第2話 『バイト』
えっと……あれ…?
ぼやけた思考を頭を振って振り払い、寝ぼけ眼にぼやける視界を擦って治す。
私、昨夜いつ寝たんだろ…?
未だぼやける頭で思案する。
場所は見覚えのある質素な自室。服装は味気無いぶかぶかで無地のTシャツ。時刻はいつも目覚める6時20分。
何も変わらない日常の始まりだ。
なのに何で昨夜の記憶が無いのだろうか?
昨夜の事を思い出そうとすると、霞がかった先に手を伸ばすように思考が朧気になってしまう。
私は首を捻る。
こんな事は今までに1度もなかった。
うんうん頭を捻らせてると、6時30分を告げるアラームがビー!ビー!耳に響く音で知らせてくれる。
「うん、今起きるよ」
私はスマートフォンのアラームを止めると、ぐぐっと伸びてベッドから降りる。
締め切られたカーテンから零れる日差しから遠ざかるように、一学期最後の学校へ行く準備を始めた。
◆◇◆◇
退屈な日常。
変わらない日々。いや、変えられなかった青春だろうか。
つまらないなぁ。
私はそう思いながら、目立たぬように大きめの眼鏡をかけて顔を隠した。そうして、今日も退屈で億劫な時間を過ごす。
一学期最後の授業終了を告げる鐘が鳴り、部活動へ向かう者。友人達と集まってくだらない世間話をする者。早速、友人達と遊びに行く者。
色んな人達がいる中、私はさっさと荷物をまとめて教室を出る。
多分、誰も私が教室を出た事すら気にしないだろう。いや、そもそも誰も私の事をちゃんと認知していないだろう。
そうやって、皆から逃げるように下駄箱へと早足で向かった。
◆◇◆◇
「それで?友達0で夏休み突入しちゃったのね」
そう言いながら、レジ前でお腹を抱えて笑うのは、私のバイト先である野々村書店の店主の野々村ノ乃店主。通称、ノノさん。
バカにするつもりで笑っているわけではないと思うのだけど、私は少しムッとして頬を膨らませる。
「あんまり笑わないでくださいよ」
「うんうん、ごめんね?」
笑い過ぎて目尻に涙を浮かべているノノさん。
やっぱりちょっとだけ怒った方がいいかな、と思ったけど、大きな溜息をはいてやめておく。
「んでも夏休みに友達いないって寂しくない?一緒にお祭り行ったり、宿題の写しとかも出来なくない?」
「別に大丈夫です。宿題を写したら自分のためになりませんし、お祭りに行ったらお金使っちゃいそうですしね」
「それってめちゃくちゃ寂しくない…?」
こちらの心配をしてくれてるのはわかる。
でもこれは私の本心だから仕方ない。
夏休みなんて中学時代も一人で過ごし、今も一人暮らしで節約の日々。
何も変わらない。変わったのは中学か高校かの環境が変わっただけだ。
お客が来なくて暇なので箒やハタキで塵や埃をはいていたが、とうとうやる所がなくなってしまって手持ち無沙汰になる。
そういえば新しく入荷した本を品出ししなきゃ、と思って倉庫に向かおうとした所でノノさんに声をかけられた。
「今日は暇みたいだし先にあがっちゃっていいよ。品出しくらいなら、わたしがやるからさ」
レジの前でぐでっとしていたノノさんは、ぐぐぐっと大きく伸びをして重い腰を持ち上げる。
「どうせこの後、深夜まで牛丼屋でワンオペでしょ?なら今のうちに休んで夜まで頑張んな」
「すみません。じゃあ、お言葉に甘えて」
「いいよいいさ。後で牛丼の出前でも頼むから」
「そんなサービスはやってませんよ」
そんな冗談のやりとりをしてから、ノノさんにペコリと頭を下げてから私は着替えに倉庫へ戻った。
「今夜辺りから夜は物騒だから気を付けなよー?お疲れさーん」
お店を出る際にノノさんは、私には飴を渡して手を振って見送ってくれる。
ノノさんのお手製の飴をバイト終わりの私がもらう、こうやってここでのバイトは終わりだ。
「ありがとうございます。お疲れ様です」
お礼を言ってから書店を出て、もらった飴を口に含む。
うん、甘くて美味しい。
口内の飴玉を転がしながら、私はゆっくりと牛丼屋のバイトへ向かった。
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