壇場においてしっとりサッカーボールはピエールという立派な名前で呼ばれることとなったのである


「翼子・・その子と友達になれたんタイな・・」


心技タイは、心から嬉しそうな顔をして2人(翼子+ボール)を祝福した


「うん・・・でも・・」

「こんなにしなびてしまって・・」


翼子はそういうと目を細くしてピエールを抱きかかえた。


「タイも時々でいいから思い出してあげて」


ピエールをさすりながら翼子が続ける


「全盛期のピエールを思い出してあげて」


感極まった翼子はピエールに頬ずりする


「翼子・・」


心技タイはそうつぶやくと、次の言葉が出てこずに絶句した


「またせたのう、諸君!!」


新しい麦茶をペットボトルごと持ってきた店主は、得意気に現れた。


「店主さん・・お願いします」

「ピエールを・・・ピエールを助けてあげて・・」


翼子は持っていたピエールをテーブルの上に戻すと、片膝をついて、手を体の前で組んで祈るような姿勢を取った


「んぐっ・・」


店主は持ってきたペットボトルのキャップをはずすと、ひとくちだけ飲み、残りをピエールにそそいだ。

すると、いままでぱさぱさだったピエールは、水気を吸ってみるみるうちに膨らんできた


「わぁ・・すっごい!!」

「ピエールすっごい!!」


翼子はすぐさま飛びつき、頬ずりしながらしゃぶった


「大きいの!!すごく・・」

「・・・ん”っ・・!!」


ハァハァと息を荒げて翼子が時折り痙攣した


「ん”ん”っ!!」


びくん、と翼子が打ち震える。だが、粘りを見せて引き続きしゃぶる


「き・・来ちゃう~!!」

「いつもの来ちゃううぅぅぅ!!」


体を仰け反らせて痙攣する翼子


「あ”っ!!!」

「あ”っ!あ”っ!」

「ゆぐぅぅうっぅぅうう~~っ!!」


咆哮をあげ、ぐったりとする翼子


「今じゃい!翼子!!」

「股間のレバーを叩くんタイ!!」


試合を決着に導く為に、心技タイがダメ押しの指示を出す。アプリ坊主が股間に装着しているTENGO(テンゴ)というレバーを叩くと

能力者にさまざまな恩恵が得られる。ただし、多くても一日に3回くらいが限界な為、あまり乱用はできないのだ。

この、能力者とアプリ坊主が一体となってTENGO(テンゴ)をどうにかする行為をTEX(テックス)と呼び、ほとんどその行為をしない

男女を指してTEXLESS(テックスレス)と呼称する


「うっ・・うぐっ・・ひっ・・!」


痙攣しながら必死に心技タイのレバーに手を伸ばす翼子。そして


「ん”っ!!」


心技タイのレバーをおもいきり強打した


「アプリぼぅぅぅうううず!!」


心技タイの咆哮とともに、レバーの先端から翼子に向けて紫色の液体とオーラが激しく放出された。それと同時に、「ポコチーンポコチ

ーン!!」という特殊な効果音が鳴り響いた。

この、アプリ坊主がオーラを放出した状態を「抜いた」と呼び、古くは中世の武士が刀を「抜く」ことに由来するという


「ぐあおっっっ!!」


股間を押さえて悶絶する心技タイ。股間を能力者に叩かせるという荒業は並外れの精神力を要する。まだ学生のアプリ坊主には非常に過酷

なことなのだ。しかし、それによって得られる効果は抜群だ


「あうぅぅ・・」

「べとべとだよぅ・・」


紫色のねばねばした液体を体にかけられて少し困惑する翼子だったが、すぐに気を取り直すと手ですくって口に運んだ


「うっ・・にがっ・・」


良薬は口に苦し、とはまさにこの事であろう。紫色の液体は苦かったようだ。


アプリ坊主のレバーを叩いたときに放出される液体とオーラは様々な色と味があり、青色のオーラと液体は、ソーダ味で比較的口当たりも良く

初心者にもやさしい。

色は全部で5段階あり、順に受けれる恩恵が高くなっていく


白<青<緑<赤<紫<虹色 の順で強くなるので、紫色だった今回は相当強いオーラだったということだ


このうち、赤いオーラだけはレバーの叩きすぎでも放出されたりするので注意が必要だ


「ん”ん”ん”っーー!」


アプリ坊主の出した液体とオーラを自らの体に取り込み、身もだえする翼子。と、同時に彼女も紫色のオーラに包まれていた。


「来たタイ!!」

「ついに来たタイよ!!」


心技タイが手元の端末を見て震えていた。翼子と店主もすかさず覗き込む。


「おお・・」

「これは・・」


そこには、勝利する条件が記されていた。「天井からボールを吊るして、スタイリッシュにボールをしゃぶれ!!(成功報酬:勝利確定)」


「ス・・スタ?・・なんじゃと?」


店主はよくわかない様子であったが、翼子とタイはすぐに理解したらしく、早速準備に取り掛かる


「店主、ちょっとこの部屋を使わせてもらうタイ」


心技タイは、部屋に打ち捨てられていた荷造りひもと脚立(はしごのようなもの)を取り出し、サッカーボールと結んだ。


「コレ借りるねっ!」


翼子は、部屋の片隅にあった電動ドリルで天井に穴を開けた。そして、サッカーボールの紐を通すと、あっというまに、天井からぶらさげ

られたサッカーボールを作り出してしまった。てきぱきと作業を終わらす。実に素晴らしい連携だ。


「問題はここからじゃな・・」


心技タイは、仰向けになると柔道でいうところの受身のポーズを取った。そして足を軽く上げて、折り曲げて止った。これは、この状態の足の

裏に翼子を乗っけて、ジャンプさせて高く飛び、スタイリッシュにボールをしゃぶるということだ


「準備いい?」


翼子が部屋の反対側まで後退して心技タイに尋ねる


「おう!」

「バッチ来いタイ!」


心技タイの準備ができたことを確認すると、翼子は助走して心技タイの足の裏に向けてジャンプした。そして3流CGムービーのように

ゆっくりになると、その瞬間「グシャッ!!!」という音が部屋に鳴り響いた


「痛っ・・いダイ~~~っっぅっ!!」


翼子は心技タイの股間をゆっくり踏み抜いていた。どうやら狙いが少しはずれたようだ


「あっははは!ごめんね?」

「でも、ボールは友達なんだし、」

「痛くないよねっ?」


翼子はそう言うと、少し考えてもう一度言い直して、新たに助走すべく部屋の隅に戻った


「踏み外したけど、愛さえあれば関係ないよねっ!」


「ほらおまえ、なんか適当にタイとか言っとけよ」


心技タイは悶絶する勢いの痛さだったが、勝利を導く為にはなんとしてもこれを決めねばならない。股間を押さえていた手を大の字型に戻し、

足を上の方向に戻すと翼子を激励した。


「い・・いダイ・・・」

「翼子・・いいからさっさと来るんじゃあ!」


だだだっ、と再び助走をつけて走ってくる翼子に対し、


「TENGOしゃぶらすぞコノヤロウ!!」


心技タイは目を見開き叫んだ。少し根に持っていたらしい


翼子は動揺して体勢をくずし、ジャンプする踏切を越えてしまったが構わず心技タイの顔面の上を走り抜けた


「グシャッ!」という音と供に翼子の黄金の右足が火を噴いた


「ぐぁぁぁぁ!!」


顔面を押さえて悶絶する心技タイ。翼子のほうも、踏み抜いたときにバランスを崩し、横に倒れていた


このままなんの成果もあげられなければ、紫色のオーラも無駄になってしまう。両者の顔に焦りの色が浮かんだ。事の推移を見守っていた

店主がふいに声をかける


「あの・・」

「ワシにとっておきのアイディアがあるんじゃが・・」


顔面を押さえて悶絶する2人をよそに、店主が続ける


「ワシが思うに、バランスが取れていないのじゃよ・・」


そうつぶやくと、店主は自分の右手の人差し指をかるくしゃぶり、部屋にかざした


「ふむ・・風の影響はないようじゃの・・」


続いて、顔面を畳すれすれにもっていき、ゴルフの芝を読むようにラインを見極めた。

実は、畳のラインというのは重要で、靴下で走り回るとよくわかるのだが、横を向いているか縦を向いているかで全然摩擦係数が違ってくる。

ましてや足の裏にジャンプして飛び乗るという、無謀極まりない精密な作業においては重要な役割を果たすのだ


「角度じゃ・・」

「角度がよろしくない・・」


店主は右手と左手を組み合わせて長方形を作り、そこから覗き込むようにして心技タイと畳とを交互に見定めた。


「少しこう・・こちらのほうに体を向けるのじゃ・・」

「そうそう・・そんな感じじゃ・・!」


身振り手振りでポジションを指示する店主


「ストップ!」

「そうそう、そこじゃ!」


くわっと目を見開いて最善の位置を伝える


「あとは・・」


そこまで言いかけて店主は顔を赤らめ、もじもじとし始めた。試合を急ぐ翼子は待ちきれずに、店主に質問した。


「あとは?」

「あとはどうしたの?」


店主はたまにちらちらと翼子と心技タイを見てもじもじしている。翼子が続けて質問する


「おしっこか?」

「おしっこ我慢してるのか?」


翼子はゆっくりと店主に近づいた。


「店主はそういうプレイスタイルがお好みか?」


ハァハァと息をあらげて店主に詰め寄る翼子。だが、翼子の期待するものではなかったらしく、店主はまったく別の事を言い出した


「ワシと・・」


ちらちらと翼子と心技タイを見定めて店主は続けた


「ワシと手を繋いで一緒に飛んで欲しいんじゃ!!」


店主は緊張のあまり気をつけの姿勢になりながらも精一杯力強く答えた。


「そうか・・!その手があったタイか・・!」


心技タイは、すべてを悟ったらしく、


「翼子・・店主の言う通りタイ」

「2人で飛ぶんじゃ・・!」


翼子に向けて指示を出した


「・・2人でおしっこ飛ばすの・・?」


翼子は口を開けたまま右手であごを押さえて一瞬考えると、結論を出した


心技タイの股間のレバーが、かすかにびくん、と震えた。


「そうじゃないタイ。」

「いや・・待てよ・・」


店主の提案した物と翼子の主張する物が食い違っていた為、一瞬否定した心技タイだったが、翼子のアイディアも素晴らしい物であった。

そもそもこの作戦は、「天井に吊るされたボールをスタイリッシュに舐める」事が目的である。ならば放尿しながらボールを舐めれば、

例え着地に失敗して少々綺麗に決まらなくても、充分スタイリッシュと判定されるかもしれない。欲を言えば、そこらの三流CGムービーのように、動きをゆっくりにして舐めればなお良いのだが、

今の疲弊している翼子には無理だろうと、心技タイは判断した。


「翼子・・・行けるか?」

「いや、出せるかタイ?おまえにその必殺のシュートが」


心技タイは仰向けのまま腕を組んで瞑目しながら翼子に問いた


「大丈夫。やりとげてみせる・・・!」


翼子は闘志をみなぎらせると、自分に言い聞かせるように答えた


「ワシはお嬢ちゃんについていくだけじゃあ!」


店主も闘志をみなぎらせると、自信の頬を両手で、ばしっ、ばしっと叩いて気合を入れた


翼子と店主は助走のラインを再確認すると、位置についた。2人の手はがっちりと繋がれている


「来いーーーー!」


心技タイの号令の元、2人は一斉に走り出した。だだだっ、と勢い良く心技タイに駆け寄る


「うわぁぅう!!」


店主がバランスを崩し、心技タイの股間に倒れこむような形で頭突きをしてしまった。


「!!!ふぐっ!」


白目をむいて気絶する心技タイ。


「オゥゥバァァドラァィヴ!!」


すかさず店主の手を離して巻き添えを回避しようとした翼子であったが、間に合わず、店主と供に崩れ落ち、浴びせ蹴りのような形で

タイを蹴っ飛ばした状態で失禁した。尿がじょぼじょぼと太ももをつたって流れていく。


「あっあっあっ!!」


黄金色の水を流しながら打ち震える翼子。しばしの快感に身を委ねる。


――そしてしばらくして


「決着!!」


部屋の隅に置かれていた、心技タイの端末から、試合終了を告げるボイスが流れた。


「・・・えっ?」


しばらく痙攣していた翼子だったが、我に帰ると心技タイの端末を覗き込んだ。そこには勝者、犬馬&珍海ペアとはっきりと記されて

いた。やはり、最後のお題目が3回連続で失敗したことが査定にかなり響いたらしい。加えて、心技タイと店主が戦闘不能に陥った事

によりもはや手詰まりと判断されたのだ。ボール(股間の)を痛めつけてしまったことも大きい。


つまりサッカーに例えると、自分で自分のゴールにシュートして、相手に点を入れてしまったようなものなのだ


「・・いかない・・」

「納得いかないよ・・・!」


納得いかない翼子は大会本部に直接文句を言いに行こうと思い、荷物をまとめると部屋を出ようとした


「・・・待ちなされ」


そのとき、店主が心技タイの股間から蘇った


「お嬢ちゃん・・」

「決着は・・・」


店主は周りの状況を確認すべく、見渡すと。心技タイの顔のほうに近づきながら言葉を続けた


「決着はもう着いてしまったんじゃろ・・?」


気絶している心技タイは大の字型で白目をむいていたが、店主は心技タイのまぶたを指でそっと閉じるとさらに、腕を胸の辺りで祈るようなポーズに組み替えてあげた。


「じゃったら・・現実を受け入れなされ・・」


さらに店主が続ける。


店主に諭され、口を開けたままうつむいて考える翼子。そして


「わかったよ・・」

「素晴らしい試合だった・・」


少し涙ぐむと、翼子は履いていたパンツを脱ぎだした。股間にはモザイクがかかっている。これは大会運営側の配慮であろう。


「うむうむ・・」


店主も釣られて涙ぐむとパンツを脱ぎだした。言葉は少なかったものの、意思の疎通は取れていた。これは供に戦った”仲間”として

お互いの身に着けている衣服を交換するという儀式なのだ。


「達者でな・・」


店主は翼子の尿がたっぷり染みこんだパンツをビニール袋に保存すると、しみじみと語った。


「うん・・」

「来年・・・来年また必ず来る!」


翼子は店主から受け取ったブリーフをかばんに詰め込むと、会場に待機している顧問の先生と合流すべく、雑貨屋をあとにした。

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