第二話:告解せし者


俺は無神論者である。この世に全知全能の存在なんていやしない。長命で奇跡的な力を有する一族があたかも我らこそが神だ、と偉そうに宣っているのを見ると思わず鼻で笑ってしまう。また、そういう一族を崇める人間がいるから、奴等はさらに調子に乗るのだ。


何が奇跡の力だ、何が不老長寿だ。


そんなもので全てが解決できるなら、今あるどれ程のものが必要なくなることか。食糧なんて奇跡の力とやらで生み出せばいい。病気だって奇跡の力とやらで治せばいい。


そんなことできるわけないから、俺たちは苦しんでいるというのに。


奇跡?なら、救って見せろよ、俺たち≪コバルティア≫を。生きることを許されない俺たち一族をその手で生かして見せろよ。できないくせに……。


だが、幼くして家族を亡くした俺は、家族の血縁である司祭一家の教会に預けられ、神父見習いとなった。無神論は相も変わらずだが、郷に入ってはなんとやらと言うし、仕方なし、俺は今日まで神父として生きてきた。




教会には「告解室」と呼ばれる部屋がある。人が自分の犯した罪を告白し、神の許しを得るという行為をする部屋のことだ。見習い神父であるエレオス=クエンチェはこの部屋で人々の罪を聞いては神に代わり彼らを許す、という仕事をしていた。


――馬鹿馬鹿しい。神なんているわけねぇだろ。


棒についた飴玉をガリガリかじりながらエレオスは心中ぼやいた。そう、彼は無神論者、見習いとはいえ神に仕える神父にあるまじき無礼者だ。


そんな彼がなぜ神父の服を袖通せるか。簡単である、宗教者のふり、をしているのである。なんと罰あたりな!と思われるだろうが、幸か不幸かエレオスは人を欺くことが得意であった。まるで、神に仕える慈悲深い神父のように振る舞うことで、教会内での地位を確立したのである。


嘘をついて人を欺きつつ、それでも教会に固執するのには理由があった。


おっと、それを語る前に人が来たようだ。扉が開く音がした。


飴を噛むのを止め耳を澄ますと、相手と自分の間を仕切る小窓の向こうに誰かが座る気配がした。


「神父様、どうか私の罪をお聴きください」


――女か。


声色と独特の口調の癖からそう判断したエレオスは、内心めんどくさそうに目を細めながら、


「嘘偽りなく、罪を告白すると誓いますか?」


表情とは裏腹にとびっきり慈悲深げな声でそう口にした。


――嘘偽りだらけの俺が、嘘偽りなく罪を告白しろ、なんて笑える話だ。


自嘲気味に口の端をつり上げていると、はい、と返事が来たので、エレオスはどうぞ、と先を促した。


罪の内容はこうだ。


この度、女は自分が愛した男と結婚するのだという。この男にはもう一人好きな女がおり、その女とこの女は友人同士だった。両者とも男に好意があるのは周知のこと、男は別の女を愛していた。別の女の方が自分より器量がよく奥ゆかしく、自分はどんなに足掻いても昔からその女に勝てなかった。


しかし、自分はどうしてもこの男と一緒になりたく、偽りの噂を流して男の気持ちをなくしてしまおうと企てた。結果、噂は巡り巡って男と別の女の仲を引き裂いた。だが、別の女の心の傷は深く、精神を病み、家に引きこもってしまったのだという。


よくある三角関係で、相手を陥れ精神を病ませた罪の告解。


――情念に心を食われた女か。


馬鹿馬鹿しい、そんなもの許されないに決まっている。一生背負って生きていく覚悟すらなく相手をはめるとは。


「そうですか」


その気持ちを全て押し殺した声でエレオスはそう返した。まるで、罪を告白する女の心を痛ましく

思っているかのように……。


「精神を病んでしまったとはお気の毒です。しかし、起こってしまったことをなかったことにはできません」


「……うぅ、私は、なんてことを……っ!」


「罪の重さに気がついたのなら、今後起こさぬよう正すことはできるはずです。大丈夫、神は貴女を許しますよ」


「ああぁっ!!!」


女はその場に崩れ落ちる。小窓を隔てた向こう側にいるので、エレオスはそれを支えることはできない。する気は毛頭ないのだが。


――胸くそ悪い罪の告白を聞いて、許す、って言えば救われる……。都合いい連中だな。


こうして罪を告白し許すと言われれば、自分は悪くない、自分は罪を償ったのだ、と告解した者たちは思っているのだろう。告解室に来る者は、なんという人でなしどもなのだ。そうエレオスは思っていた。


あの日までは……。


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