先生救出作戦!(その1)

 

 昔の話だ。魔界がまだ、ルシファー派、アスタロト派に別れる前のこと。俺、メフィストフェレスは、ある少女の家庭教師をしていた。少女といっても、そんなにかわいらしいもんじゃない。大魔王の家系に生まれた魔族の女の子だ。その子の父親は天使との戦いで命を落とし、母親は行方不明となった。

 

 まだ、少年だった少女の兄が親代わりとして、その子を育てた。俺は兄からその子の家庭教師を頼まれた。少女は、驚くほど勉強熱心で次々と知識を吸収していく。それこそ、寝る間も惜しんで頑張っていた。ある時、俺は彼女に尋ねた。


 「そんなに勉強して、なにかやりたいことでもあるのかい?」


 「お兄ちゃんを助けるの! それからお母さんを探しに行くの!」


 少女の力を借りるまでもなく、少女の兄はやがて魔界の王となった。若き王の名は、ルシファー。妹の名は、リリスと言った。

 その頃俺は、新しいテクノロジーであるマジックサイバースペースの研究に没頭していた。人間界にある電脳空間はインターネット上の仮想空間だが、もともと物理法則を超越した力を使える魔界では、ほとんど注目されなかった分野だ。


 魔法による仮想空間は、個人の資質に頼ることの多かった魔法の世界を、テクノロジーで補うことによって、より身近に出来るという特徴がある。簡単に言うと、誰でもお手軽に魔法使いになることができると言うことだ。


 もちろん、強大な魔法力で世界を支配してきたものにとっては、面白くない話だろう。そういった抵抗勢力の妨害で俺の研究はなかなか進まなかった。


 一方で家庭教師は続けていたので、リリスは時々、俺の研究室に遊びに来ていた。机の上に置いてあった、MCSマジックサイバースペースの論文を見つけた彼女は目を輝かせた。


 「わー! これ面白そう。先生、私にも手伝わせくださる!」


 「おいおい、遊びじゃないんだぞ。無茶言うなよ」


 リリスは、引き下がらなかった。結局、根負けした俺はデータの集計や資料の作成など、面倒な作業を手伝ってもらうことにした。実際、リリスは役に立った。仮想空間と現実世界をつなぐ入り口を実用化したのも彼女だった。


 やがて、天使との大きな戦争が始まった。戦いは圧倒的に不利だったが、最後の最後で引き分けに持ち込めた背景には、MCSを使った破壊工作があったことは余り知られていない。


 天使との戦いの末、アスタロト様は人間の少女に封印され、魔界のパワーバランスが崩れた。俺はアス様の右腕としてルシファーとたもとをわかつこととなった。リリスと俺もお互いの立場上、大っぴらに会うことが難しくなってしまった。

 それでも、同じ研究仲間として、ルシファーに内緒で連絡を取り合い続けた。

 

 少し前の事だ。リリスから相談にのって欲しいと言われて久しぶりに会うことになった。お互いの近況を一通り報告し合った後、リリスが切り出した。


 「先生、私、人間界に行きたいと思ってますの」


 「どうした? 人間に興味でもあるのか?」


 珍しく恥ずかしそうにもじもじするリリス。


 「その……、人間の学校を体験してみたい……のです」


 確かに、魔界ではルシファーの妹と言うだけで恐れられて誰も近寄ってこない。一人の女の子として友達が欲しいのかと思った。


 「実はな、近々、人間界の学校に教師として潜入する予定があるんだ。お前も来るか?」


 「ぜひ、連れて行ってください! メフィスト先生」


 こうして、リリスは俺のクラスに転校生としてやって来た。クラスに溶け込めるか心配していたが、川本さんがいろいろ世話をやいてくれたおかげで、友達も出来たようだ。


 人間界に来てから、いろいろなトラブルに巻き込まれている俺にとっては、優秀な教え子との再会は嬉しい出来事だった。

彼女の成長を温かい目で見守っていたのだが……


 ある日の職員会議で不吉な話を聞いた。学園内で突然、魔法が使えなくなる生徒が何人も現れたと言うのだ。しかも原因は分からないらしい。俺は、なんとなく嫌な予感がした。別にリリスが関わっているという風に感じた訳じゃない。ただ、面倒なこと巻き込まれるといやだなという、いつものセンサーが反応したのだ。


 養護教諭である白姫先生が、魔法を使えなくなった生徒のカウンセリングをすることになった。なんでも、生徒たちは魔法力を失う前に、見たのだが、思い出せないと言うのだ。カウンセリングをしながら、何を見たのか調査するとのことだった。


 その後、生徒たちの申し出で、調査は中止になった。生徒たちは何を見たのか? 俺は気になって仕方なかった。ただ、勇気が出なくて、未だにエヴァに話し掛けることができないのだった。


 「山田せんせー、ちょっと保健室に行って来ます」


 そんなとき、ソフィアが話し掛けてきた。


 「んん、どうした? 体調がわるいのか?」


 「いや、藤堂さんの体調が悪かったんで、かすみが保健室に連れてったんですけど、全然帰ってこないんで様子を見に行くんです」


 「それは心配だな。先生も一緒に行っていいか?」

 

 「えっ? 良いですけど、なんで……、はーん、なるほど」


 意味深な笑いを浮かべるソフィア。


 「な、なんだよ! その笑いは」


 「いえ、なんでも、行きましょう、せんせー」


 ちょっとモヤモヤするが、二人で保健室へ向かう。


 コンコンとドアをノックするが、返事はない。仕方がないので、中に入ってみる。入った瞬間、足元に異変を感じる。


 「ソフィアさん、止まって!」


 立ち止まった俺たちの前の床に黒い穴が口を開けた。

 

 これはっ! 感知型空間転送口ポータルか! こんなものを作れるのは、あいつしかいない。


 「この穴に落ちないように回り込むんだ。気を付けてね」

 

 「なんなんです? これは」


 「罠だよ、落ちると転送されちまう」


 俺たちは、穴を避けて部屋の奥に進んだ。エヴァと川本さんの姿はない。ベッドサイドのカーテンを開けると、眠っている藤堂さんを見つけた。


 「藤堂! 藤堂、大丈夫か?」


 ソフィアが体を揺すっても藤堂は目を覚まさない。この状態はもしや? 


 「ちょっと待って、ソフィアさん。様子が変だ」


 急いで、藤堂の体に簡易スキャンを行う。やはり、仮想空間へのリンク状態になっている。強引にリンクを切ると脳や精神にダメージを与える可能性があり危険だ。


 「どういうことですか? せんせー説明してください!」


 何処まで説明するべきか? 俺の正体がばれる事態だけは避けたい。なんとか最低限の説明で済ませよう。


 「マジックサイバースペースって聞いたことある? 藤堂は今、そこと繋がってる状態だよ。無理やり繋がりを断つと体にダメージを受ける可能性があって危ないんだ」


 「MCSマジックサイバースペースなら知っています。父の会社でも研究してました。確か、魔界で実用化に成功したんですよね。藤堂の意識が今、MCSとリンクされていると言うことですか?」


 驚いた。ソフィアにMCSの知識があるとは! だがそれなら話は早い。この状況を打開する行動に移ろう。


 「そうだ、リンクを安全に切るには覚醒プロセスの実行が必要だが、他の誰かが仮想空間に潜るダイブ必要がある。それから、ここの入り口にあった穴、あれは感知型空間転送口ポータルといって対象を特殊空間に飛ばす罠だ。白姫先生と、川本さんは、あれに落ちたのかもしれない」


 ソフィアは、俺の説明を真剣な表情で聞いている。


 「どうしたら、三人を助けられますか? 教えてください!」  

 どうしたら? か…… もちろんその答えを俺は知っている。そして、それがソフィア一人では無理なことも知っている。

やれやれ、どうしてこう次々と面倒なことに巻き込まれるのか。こうなったらやるしかない。


 覚悟を決めろ、メフィスト! ファイトだ、メフィスト!


 

 

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