第一話:度胸試し


ここは太陽光が届かない地下都市。一日中≪夜光草≫や≪ヒカリゴケ≫から絞り出した燃料で燃えるたくさんのカンテラによって照らされた町、名を≪コバルティア≫と言う。


棚田のように斜面にたくさんの施設や家が建てられ、族長の住まう一番下の空間を第一階層とし、上に行くにつれ、第二、第三…と、七階層まで続く。至るところに設置された階段や梯子を使って階層を移動しながら人々はこの都市に住まっていた。


そして、町の中心―第一階層の族長の邸宅の庭からは地上と地下を結ぶ生命線ともなる木≪ヴィーダ≫がある。水をもたらすその木は別名≪生命の樹≫とも呼ばれていた。


さて、時刻は昼下がり。第三階層の薬草園には灰白色の髪を持つ少年がかご一杯に摘んだ草花を手に歩いていた。彼の額から頬を通り鎖骨のちょうど上に至るまでには不思議な蜘蛛の刺青がある。


彼の名はジズ。今年十二歳になる医者見習いの少年だ。この薬草園の管理を任されている。今日もいつものように草花に水やりや手入れを施し、薬に必要な分だけ収穫をした、その帰りである。


「おーい、ジズ」


柵の向こうから彼を呼ぶ声がした。振り返ると、黒くてブカブカの神父服を纏った灰白色の髪の少年が手を振っている。あれは第二階層の教会の神父見習いであるエレオスだ。


「なぁに?」


「なあなあ、昼まだだろ?一緒に食おうぜ!」


手にした紙袋から見えるのはサラ麦のパンだ。今年は水が豊富なので、サラ麦が貯蔵分よりもたくさん収穫されている。普段高級なパンも今年は大盤振る舞いだ。


「いいけど、今ちょうどミサの時間じゃ……」


ジズが首を傾げると、エレオスはわずかに目を泳がせた。やはりか、恐らく抜け出してきたのだろう。


「どやされても、俺知らないからね」


「うるせぇ!てめぇが俺の心配するなんざ百年早い!!」


「……はい」


納得はいかないものの、兄貴分なので素直に従っておく。これ以上言おうものならげんこつが飛ぶことは承知の上だ。


「じゃあ、ヴェーツも誘おうよ」


「あー、あいつ今日はちょーっと用事があるんだと」


「ふーん」


薬草園の柵の近くにあるベンチに腰をかけて、二人は少し遅めのお昼を食べ始めた。このパンは教会のシスターが焼いてくれているもので、とても美味しい。本来はミサに来た人に配るものをたまにおこぼれとしてもらったエレオスが持ってきてくれるのだ。


「そういや、ジズ。お前、《ララランの試練》って知ってるか?」


「何そのご機嫌な試練……」


突然の問いに怪訝そうな顔をして訊ねると、エレオスは楽しそうに笑う。


「なぁーに、度胸試しさ。お前、族長の家の裏に小屋があるの知ってるか?」


「あー、《ヴィーダ》の根があるっていうあの小屋のこと?開けちゃダメってやつでしょ?」


「そう、そこの扉をノックすると、《出る》んだ」


「は?」


ますます怪訝そうな顔をして切り返すジズ。


「《ヴィーダ》はコバルティアの民の死骸を食って生きてるって御伽噺があるだろ?その食われた連中の怨霊があの小屋には《出る》らしい」


「そんな話あったっけ?」


「はぁ……なんにも知らねえんだな。いいか?その小屋の扉をノックしたら、一目散に走るんだ。後ろから追っかけてきても絶対振り返らないで第7階層まで駆け抜けたら、願いがひとつ叶うらしい。でもリタイアしたら、死骸の仲間入りらしいぜ?」


願いが叶う、その単語にジズは反応をした。


「なんでも?」


「ああ、何でも」


「……それなら、やる」


彼には叶えたい願いがあった。



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