先生と破壊の神(その2)


 俺、メフィストフェレスは、タドミールと名乗る『神』の話を陰鬱な気持ちで聞いていた。マジックサイバースペースの制御システムとして開発されたAIが、自分の意思を持ち、自分の理想郷である、この『アルカディア』を作った。ルシファーとリリスの兄妹を利用して、邪魔ものである大悪魔アスタロトと大天使ミカエルを排除した。

 

 タドミールは、藤堂一花としてサイコ学園に潜入し、復活の機会を伺っていたって言うのか? 信じられん。あの単細胞、藤堂がここまでの計画を練っていただと?

 

 「みなさんに集まって頂いたのは、新しい世界秩序の創造にあたって、みなさんにも手伝ってもらおうと思ったからです。間もなく私の部下であるディミオス将軍が最強の軍団を率いて、悪魔界、人間界に侵攻を開始します。それら旧世界に住む全ての生物をこの『アルカディア』に移住させ、従来の世界は消滅します」

 

 「そんなことができるものか!」

 

 ルシファーの反論に、タドミールは首を左右に振る。

 

 「ルシファーさん、あなたには悪魔たちの代表としてまとめてもらいます。魔界の王になりたかったのでしょう? メフィストさん、あなたには人間の代表になってもらいます。人間には人間の代表がいいですかね? まあ、あなたは人間っぽいので大丈夫でしょう。ソフィア先輩、あなたはアルカディアの国務大臣をやってもらいます。先輩のリーダーシップが生かせますよ。じゃこるん、あなたはメイド長です、面白いでしょ。そして、かすみ先輩、あなたは私の妃となるのです」

 

 嬉しそうに新世界の構想を語るタドミールを見ながら、必死に頭を回転させる。この『アルカディア』の基幹システムは誰が作った? このおしゃべりなAIが自ら構築したのか? なんとなく違和感を感じる。違和感と言うよりは、既視感と言うべきか。


 「それで、お前はなんになるんだ? AIのお嬢さん。俺の秘書でもやるか」


 ルシファーの皮肉が通じたのか、タドミールの表情が固まったように見えた。


 ビュンと風を切るような音がした。何かがテーブルの上を横切ったように思えた。しばらくするとルシファーの頬に切れたような傷痕が浮かび上がり、紫色の血がクリスタルの上にポタポタと滴り落ちた。


 「ルシファー様、血が出てます!」


 エヴァの言葉にルシファーは頬を手で拭い、ベットリと手についた血をぼんやりと見つめた。


 「なんだ、これは?」


 「言葉に気を付けてください、ルシファーさん。次は首が飛びますよ。私は何かになるわけではありません。私は既に『神』なのですから」


 光学迷彩を使った透明化なんかじゃない、その存在すら感知出来ない武器による攻撃だった。これには流石のルシファーも黙るしかなかったようだ。

 さっきから、数十メートル先の金属でできた地面がキラキラと光っている。仮想空間でのこうした現象は外部からのコンタクトが行われていることが多い。試しにリリスドリームにソフィアが潜入ダイブしたときに使った通信魔法をこそっと起動させてみる。


 「せん……せ……い、きこ……え……す……か?」


 途切れ途切れだか、誰かの声が聞こえる。もう少し感度を上げてみる。


 「せんせい、せんせい、聞こえますか?」


 今度ははっきりと女性の声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。


 「ああ、聞こえる。もしかして、リリスか?」


 「はい、リリスです。お久しぶりですわね、先生。この間はお世話になりました」


 外部と通信していることがばれたら、今度は俺を攻撃してくるかもしれない。話は手短にした方がいい。


 「状況はわかるか? リリス。お前の兄貴がピンチだ、助けてくれ!」 


 「分かってますわ、先生。お兄様ったら、転送ポータルのことを教えて差し上げたら、すぐに調子にのってこんなことをしでかして、仕方ないひとですわ。アルカディアの基幹システムはリリスドリームの物と同じですわ。自己崩壊する前にタドミールが乗っ取って使ってますの。外部と通信が可能と言うことは私がプログラム魔法を送れば使えますわ」


 やはりそうか、どうりで既視感があるはずだ。


 「タドミールを倒すことは可能か? もうすぐ、あいつの軍勢がそっちにも攻め込むらしいぞ。なんとか阻止しないとな」


 「そうですわね。タドミールを倒すには、アスタロトとミカエルの力を借りないといけませんわ。先生は二人のところへ行って説得してください」


 「二人の行き先がわかるのか?」


 「ええ、お兄様に任せると帰ってこれない場所に飛ばしちゃいますから、ちゃんと行き先は調整してありますわ。これから皆さんにプログラムボールを送りますわ。起動のタイミングは先生が指示なさって下さい。先生と皆さんとの通信ポートを開いて、この通信は遮断しますわね、これ以上は危険ですから。それからアスタロトとミカエルと話をするときのヒントをファイルで送っときますわ、後でご覧になって。検討を祈りますわ……」


 リリスとの通信が切れると同時に、心にザーザーと雑音が入ってくる。ここにいるメンバーとの通信ポートが開いたようだ。


 「メフィストだ。いいか、黙って聞いてくれ! これから君たちの手元にプログラム魔法のボールが送られてくる。俺が合図を送ったら、ボールにキスをして起動させろ! わかったら俺の方を見ずに瞬きを三回しろ」


 相変わらず、タドミールは新しい世界の構想を語るのに夢中になっている。テーブルに座っているメンバーの表情を確認する。川本さんとソフィアが三回瞬きする。エヴァも瞬きするが一回一回が長い、もっと自然にやってくれ。ルシファーは――

苦虫を噛み潰したような顔をしている。聞こえてなかったのか? そう思った瞬間、やっと瞬きをした。おそらく俺に指示されるのが嫌だったのだろう。


 手元に暖かさを感じ、プログラムボールが到着したのがわかった。今度は隠しやすいように小さめになっているので右手で握りしめた。


 「皆さん、お待たせしました! ディミオス将軍の軍団が到着したようです。こちらをご覧ください」


 そう言って、タドミールがテーブルの後方を指差すと、銀色の大地がすうーっと消え、遥か下の平原を見下ろせるようになった。ちょうど山の展望台にテーブルがあるような感覚だった。


 ――これは! 


 地面を黒い服を着た人間が覆い尽くしている。きちんと整列したアサシンの大軍団。いったい何人いるのか? 天使との戦争で悪魔の大軍団を見たことがある。それを大幅に上回る人の波。これが現実世界に攻め込むと言うのか。


 「驚きましたか? 彼らをするのは結構大変でした。紹介しましょう。彼らを率いるディミオス将軍です」


 

 カンカンカンと金属音が近付いてくる。現れたのは角が生えた白馬――ユニコーン――だ。黒く光を放つ鎧に身を包み、牡牛のような二本の曲がった角を持つ兜で顔を覆っている騎士が、背中に股がっている。我々の近くまで来ると騎士は、地面に降り立った。


 「ディミオス将軍、新しく我々の陣営に加わってくださる皆さんです。ご挨拶を」


 「兜を着けたままで失礼します。ディミオスと申します、どうぞよろしく」


 女性? その猛々しい外見と似つかない、柔らかい女性の声だった。ディミオスは、眼下のアサシンたちに向かって持っている長剣を掲げた。


 「皆のもの、準備はよいか! 出撃だ!」


 将軍の声に答える大歓声で地面が震えるのを感じた。

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