先生と封印の秘密
今思えば、どうかしていたのかも知れない。燃え上がる校舎を見て、本来の私――醜い怪物――が呼び起こされるのを感じた。
「許さないわ、私を見ろ! アルテラッツィ」
変身の呪文を唱えると、私の体は輝く光に包まれる。身に付けた衣服は消失し、髪はウネウネとうごめく蛇と化した。産まれたままの体には、銀色の大蛇が巻き付く。
アサシン達を睨み付けると、彼女たちは動けなくなった。やがて足元から白く変色していき、石の彫像となった。
長らく使っていなかった、メドゥーサの力、見たものを石にしてしまう邪悪な力を使ってしまった。
そうだ……私にとって、この場所、魔法少女たちと過ごすこの学園は、本当に大切なものになっていたのだ。その大切なものが壊されたとき、私は正気ではいられなかった。
アサシン達の背後に、一人の少女が見えた。
――川本さん! そんな!
驚いた表情を浮かべた私のアイドルは、足元から白くなりつつある。
「せ・ん・せ・い」
川本さんの口がパクパクと動いたように見えた。
待って! 行っちゃだめよ。戻って!
石化したアサシンの間を縫って、川本さんの元に駆け寄る。急いで呪いを解かなくては! 大丈夫、まだ石化して間もない、元に戻せるはずだ。解除の方法は――
冷たくなった川本さんの頭を優しく抱え、まだ微かに温もりの残っているくちびるにキスをする。お願い戻って! お願い!
だが、私の願いは叶わなかった。石化の呪いをかけたメドゥーサ本人の口づけ、それが呪い解除の方法だったはずだ。それにも関わらず、冷たい石の彫像と化した川本さんに何の変化も起きなかった。
「エヴァ! 何だこれは?」
後ろから、メフィストの声がした。
「メフィスト、わたし……、取り返しのつかない事しちゃった」
「待て! 振り返るな。みんな石になっちまう、人間の姿に戻るんだ」
我に返った私は呪文を唱え、白姫蛇子の姿に戻った。ソフィアさん、続いて藤堂さんが芝生広場に駆けつけて来た。石になった川本さんを見つけると悲鳴を上げる。
「先生、約束したはずですよ! かすみのことを傷つけないって!」
「ごめんなさい、元にもどらないの。どうして? どうしてなの?」
「落ち着いてください。全ての方法を試したんですか?」
もはや、ソフィアさんは私の正体について問い詰めることすらなかった。川本さんを救うことしか頭にない様子だった。
「そうだ、まだ時間はある。石化したからと言ってすぐ死ぬわけじゃあない。少しづつ本物の石になっていくのを食い止めるんだ」
メフィストが、かつて川本さんだった石像をスキャンしながら言った。
「もう一度、もう一度やるわ」
祈るような気持ちで彫像に口づけをする。自然と涙が溢れ、嗚咽がこみ上げてくる。
「うっ、うっ、川本さん、ごめんね」
涙と鼻水で川本さんの顔を汚してしまった。まるでそれが罰であるかのように何も起こらない。それでも、諦めきれず、何度も何度もキスをした。
「もうやめろ、エヴァ! 少し冷静になれ」
見かねたメフィストが私を川本さんから引きはがした。
「科学的な方法で石化から回復する方法はないんですか? 山田先生」
ソフィアさんが、メフィストに尋ねる。
「すまん……、マジックサイバースペース内で使用されたプログラム魔法であれば対処のしようがあるかもしれない。だが、メドゥーサの石化スキルは呪いだ。呪いを解く方法を俺は知らんのだ」
「そんな……」
重苦しい沈黙が続いた、その時、中庭の少し離れた地面がキラキラと光を放っているのに気が付いた。久々に見る魔法陣だった。長い金髪に青い瞳を持つ男が姿を現す。
「よお、エヴァちゃんにメフィスト。かつてのコンビ復活かい?」
今は、この軽薄な男と話をする気分にはなれない。メフィストも同じ気持ちだろう。
「どうやら歓迎されてないようだね。まあいいさ。ほどほどにしないとダメだよって言わなかったかい。君の大切な川本さんを失わないうちにさ。君は悪魔なんだよ。そこにいる小娘たちにも本当のことを教えてあげないとね」
「そんなことを言いにわざわざ出て来たのか? ルシファー」
メフィストの言葉にはいら立ちが含まれていた。
「そう話を急ぐなよ、メフィスト。君の悪い癖だ。もちろん、こんな事を言うために出て来たわけじゃないさ。石化した娘を助けたいんだろ。なら、いいことを教えてやる」
「何でもいいから、助けて下さい! お願いします」
私は、涙と鼻水でグシャグシャになりながら懇願した。
「エヴァちゃん、君の目的はなんだい? 忘れちゃったのかな。またお仕置きしないとねいけないね。まあいいや。君の大好きなその小娘の心は石化の解除を拒んでいる。よっぽどショックなモノを見ちゃったんだろうね。ただね、小娘にはとっても『邪魔なもの』が封印されている。そうだろう、メフィスト。おや、顔色がかわったな、お前がこそこそと忍び込んだ、あの廃ビル、あのビルに雷が落ちた動画を見たのはなにもお前たちだけじゃあない。妹が俺にみせてくれたよ。俺はすぐに気が付いね、これは、
「だったら、なんだって言うんだ……」
メフィストは、ルシファーを睨み付けながら言った。
「みなまで言わせるのか、メフィスト。その小娘の封印を解くんだよ! お前のまぬけな主人アスタロトを解き放て。封印を解く方法を知っているんだろう?」
「えっ? どういうこと? 封印を解く方法を知っているの?」
メフィストはこちらを見ずに苦しそうな表情を浮かべた。
「すまん、エヴァ。リリスドリームにソフィアが
「私にプログラムが……」
ソフィアさんが独り言のようにつぶやく。もしかしたら、二人が親友になったのも偶然ではないのかもしれない。
「二人のくちびるが重なり合うことで封印は解除される。つまりキスをするということだ」
「はは、簡単なことだ。ソフィアちゃん、親友を助けるんだ。封印が解けるとき巨大なエネルギーが発生する。石化の呪いは内部からの衝撃には弱い、封印と同時に解けるはずだよ」
ルシファー様の馴れ馴れしい言葉を気にする様子もなく、ソフィアさんは、川本さんの側まで歩いていく。ゴメン、ソフィアさん、川本さんの顔、私汚しちゃった。
「かすみ、お願い戻ってきて」
ソフィアさんのくちびるが、川本さんのくちびるにそっと重なった。二人の体から、
川本さんの体から吹き出した光の束は、黒い翼を持った女性に、ソフィアさんから吹き出した光の束は、白い翼を持った男性にそれぞれ変化していく。黒い翼の女性は、鋭い鈎づめとウロコの皮膚を持ち、褐色の肌が光を放っている。白い翼の男性は、栗色の髪、細身のからだに貴族風の衣装を身に付けた、爽やかなイケメンとなった。
私はどちらにも見覚えがあった。――大悪魔アスタロトと大天使ミカエル、先の戦争で戦ったライバル同士が、ここに復活したのだった。
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