先生と破壊の神(その1)


「うわははははっ! 遂に出られたぞっ」


 アスタロトの笑い声が響き渡る。黒い翼をバサバサと羽ばたかせ、嬉しそうに宙を舞う。

 

 「何を浮かれている、アスタロト。久しぶりの再会でも祝っているのか?」

 

 ミカエルの言葉に大悪魔はピタッと動きを止めた。

 

 「そうだな……、積もる話もあるしなっ! くらえっ!」

 

 アスタロトの頭上に出現した銀色の槍が、ミカエルめがけて突っ込んでいく。いきなりグングニルの槍? 手加減なしね。

 

 「アンゲルスサルコファグス天使の棺!」

 

 ミカエルが作った強力な結界にグングニルの槍が激突して轟音と共に火花が飛び散った。最強の槍で最強の盾を突いたらどうなるのか? 「矛盾」って言う言葉があったわね。答えはお互いに砕け散るってこと。

 

 いけない! 川本さんとソフィアさんは? 

 

 見回すと、二人が抱き合っていた場所に並んで倒れているのが見えた。藤堂さんがすでに様子を見に駆け寄っている。

 

 「じゃこるん、二人とも無事です! かすみ先輩も元に戻ってます」

 

 良かった、本当に良かった! ありがとう、ソフィアさん。

 

 「アスタロト、ミカエル、こっちを見ろーっ!」

 

 「ルシファー?」

 

 二人が声がした方を振り向くと、ルシファーが、手に持った透明なボールにキスをした。学園上空の空間がグニャリと歪み、黒く大きな口が悪魔と天使をまるごと呑み込んだ。驚くほど、あっけない退場だった。

 

 「くっくっくっ、あはははっ。せっかく復活したのに残念だったなあ、アスタロトォ、ミカエルゥ、そうか、もういないか」

 

 「――感知型ポータル!」

 

 メフィストは、状況を理解したようだ。


 「残念だったなー、メフィストォー、せっかくアサシンまで動かして、アスタロト復活の為のお膳立てをしたのに、無駄になっちまって、はははははっ」


 「なんのことだ? アサシンを動かしたのはお前だろう? ルシファー」


 「とぼけるんじぁない、メフィスト。お前がアスタロトとミカエル復活を企んでいたのは知ってるぞ」


 ルシファー様が、メフィストとの会話に気がとられている間に、川本さんとソフィアさんを助けだそう。そう思った私が、二人のいる場所に近付いていくと、藤堂さんが両手をついて川本さんに覆い被さっているのが見えた。


 「藤堂さん、どうしたの? 川本さんに何かあったの?」


 「じゃこるん、とっても綺麗だと思いませんか? かすみ先輩の顔って……、自分だけのものにしたいと思いますよね。やっぱりお姫様は、王子さまのキスで目覚めるんですよ」


 「なに……、言ってるの?」


 悪い予感がして駆け寄ろうとした私の目の前で、藤堂さんは川本さんにキスをした。じっくりと味わうような口付けだった。


 藤堂さんの体が光に包まれて、スレンダーな体が美しい曲線を持つ肉体に変わっていく。まるで阿修羅のように大蛇が背後から首をもたげ、ウネウネと動く。この姿はいったい?

 

 「皆さんを、私の故郷にご招待します。素晴らしい理想の世界へ、さあ、参りましょう!」


 明らかに異形の存在に変わってしまった藤堂さんがそう言うと、上空に巨大な穴が出現した。私達のいる学園全体を呑み込むほど大きな穴がゆっくりと私達を包み込む。常闇さんの作ったポータルに落ちたときと同じように周りの空間がグニャグニャ歪み、風が吹き抜け、やがて見知らぬ場所に立っている。

 

 ――金属の地平線

 

 足元は銀色に光る金属で出来た地面がどこまでも続いている。山や川や建物などの建造物は何も無い。木も草もゴミもない無機質な世界。よく見ると透明なクリスタルで作られたテーブルと椅子が近くに配置されており、川本さん、ソフィアさんが左側、メフィスト、ルシファー様が右側に並んで座っている。向かい合った二つの椅子が空いており、一つの席のとなりに、蛇と一体化した藤堂さんが立って、私を手招きしているのが見えた。

 

 「じゃこるん、こちらへどうぞ」

 

 うながされるままに椅子に座る。

 

 「みなさん、揃いましたね。会議を始めましょう」

 

 「会議だと? ふざけるな! お前はだれだ?」

 

 ルシファー様が怒りの声を上げる。

 

 「ふざけてなんかいませんよ。私は、タドミール、破壊と創造の神です」

 

 「タドミールだと、そんな神聞いたことないぞ」

 

 タドミールと名乗る神は、おやおやと言う感じで少し首をかしげた。

 

 「タドミール? まさか……」

 

 「メフィストっ、知っているのか?」

 

 反応を示したメフィストにルシファー様が尋ねた。

 

 「タドミールとは、マジックサイバースペースの制御用に開発した人工知能AIの名だ。いや、そんなはずはない、AIが神になるなど……」

 

 「AIが神になるなどありえませんか? では神とはなんでしょう? 神とは完全無欠な存在ではありませんか? そう、常に正しい判断を下すことの出来る存在、感情という不合理な基準を排除した知能を持つもの、つまり我々が『神』なのです」


 ルシファー様が、椅子から立ち上がろうとガタガタと体を揺するが、椅子から体が離れることはなかった。

 

 「くそっ、立ち上がれん!」

 

 「無駄ですよ。ここは私が創造した理想郷『アルカディア』、ここでは全ての魔法が無効化されます。また、『神』である私の力は絶対なのです」

 

 「藤堂、冗談はやめろ」

 

 「一花、みんなを元に戻してあげて」

 

 ソフィアさんと、川本さんも声をかける。

 

 「ソフィア先輩、かすみ先輩、あなたたち二人には理解して欲しいのです。説明しましょう。私はあなたたちに、旧支配者であるミカエル、アスタロトが封印されていることを、仮想空間を流れる情報を解析して突き止めました。理想郷に古い支配者は不要ですので取り除く計画をたて、慎重に実行していきました。現実世界での力は彼らの方が上ですから、個別に復活されたら厄介です。そこで、悪魔界の権力争いを利用することを考えました。ルシファーに二人を排除する機会を与えたのです。マジックサイバースペースから人間界の仮想空間に匿名で動画を投稿し、アスタロト復活を印象付け、ルシファーの妹リリスを使い、ポータルで邪魔者を排除するためのヒントを与えました。もちろんこれは数万通りあるシナリオの一つにすぎません。失敗すれば次のサブシナリオを実行するだけでした」

 

 「アサシンもお前の仕業なのか?」

 

 絞りだすようにメフィストが言った。

 

 「かすみ先輩、ソフィア先輩の封印を同時に解くには、二人にキスしてもらうシュチュエーションを作る必要がありました。アサシン襲撃による危機的な状況がそれに当たります。さらに、封印が解けた直後にミカエル、アスタロトをポータルに飲み込んでもらうにはルシファーに罠を仕掛けてもらわなければならない。ライバルであるアスタロト派が先に動いたと思わせる必要があったのです。すべてのおぜん立てが出来た後に、私が現実世界に姿を現す。そのためには、かすみ先輩の力が要ります。かすみ先輩がもつ強力な召喚能力が」

 

 「なんで、学校を燃やしたの?」

 

 タドミールの独白にもやもやしていた私は思わず尋ねた。

 

 「ああ、簡単なことですよ。あなたの思考パターンを解析しました。あなたが何に一番怒りの感情を持つのか? 何を一番大切に感じているのか? 身近にいてデータを収集しました。石化スキルを使ってかすみ先輩を石にしてもらうために……ね」

 

 そんなことのために、そんなくだらないことのために、みんなを傷つけたの? もし今魔法が使えるなら、私はこのAIを石にするに違いない。

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