第2話会長と幼女

晴れ渡る快晴の中、観客の声援が響く


国際競技場で今まさに、アプリ坊主の高校県大会が開かれようとしていた


出場選手の家族や一般客などで会場は満員となり、入りきれない観戦希望者はテレビや端末などを凝視しながら

固唾をのんで見守っている


そしてプロのアプリ坊主や、海外のスカウト達も”将来のエース”をみつけるべく奔走している


「どれどれ・・」


着物を着た白髪の老人が、赤い絨毯が敷き詰められたVIPルームの中から双眼鏡で観客席をぐるりと見渡す


「おう、おう、スカウトも必死だな」


黒いスーツに赤いネクタイ。黒サングラスに、馬鹿でかいポップコーンを片手に持った一目でソレとわかるスカウトに

照準をあわせると老人はそうつぶやいた


「あのポップコーンはどこで手にはいるんだろうか?」

「くッ・・・!やつめ、うまそうに食べおる!」


スカウトは最初、一心不乱にポップコーンを食べていた。ぽろぽろと食べかすが足元に落ちる。その食べっぷりは実に見事だった


そして、べとべとになった両手を、スーツのふとももあたりでぬぐうと、双眼鏡を手にとり、ある選手に照準を合わせた

スカウトの様子を遠くで確認していた老人も、そのスカウトが双眼鏡を向けた先に照準を向けた


「珍海(めずらみ)君・・」

「それに犬馬(けんま)か・・」


スカウトと老人の視線の先、グラウンドには2人の高校生がいた

ひとりは、”超高校級”ともてはやされた高校アプリ坊主の選手、珍海(めずらみ)あつし。アダ名はチンカイである

もうひとりは、”不世出の能力者”といわれた、犬馬(けんま)のり子。犬を連れている


彼らはまだ高校生だが将来を嘱望されている逸材なのだ

アプリ坊主の試合は、常に男女のペアで行なわれる。主に男性がアプリ坊主で支援にまわり、女性が助けを得て、能力を発揮する


「2人供、よく育ったものだな・・」


老人がそうつぶやいて、双眼鏡をおろすと、そばにいた従者が


「はい・・2人供、大きくなられまして・・」


と答えた。続けざまに従者は


「ポップコーンを買ってまいりましょうか?会長」


と、言うなり、反転して買いに行くそぶりを見せたが、老人は


「いや、よい」


と右手を軽く上げて制止のポーズを出した。


「ねーねー!」

「おねーちゃんどこー?」


ふいに、背後から現れた小さな女の子が老人の着物をつかみ、ぐいぐいと引っ張る


「みしてー!!」

「それ頂戴ー!」


もう一人、金髪の青い瞳の女の子が、老人の持っていた双眼鏡をせがむ


「ええと、・・ちょっと・・」

「ああ、ちょっと、おい」


小さな女の子2人にまとわりつかれ、老人は苦笑いを浮かべた


「すまん、やっぱりちょっと買ってきてくれるかな・・」


振り返り、サングラスに黒服の従者におつかいを頼む。従者は軽く頭を下げるとすぐさまポップコーンを買いに走った


「のぼるなのぼるな」

「おい、引っ張っちゃダメだ!」


子供2人のパワーに圧倒され、老人はその場にへたり、座り込んでしまった。だが、その顔はとても楽しそうだった。


「エーの!!」

「それ、エーちゃんの!!」


金髪の女の子が望遠鏡をせがむ。すでに老人が持っていた望遠鏡は、黒髪の女の子が略奪しており、それを見た金髪の女の子は急に自分も

欲しくなったらしく、黒髪に詰め寄る


「んんんっ・・!!」

「ん”―ー!」


黒髪の女の子は、取られるまいとして、望遠鏡を両手で高く掲げた。


「ほら、仲良くな」


老人はそう言うと、背後からそっと2人を包み込むように抱きしめた


「んー?」

「んふふっ!?」


2人の女の子は、機嫌がたちまち良くなり、笑顔につつまれた。

これくらいの年齢の子は、当初の目的などすぐさま忘れてしまうことも多い。老人は、子供の純真さに癒されたようだった。



遠くの観客席の青いベンチに座っていた外国人スカウトは視線の先を珍海とポップコーンでいったりきたりしていたが、”会長”と呼ばれていた

老人が目を離した隙にすでにどこかへ消えていた


「ピィーーーーーー!フィーンーーー!ボッ!ボッ!」


スピーカーのノイズ音が会場に響き渡る


「これより、開会式をおこないます」

「選手のかたはグラウンドに集合してください」


老人は着物の左手のあたりを、右手でまくりあげ、腕時計を見るそぶりを見せたが、事前にはずしていたのをすっかり忘れていたらしく、そこには

なにもなかった


かわりに、部屋に設置してあった壁掛け時計をみてとった老人は、従者に告げた


「この子たちを頼むぞ」


従者は一礼し、子供達に寄り添った


この威厳ある老人こそは、世界アプリ坊主連盟の会長であり、そして現役の”永世アプリ坊主名人”でもある、珠須 雪次郎(たます ゆきじろう)

その人であった

開会式で、”会長からの一言”を言うために、今、赤い絨毯が敷かれた廊下を抜けて、1階へと続く階段を下りていくところである


「会長、これを」


そう言って従者は歩きながら、スーツケースのような物を差し出した


「うむ、ありがとう」


ふいに、ポップコーンを3つほど抱えて走ってくる従者と出くわした。


「遅くなりまして・・」


従者は恐縮していたが、会長は右手を上げて制止するとさわやかに微笑んで告げた


「エメリア達と一緒に食べてな」


そして別の従者から差し出されていたケースを受け取ると関係者専用通路を抜け、会長はグラウンドに颯爽と姿を現した















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