第4話 『夜道の化け物』

 ところどころの街灯が灯ってない夜の帰り道を、とぼとぼと私は歩いていた。

 車通りはなく、真夏のじとっとした空気を含む生暖かい風の小さな音と虫の涼やかな鳴き声が響く。

 夜道に制服姿だと、警察に見つかった時に厄介なので制服のシャツでなくTシャツを着ているが、バイトの店の中とは違い、外のこの生暖かい暑さのせいで背中の方は、汗でビシャビシャになっている。

 

 ああ、早く帰ってシャワー浴びたいな。

 そう考えていた時だった。

 

 ダアン!と突然大きな音が私の後方から響いて、ビクッとなる。

 

 「え、……なに…?」

 

 振り返ると、地面がヒビ割れて少し土煙が舞っており、その中央付近に1人の男性が転がっていた。

 突然の出来事に、とっさに反応出来なかったが、ふと我に返ると、倒れている男性の元へと駆け寄る。

 目立つ事が嫌いな私は、倒れている人がいても助け起こそうとしないだろう、そう思っていたが、実際には自然と体が動いていた。

 

 「あ、あの!大丈夫、ですか…?」

 「……あぁ…助け、て…くれ………」

 「ええっと、今…救急車を呼びますね…!」

 

 男の元へと駆け寄って彼の様子を見ると、左腕がひしゃげており、彼は息も絶え絶えに助けを求めて来る。

 

 「必要は、ない……」

 

 だが、彼はそれを拒む。そして、彼はこう言った。

 

 「君の血肉で、私は助かる」

 

 ……は?

 私は、彼の言った事の意味がわからなかった。

 

 「あの…?」

 「ぐルぎアアアaaaaaッッ────!!!」

 

 私は疑問を口にしようとした直後、男が不快な奇声を上げ、その不快音に私は耳を塞ぐ。

 

 「あぐっ…!」

 

 耳を塞いだ私の左肩に突然、男が噛み付いてきた。肌を突き破って男の歯が食い込んで血が溢れ出てくる。

 

 「────────ッッ!!!?」

 

 痛みは電流となって脳を刺激し、堪えきれない刺激は声にならない絶叫となって目の奥から熱さが涙となって流れ出た。

 噛み付く顎を振り放そうと暴れるが、男の喰らいつく顎の力の方が圧倒的に強く、いくら暴れても離れてはくれない。

 

 ミチミチミシミシ、と左肩から嫌な音が聞こえる気がする。痛みは熱と電流となって脳だけでなく体全体を突き刺してくる。まるで毒でも流しこまれたかのように。

 

 「こ…、のおっ…!!」

 

 私は最後の悪足掻きで手近に転がる尖っていた石を拾い上げて、男の顔目掛けて叩き付けた。

 

 ぐじゅり。

 何かが潰れるような嫌な音が耳元で聞こえた。そして、食らい付いていた男の離れなかった顎が外れた。

 すぐさま私は転がるように男を蹴飛ばして距離を取る。

 

 「オオオアァ…………」

 

 涙が滲んでぼやける視界で男を見ると、男の右の眼球が潰れてゲル状のようなものが零れ落ちていた。

 

 「ギ、ザマ……よくもォ……!!」

 「ひぃ…っ」

 

 男の腕と背中がボコボコと膨れ上がって怨嗟の声が聞こえ、私の口からみっともない悲鳴が漏れる。

 

 逃げなきゃ…!

 脳は全身に命令するも、体が動いてくれない。肩を突き抜ける激痛と目の前の存在への恐怖に体が縛られて動く事もままならない。

 

 「ぐるオオオオォォ────!!!」

 

 膨れ上がって巨体となった上半身と背中から新たに生えた腕で身を引きずるように這いずって来る。

 

 気味が悪い気色悪い気持ち悪い!来ないで来ないで来ないで来ないで!

 心は叫んでも一向に体は動いてくれず、男だった化け物はただ一直線に私へと迫ってくる。変異した男の口元はカマキリのような蜘蛛のような顎に変わり果てて蠢く。

 そして、とうとう私のすぐ目の前までやってきた化け物は、涎を垂らした大きく顎を開き、私の頭を喰い千切ろうとする。

 

 ああ、ここで私は死ぬんだなぁ。

 目前に迫る死を悟った直後、私の背筋に悪寒が走り、目を閉じた。

 そして、

 

 

 

 「おっ待た……せイッッ!!」

 

 中性的で陽気な声の後に重たい物が落ちたような衝撃と音が聞こえ、何かねちょっとした気持ち悪い液体が私にかかってきた。それに驚いて、私は目を開けると目に見えたのは、ひしゃげた化け物の頭部だった。

 

 「悪ぃな、おっさん!アンタ軽すぎっから、つい投げ飛ばしすぎちまったわ!」

 

 いや、よく見ると化け物の潰れた頭部に足を下ろした少年がいて、彼が陽気に話していた人なのだろう。そして、夜の薄暗闇の中でもわかる白髪が夏の熱風になびく。

 

 「…あ、えっ……と……」

 

 呆気に取られ、何を言えばいいのかわからずに迷っていると、彼の足元でまだ動いている化け物の腕に気付く。

 そして、何本もの腕はぐわっと跳ね上がると、少年を掴もうと手を広げる。

 

 「あ、危な…っ!」

 「おーら…よっ!」

 

 彼は身をひねり、軽々と四方八方から迫る腕を躱して跳ねる。それはまるで、アクション映画のワンシーンを見ているかのように華麗な動きだった。

 

 「これでおっ死ね!」

 

 彼は躱した腕の1本を掴んで力一杯振り回すと、化け物は紙細工を振り回すように軽々と浮き上がって、そして、地面へと叩き付けられる。

 

 「きゃああああ────ッ!!?」

 

 

 それは、軽々と振り回されたのに、とても重く大きな衝撃と音と共に化け物が粉々に引き千切れるほどの一撃となり、私を吹き飛ばした。

 私は頭を守るように腕で隠し、ゴロゴロと転がって背中や腕と膝をぶつけてすりむいて、背中から電柱にぶつかって止まる。

 

 「げほ…っ……がは、ごほっ…」

 

 苦しげに咳き込む私の口内は血の味が広がり、打ち付けた体中が悲鳴をあげる。特に背中が咳き込む度に熱と共に激痛を訴えてきた。

 

 「おい…!悪ぃ、お前大丈夫か…!?」

 

 先程は陽気だった少年の焦りの滲む声が聞こえる気がする。

 でも、痛みと咳で段々と遠退く私の意識は、気に留めておける余裕もなく、私は意識を失ってしまった。

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