第6話 『吸血鬼』
「私たちは
確かに神父さんはそう言った。
吸血鬼とはあれだろう。人後を吸う夜の化け物。コウモリに変身したり棺桶の中で眠る。そして、日光に弱くて当たると死んでしまうというあの。
え?吸血鬼?"たち”?つまり神父さんもってこと…?
普段の私なら多分、この人は頭なおかしい人だから近寄らないでおこう、そうしていたはずだ。
だけど、昨夜の現実味のない膨れ上がって変異した化け物。そして、その化け物をいとも容易く叩き潰した白髪の少年を見た後では、にわかに嘘や頭のおかしな発言とは笑い飛ばせない。
でも本当は昨夜の時点で、私が強く頭を打ち付けて見せる幻覚と幻聴なのではないだろうか。
「言ってよかったんですか、ファーザー」
「仕方ない。もう巻き込んでしまっているんだから、せめて説明くらいはしなくてはね…」
混乱している私を他所に、神父さんと大鷹さんは話す。
「さて、そろそろいいかな?」
「え、ちょっと……待ってください。神父さんも吸血鬼って、神父さんなのに…?」
様子を見ていた神父さんの問いかけに、未だに混乱する私は、真っ先に思い浮かんだ疑問を口にした。
神父とは神に仕えるようなお仕事なんだよね…?それが化け物の類の吸血鬼がやっていていいのだろうか?
「そうだとも。吸血鬼が神を信じて、迷える信者を導く聖書の言葉を伝える神父をやる事に何か問題でもあるかな?」
「あー……ない、ですね……。あっ…」
口角を上げてイタズラをする子供のような笑顔で神父さんは、堂々と言い放つ。
この神父さん、開き直っている……。
呆気に取られてしまったが、まず聞かなければならない事を思い出す。
「重傷みたいだったのは……この際どうでもいいです。………いや、よくないですけど………。血を数滴がって、どういう事、ですか…?」
真っ先に聞かねばならない事。
血を数滴流した、とは?
「怪奇小説なんかで描かれる吸血鬼は、コウモリに変身したり、目にも止まらぬ速さで移動したり、怪力だったり、不死身だったりといった特異能力を持っているだろう?」
「十字架が嫌い……とかですか…?」
「それは特異能力というよりも特徴だね。話を戻そう」
神父さんの言ったもの以外で、私が思いついた吸血鬼を言ったら訂正された。そして、彼は咳払いをする。
「そういった特異能力の中には嘘だらけなのだが、実は真実もある。例えば変身能力。例えば怪力。例えば高速移動とか、要は人間離れした超人的能力だね」
それ、さっき神父さんが言ったやつほとんどでは…?
心の中でツッコミを入れておく。口に出したら、また何か言われそうだし。
「そして、吸血鬼の同族を増やす時に血を流し込む。これも実は真実なんだ」
「……え…?」
それってつまり、私は吸血鬼に………?
さっと顔から血の気が引いていくのがわかった。
自分が人間でない別の物になったと言われて理解出来ない。
しかし、それでも今の私には意味はわかる。やはり意識を失う直前の事があったからこそ、わかってしまう。
自分が化け物になってしまうという事を。
だがね、と神父さんは、絶望する私に言葉を続けた。
「別に君が本当に吸血鬼になるわけではないよ。数滴程度じゃ、ちょっと吸血鬼に近付くくらいなものだろう」
「吸血鬼に……近付く…?」
そうだ、と神父さんは頷く。
「少しばかり傷の治癒力がよくなったりする程度かな」
「え…?じゃあ、太陽に当たっても死なないんですか……?」
吸血鬼と言えば、陽の光に弱い。当たると死んでしまう。それはもう誰もが知っている吸血鬼の弱点だ。
「別に吸血鬼は太陽の光に当たって死ぬなんて嘘っぱちさ。日光浴をしたって痛くも痒くもない」
「それと怪力やら姿形を変えたりするってのは、血を飲んで……つまり吸血する事で始めて行使する事が出来る。だから普通に過ごす分には特異能力なんて使う事はない、と補足しておこう」
神父さんの隣でずっと黙っていた大鷹さんは付け足す。
「そういう事だから今までの生活にあまり支障は出ないと思う。それに少しだけ吸血鬼に近付いたけれど、夏の終わり頃には人間の細胞が吸血鬼因子を打ち消してくれるだろう」
「ご、ごめんなさい……一気に色々と説明されたせいで何が何だか……」
気が付いてから急に色々あって、そろそろ私の頭が情報量にパンクしそうだ。
「ああ、すまなかった。要は、君に吸血鬼の血が少量流れてはいるが、血を吸う吸血鬼の真似事なんてしなければ、夏の終わり頃には人間に戻れるという事さ」
「……って事は私は化け物にならずにいられるって事ですか…?」
「そういう事だね」
あんな化け物みたいにらなくてすむ。
その神父さんの肯定の言葉で、心中に渦巻いていた不安と恐怖が消えていき、私は安堵してる。
「しかし化け物とはねぇ……。面と向かって言われると結構傷付くのなんだね、大鷹」
「あっ……ご、ごめんなさい…!」
その言葉に気付く。流石に今の私の言葉が悪すぎた。
「いや俺はこんな顔ですし、
「あぁ、そうかい…」
大鷹さんはしれっと言い、それに神父さんは苦笑を返す。
失礼だけど、大鷹さんは吸血鬼というよりフランケンシュタインっぽい見た目で確かに怖いからよく言われそうだなぁ。
「そういう訳だから、ひとまずは安心してほしい」
「はい」
神父さんの微笑みにつられて、私は安堵と共に頬を緩める。
「それともう1つなんだが………あのバカはどこに行ったんだ?」
「それが……昼間に町に飛び出たっきりで……」
「まったく……あれほど外に出るなと……」
神父さんは呆れたようにため息を吐く。
もう1つ…?あのバカ?誰の事だろ?
そう考えていると、部屋の外の方でドタドタと騒がしい。誰かが走っているのだろうか。
その騒がしい音は、私たちのいる部屋の前までやってくる。
そして、勢いよく扉が開け放たれて、
「おいっ!アイツ起きたってほ─────」
「廊下を走るなといつも言ってるだろおっ!」
「……え?…ええ…!?」
ゴッ、と鈍い音が室内に響いて、注意した神父さんのゲンコツが、室内に駆け込んできた人の頭部に直撃して顔面から床へと叩き付けられた。
ここでおかしいのは神父さんだ。
彼は扉が開け放たれてる直前まで、私の隣、つまりベッド横のイスに腰かけていたはずなのだ。それが一瞬にして扉の前にまで移動して、部屋に入ってきた人物にゲンコツを叩き込んだのだ。
あまりの早業。これが吸血鬼の成せる技なのだろうか。
そうして私が驚いてる間に、床へ叩き付けられた人物が起き上がる。
「何すんだよ、クソ爺ィ…!!」
「もう1度言うぞ?廊下を走るなよ?この教会もボロっちいんだ。床を踏み抜いたら自費で直してもらうぞ」
神父さんに食ってかかるのは先日の白髪の少年。
そして神父さんは、もう1度忠告するようにゆっくりと言った。
笑顔は笑顔なんだが、凄みというか……とにかく雰囲気が怖い…。
「それに、ここに怪我人もいるんだ。どこかのバカが色々とやったせいで出てしまった怪我人が、な」
「ンな事知って……あっ」
「えっ……と…」
そこで私と彼の目が合って、変な間が空いてしまう。
どうしよう……。
何を言えばいいのか分からず、私は頬をかいた。
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