②
さて、ジズはたった一人で小屋の目の前にやって来た。度胸試しは一人で行くもの、とエレオスにも言われたのもあり、誰にも告げずにやって来たのである。
――ここをノックして、一目散に走る。《蜘蛛ノ糸》を使えば、罠も作れるしなんだってできる。
追いつかれたらおしまいだ。自分も死ぬかもしれない。でも、やるしかない。
ジズはゴクリと唾を飲み込んで、その扉をコツコツとノックした。瞬間、彼は一目散に駆け出す。途中、彼は指先から魔力を糸状に放出した《蜘蛛ノ糸》を通路に張り巡らせ、その糸を蹴って跳躍しながらさらに加速する。
背後、かなり向こうで扉を開ける気配がした。振り向いてはならない。第二階層に続く梯子を駆け昇り、さらに駆け出す。
「あれ、ジズ?何して――」
「後にして!」
声をかけてきたミサ帰りの女性の脇を通り抜け、ジズはさらに《蜘蛛ノ糸》を通路に網目のように展開する。
「こらー!!通れないじゃないの!!」
後ろで怒る声がするが、構わない。こちらは試練なのだ。
第三階層へ続く階段にやって来る。見慣れた場所だ。なんだ、大したことはないじゃないか、とジズは少し余裕の表情で駆ける。
瞬間、ゾワリと悪寒がした。真横のカンテラの炎が不気味に揺れる。ジズは息を飲み、反射的に駆け出す。当然、《蜘蛛ノ糸》を展開。通路を遮断していく。
「何やってんだ!馬鹿野郎!!」
「うるさい!」
引っ掛かって転んだとおぼしき男が声をあげている。ジズは無視して第四階層への梯子を一気に跳び上がった。
瞬間、目の前にいた身の丈ほどもある黒い猫が、陽炎のようにゆらりと立ちはだかる。ジズが、あっ、と声をあげる間もなく、彼はその猫の尻尾に身を捕らわれた。
「やっと、捕まえたよ。ジズ」
聞き覚えのある声だ。すると、その猫の陰から灰白色の猫っ毛を持つベストを着た少年が頬を膨らませながら姿を現した。
「え、ヴェーツ?」
「これはなんのイタズラなの?」
ヴェーツことヴェーチェルは第二階層の図書館の司書だ。猫の形をした影を操る《幻影ノ猫》の遣い手。今ジズを捕らえているのも彼の能力である。
「イタズラじゃないよ!試練だ試練」
「試練?町中を蜘蛛の巣ベッタベタにすることが?」
「違うよ、レオから聞いたんだ!《ララランの試練》のこと」
「……ラララン?」
ヴェーチェルが固まる。何かおかしなことでも言っただろうか。
と――。
「あっはっはっは!!!マジでやりやがった、ジズ!!」
上空から声がした。見上げると、建物よりもやや高めの位置に足を組んで浮遊するエレオスの姿が見えた。彼の能力である《機巧(からくり)ノ翼》、機械仕掛けの翼を展開し、自由に空を駆けるものだ。
「どういうこと、ちゃんと説明して。僕は『あの小屋に蓄えた水を盗もうとしてる奴がいる』って聞いたんだけど?」
ヴェーチェルがエレオスを睨み付ける。彼は悠然と宙に浮かびながら喉を鳴らした。
「暇つぶしだよ、暇つぶし。いやぁ、こんな真剣になるとは思わなかったなぁ」
マジで逃げるジズと、糸ぶったぎりながら怒号をあげてるヴェーツ……。くくく、ダメだ。笑える。
エレオスはさも楽しげに笑う。つまりどういうことだ。騙されていたのか、とジズは愕然とする。
「……レオ、お前。人で、遊ぶんじゃねぇえっっ!!」
瞬間、ヴェーチェルが猫のように軽い身のこなしで家の壁や屋根を蹴って宙に跳び上がる。その両手にはいつのまにか腰から抜かれたツインダガーがある。
「あっはっは!やんのか!?ちょうどいい、退屈してたんだ、殺り合おうぜ、ヴェーツ!!」
エレオスもいつの間にか手にしていたレイピアでヴェーチェルの叩き落としたツインダガーの攻撃を防ぐ。ヴェーチェルは落下しそうになる中体を捻ってエレオスに蹴りをくり出す。それを脇腹に食らったエレオスは咳き込みながら吹っ飛ぶ。その先にあったのは青白い光の蜘蛛の巣……。
「捕まえた!」
「うわっ!せこいぞ、二対一なんて!」
「知るか!先に原因作ったのはお前だろうがぁっ!!!」
「よし、そのまま釘付けにしとけ、ジズ!」
ヴェーチェルが再び地を蹴ってエレオスに躍りかかった。その時だった――。
「何を、しているのですか」
ぴりりと、声のみで空気が張りつめた。三人が三人揃って動きを止め、まずい、という顔をする。振り返った視線の先には満面の笑みで佇む――。
「ぞ、族長……」
このあと三人はこっぴどく叱られた。
ジズがどうしても叶えたかった願い、それはまた別の話。
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