先生救出作戦!(その2)

 

 しまった! と思った時はもう遅かった。常闇さんの落とした写真を拾おうとした、私、白姫蛇子と川本さんは、足元に突然出来た穴に落ちた。どんどん落ちていき、周りの空間がグニャグニャと歪んだと思ったら、見知らぬ場所に立っていた。


 ざわざわざわと、たくさんの人の話し声が反響している。私が立っているのは円形の広場で、周りを屋根のない石造りの建物で囲まれている。階段状になった席にたくさんの人間が風変わりな服を身につけて座っているのだ。


 あれ? なにこの服?


 観客だけではない、私も白衣を着ていたはずなのに、肌のほとんどを露出した格好になっている。光沢のある革で出来た服で胸と腰回りは隠れているものの、胸の谷間に太もも、背中も思いっきり丸見えだ。まあ、メドゥーサの時もほとんど裸なので慣れてはいるけれど。


 「いったい何なの? この人たち誰よ?」 


 確か、これと同じような建物を遥か昔見たことがある。人間の皇帝が、見せ物として奴隷同士を闘わせた場所。


 ――コロッセウム


 どうやら、古代ローマの円形闘技場に私は立っているようだ。これは夢なのかしら? しばらくすると、正面の扉が開き見覚えのある少女が広場に入って来た。


 藤堂さん!


 保健室のベッドに寝ていたはずの藤堂さんがよたよたした足取りでこちらに近づいて来る。少し距離をあけた場所で彼女は立ち止まり、向かい合うことになった。


 もちろん、藤堂さんも、そのスレンダーな体を思いっきり露出している。筋肉質の体はまるで女戦士アマゾネスのようだ。


 わー、わーと歓声が大きくなる。観客は何かを期待しているようだ。藤堂さんは、周りの騒がしさには関心を示さず、ぼーっとしている。


 「藤堂さん、大丈夫なの?」


 心配になった私は、声をかけてみるが、反応はない。

 

 ジャーン! と銅鑼どらのねが響き、観客が静かになる。


 「皆さん、女王様の御入場です、ご起立を!」  


 観客席の最前列にいる少女が、皆に呼び掛けた。声の主は常闇さんだ。立ち上がった常闇さんは、黒くつやのある素材で出来たワンピースを着ている。ハイネックかつノースリーブとかなりエロい。

 

 観客の視線が一か所に集まる。観客席中央の扉が開き女王様が籠に乗って入場して来た。女王様は川本さんだった。かごおりのようになっており、まるで捕らわれた囚人のようだ。檻の中でよく見えないが、川本さんもスケスケの服を着させられている。

 

 「さあ、二人の戦士よ! 勝者は女王様の寵愛を受けることが出来るであろう。全力で戦いなさい、対戦方法は……パンクラチオンとします」

 

 えっ、パンクラチオンって何? 勝者には女王様の寵愛って、どういうこと? 私が戸惑っているといつの間にか、すぐそばに常闇さんがいる。

 

 「白姫先生、パンクラチオンは古代の格闘技でレスリングの源流ですのよ。ただ殴り合うだけだと野蛮な試合になっちゃいますので、魔法を使うことを許可しますわ。ただし使い魔の使用は禁止です。ギブアップした方が負けですの。レフリーは私がつとめますわ」

 

 「ちょっと、常闇さん! 何が目的か知らないけれど、私が素直に戦うとでも思っているの?」

 

 「そうですか、仕方ありませんね。あれを見て下さるかしら」

 

 常闇さんが川本さんの入った檻を指さす。ブーンと鈍い音がして檻の後ろに黒い穴が開いた。保健室で自分たちが落ちた穴に似ている。

 

 「あれは、異世界に繋がっているポータルと呼ばれる入り口です。一時間後、自動的にあの檻はポータルへ吸い込まれます。今回はポータルが何処へつながっているか誰にも分かりません。運が悪ければ川本さんは、永遠に異世界をさまようことになるでしょう。ポータルを閉じることが出来るのは戦いの勝者だけですの」

 

 「そんな……、やめて」

 

 卑怯な常闇さんのセリフに愕然とする。

 

 「レディ、ファイト!」

 

 ジャーンと銅鑼が鳴り響き、試合開始が宣告された。

 

 「うおおおおっ」

 

 雄たけびを上げて藤堂さんが突進してくる。相変わらず無表情で怖い。

 

 「ヴァンデとべ!」

 

 瞬間移動で、藤堂さんの背後に回り込むと羽交い絞めにした。なんとか怪我をさせないようにギブアップしてもらおう。

 

 「アルテラッツィ」

 

 変身の呪文を唱えて、自分の髪の毛を蛇に変える。蛇が藤堂さんの首を軽くしめていく。

 

 「うぐぐぐっ、やめろ」

 

 「お願い、藤堂さん、ギブアップして!」

 

 次の瞬間、私の体が宙に舞う。藤堂さんに蛇ごと投げ飛ばされたのだ。なんという怪力。

 

 「シールド!」

 

 地面にクッションをつくり、叩きつけられるのを防いだ。

 

 「はうっ!」


 お腹の上に馬乗りになられて、うめき声がもれた。藤堂さんが頭を振り下ろしてきた。頭突きが来る! 衝撃に備えて身構えたものの、衝撃は別の所へ来た。

 

 「いやっ、くすぐったい!」

 

 藤堂さんが私の胸の谷間に顔を埋めている。しかも両手で柔らかい塊を中央に寄せて鼻をこすり付けてくる。

 

 「あああ! うふう」


 「でかけりゃいいってもんじゃないんですよ! じゃこるん」


 確かに藤堂さんの胸の膨らみはとってもかわいらしいサイズだ。でもそれはそれでかわいいじゃないか。私だって好きでこんなに大きくなったわけじゃないわ。


 ちょっと頭に来た私は、体をぐるっと回転させて馬乗りから逃れると、今度は逆に藤堂さんの細い体に馬乗りとなった。出来ることならおっぱいに顔を埋めてやりたい所たが、あいにく埋める場所がない。


 「ふふっ、覚悟しなさい」


 一斉攻撃! 私の命令で髪の毛が変化した小さい蛇が、藤堂さんの小さな胸の先端に襲いかかった。


 「はあああっ! うぐぐ!」


 藤堂さんの体がえびぞりになり、私の体が持ち上がった。おそらく、頭のなかは真っ白になっているはずだ。


 「ガチャを、ガチャを使ううっ!」


 「わかりました。戦士一花、ガチャ回転!」


 ガチャ? なにガチャって。藤堂さんの頭の上で、くるくるとハートマークが回転したと思うと、何かが飛び出してきた。よく見ると羽根のはえた妖精だ。妖精はヒラヒラと舞った後、藤堂さんの頬にキスをした。


 「快感十倍の魔法だよー」


 と嬉しそうに踊っている。


 その時、蛇の長い舌が藤堂さんの耳に、ほんの少しだけ触れた。


 「ひいいいっ! あうううっ、うっ」


 藤堂さんの全身がぴーんと硬直した。足の指先まで伸びきっている。切なそうな喘ぎをもらしてぐったりと動かなくなった。


 「戦士一花、ダウーン!」


 レフリーの常闇さんが、藤堂さんの様子を確認している。


 「試合続行不能! 戦士蛇子の勝利!」


 闘技場内が、大きな歓声に包まれる。立ち上がった私の右手を持って差し上げる常闇さん。藤堂さんが心配になった私は倒れた藤堂さんを覗きこむが、満足そうな表情で気を失っているだけだった。


 「早くポータルを消して!」


 「わかりました」


 常闇さんが右手を上げて合図を送ると、ポータルは消滅した。藤堂さんを怪我させることなく川本さんを救うことが出来てほっとした。


 「運がよろしかったですわね、先生。藤堂さんは、自分の快感が十倍になるガチャを引いてしまいました、なかなか出ないレアアイテムですのよ」


 こんな茶番はもうたくさん。早く川本さんを助けなきゃ。

 

 「さあ、もう十分でしょ。川本さんを解放して」


 常闇さんの瞳が怪しい光を放つ。


 「そうはいきませんわ。次は私がお相手いたします」


 新たな戦士の登場に、ひと際大きな歓声が上がった。

 

 

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