先生と破壊の神(その3)
「ルシファー! メフィストだ。 今から俺はアスタロトとミカエルの所へ行く。ここの指揮はお前に任せたぞ!」
「ふん、勝手にしろ! 俺はお前の指図なぞ受けん」
素直じゃない奴だ。だが、奴は他に選択肢が無いことに気が付いているはずだ。
「よし、今だ、ボールにキスをしろ!」
それぞれボールに口付けをすると、プログラム言語の文字列がキラキラと宙を舞い、使い魔たちが姿を現した。
俺の目の前には、転送用のポータルが口を開ける。みんなを残していくのは気が引けるがタドミールを倒すには、あの二人の協力を取り付けるしかない。交渉が出来るのは俺しかいないだろう。ポータルに飛び込むと周りの景色が歪み、風を感じる。柔らかい大地に足が付く感触があった。
――ここは?
眩しい日差しが照り付けている。足元は白い砂浜が拡がり、波が押し寄せている。空を見上げると真っ青な空の彼方にもくもくと入道雲が沸き上がっているのが見えた。さっきまでの無機質な世界から一変して、心が癒される南国の風景のなかに俺はいた。
リリスの奴め、こんなところに悪魔と天使を送り込んだのか。ミカエルはともかく、アスタロトには似合わない場所だ。時間がない、急いで二人を探さねば。試しに浮遊魔法の呪文を唱えてみるが、何も起こらない。結界により魔法が無効化されているようだ。通信用魔法でリリスに呼びかけるが反応がない。少なくとも抜け出せないように配慮はされていることが分かった。二人はまだここにいる。
砂浜を海に沿って歩いていく。砂浜から内陸は様々な植物が生い茂ったジャングルのようになっており、建物などの人工物は見当たらない。しばらく歩いても、海鳥以外の生き物に出会う事はなかった。砂浜は進行方向に向かって右にカーブしており、このまま進んでいけば、ぐるっと一周するのではないかと思えた。
やがて砂浜に座り込む二つの人影が見えて来た。褐色の肌にウロコのような水着姿の女と白いシャツに刺繍の入ったズボンをはいた色白男の組み合わせは、どこからどう見ても観光客にしか見えない。だが、座っているのは間違いなく大悪魔と大天使だ。
「アスタロト様ーっ!」
俺は駆けよりながら声をかける。女上司は俺に気付いたが立ち上がることなく片手を上げた。ミカエルも弱々しく手を振っている。
「どうしました? 随分と仲良くなられましたね」
「ここはいったい何なのじゃ? 全く力が使えん。元の姿にも戻れん。お手上げじゃ」
「助けに来てくれたのですか? メフィストさん、ずいぶんとひどい目にあいましたよ」
二人とも、力を封じられてかなり弱っているようだ。
「もちろん助けることは出来ますが、その前に協力して頂きます。力を合わせて真の敵を倒すのです」
「真の敵じゃと? 私らの敵は、あの小賢しいルシファーじゃろ。こんな目に合わせよって許さんぞ。早くここから連れ出すのじゃ、メフィスト」
「まあまあ、アスタロト、話を聞きましょう、何か訳があるようですよ」
「なんじゃ、物分かりの良い振りをしおって。さんざん弱音を吐いておったろうが、ミカエル」
「人聞きの悪いこと言わないで下さい。あなたの愚痴をさんざん聞いてあげたのを忘れたのですか?」
「なんじゃと、私がいつ愚痴を言った。メフィスト、こやつはここに置き去りにして帰るぞ、早くせい」
いつの間にか仲良くなっていた二人に向かって、二人が飛ばされた後のことを説明した。二人の話によると、ここは元の世界と時間の進み方が違うらしく、ここにきてすでに一か月が経過しているとのことだった。最初はいがみ合っていたらしいが、二人っきりの時間を過ごすうちに馬が合う事が分ってきたようだった。
「なるほど、そのタドミールというAIが本当の敵だという事ですね。悪魔界と天使界共通の敵なのですから、ここは我々が力を合わせて立ち向かう必要があるでしょうね」
さすが、天使だけあって正論そのものの意見だ。後は、アスタロトが賛成してくれれば助かるのだが。
「いやじゃ、なんで天使と協力しないといけないんじゃ! 気に食わんぞ」
わー、めんどくせー。せっかく天使が気を使って悪魔の提案に賛成してくれてんだから乗っかればいいだろ。今、「アルカディア」では、みんなが必死に戦ってるんだよ。空気読めよ!
「ミカエルさん……、ちょっと」
ミカエルにアスタロトから少し離れた場所に来てもらい、あることをこそっとお願いした。
「えっ、……それはちょっと、はい、そうですか……、本当にやるんですか? うーん、わかりました。やりましょう」
「なんじゃ? こそこそしおって、何をたくらんどるんじゃ」
アスタロトのところまで戻り、ミカエルと並んで立つ。
「アスタロト様、ミカエルさんが、いつもあなたのどこを見ているか知っていますか?」
「な、なんじゃ、私を見ておったのか? ど、どこを見ておったのじゃ」
アスタロトの顔が紅潮してくるのがわかる。
「ミカエルさん、どこですか?」
「……、お尻、わしづかみしたくなるお尻かな」
「おおっっ、おしりぃぃ! あわわ」
ポケットから用意していたモノを取り出す。
「な、なんじゃそれは?」
「これは、あなたが脱ぎ捨てた黒パンツです。ミカエルさんが、隠し持っていたのです」
「い、い、い、いつの間にぃぃぃっ! おのれぇぇっ」
立ち上がろうとしたアスタロトだが、膝がガクガクとなり尻餅をついてしまった。ミカエルに黒パンツを渡し、目で合図を送る。ミカエルは黒パンツを見つめていたが、意を決したように鼻にパンツを当て思いっきり息を吸い込んだ。
「やめろぉぉっ! 汚らしいいいっっ、ひいいい」
大悪魔は、のたうち回り、砂浜に大の字となって倒れてしまった。
「いい匂い……です」
ただ、波の音だけが響いていた。
「う、ううん、今だけじゃぞ、どうすればよい?」
平静を取り戻したアスタロト、ぼおーっとしているミカエル、俺の三人は、リリスから受け取ったファイルを再生してみることにした。
「再生!」
呪文に反応して、目の前に立体映像が現れた。透き通ったリリスが我々に語り掛ける。
「メフィスト先生、この映像を観ているということは、説得に成功されたのですね。アスタロト様、ミカエル様、お久しぶりです。時間がありませんので要点だけお伝えしますわね。破壊の神タドミールは、通常魔法が効かないマジックサイバースペースでは無敵です。彼女を倒すには外部からのウイルス攻撃しかないでしょう」
なるほど、人間世界でのコンピューターウイルスと同じ働きをする、マジカルウイルスを送り込むつもりか、たが「アルカディア」はリリスドリームの基幹システムを使っている。リリスドリームのウイルス対策は強力だ。ファイアウォールも突破できるだろうか?
「無理だと思われましたか? 先生。確かに、リリスドリームは、現代のウイルスに対するセキュリティは完璧です。ですが先生たちのいるその島に、古代悪魔の作ったウイルス兵器があることを私は知りました。これがその兵器のある場所と、起動方法が書かれた文書です」
立体映像のリリスが、私に紙を差し出す。受け取ると手のひらで本物の古ぼけた紙に変わった。
「先生、アスタロト様、ミカエル様、兄のやったことは謝ります。申し訳ありませんでした。どうか兄と力を合わせて私達の世界をお救い下さい……」
「兄思いのいい妹さんじゃないですか、アスタロト」
「ふん! 勝手なことをぬかしおって」
優しいミカエルの言葉に、アスタロトも調子が狂ったようだ。
「さあ、この地図を見てくれ! 知ってる場所か?」
俺が広げた紙には、地図と一緒にウイルス兵器の絵も書かれていた。紙を覗き混んだ二人は、あっ、と声を上げた。
「――女神さま!」
どうやら探す手間が省けたようだ。
ついてるぞ! メフィスト。
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