先生、勝負です!(その1)


 「ソフィアせんぱーい、お早うごさいまーす!」


 「ソフィア先輩、今日もお綺麗ですねー」


 「ソフィア様ー、好きです!、キャー言っちゃった!」


 あのねー、君たち。私の後なんか追っ掛けてないで、もっと魔法の勉強にはげみなさい!そんなことじゃ、一人前の魔法少女になれないわよ。

 黄色い声をあげる彼女たちにお説教する私。心の奥がズキンと痛む。本当は、お説教する資格なんかないのはわかってる。 

 魔法少女になりたくて養成学校に入った。専門の家庭教師を付けることも出来たのだが、特別扱いされたくなかった。自分の力で魔法少女になってみせる! 余計なことには目もくれず、勉学に集中しなくちゃ。


 そう思っていた……


 かすみが現れるまでは。

 

 かすみの第一印象は、目立たない大人しい子だった。クラスの中でもどちらかと言うと浮いた存在。私とかすみが初めてちゃんと話をしたのは、魔法ダンスの授業の時だ。二人ペアになって決められた振り付けで踊る。いわゆる社交ダンスなのだが、ここは魔法少女育成学校だ。重力をコントロールすることで、空中を浮遊しながらのより幻想的な踊りとなっている。

 

 私は、魔法ダンスがあまり得意ではない。いや、むしろ唯一の苦手科目といってもいいくらいだ。くじ引きの結果、私とかすみがペアとなった。


 かすみと私は曲に合わせてゆっくりと踊る。苦手意識から、いやいや踊っていた私だったがこの日は違った。なんだか、とてもうまく踊れる。かすみと私のステップがぴったり合ってとても気持ちがいい。

 曲がどんどん早くなり、くるくると回る私たち。かすみが私の腰をギュッと抱いてふたりが密着する。

 

 「きゃっ!」

 

 ふたりは至近距離で見つめ合う状態となる。


 ――綺麗。


 かすみの瞳から目が離せなくなり、バランスを崩してしまった。危ない! と思った瞬間かすみがそっと体を支えてくれる。くるくると回りながらゆっくりと地面に着地した。

 この時初めて私は悟った。私のダンスがうまくなったわけじゃない。かすみがうまく合わせてくれていたのだ。

 

 「大丈夫? 楽しかったね、ソフィアさん」

 

 かすみがにっこりと微笑む。


 「すごーい、ソフィアさん!」

 

 「とっても綺麗だったよー、ソフィアさん!」

 

 クラスメイトが駆け寄ってきて私を褒めたたえる。

 

 「いや……違うの……川本さんが……」


 慌てて否定しようとした私に向かって、かすみが首を振った。言って欲しくないという意味だと気付いた私は、口をつぐんでしまった。


 私ってズルい。


 その日から、私はかすみに夢中になった。教室でも自然とかすみを目で追っている。事あるごとに話しかけて、少しずつ距離を縮めた。かすみ、ソフィアと名前で呼び会えるようになったときは、嬉しくて飛び上がりそうだった。


 「かすみ! かすみー、かーすーみー」


 「もーどうしたの? ソフィア」


 芝生広場でイチャイチャするのが日課になり、周りからも親友として認められてきた。

 たったひとつだけ――不満なことがあった。

かすみは本当はスゴい魔法の才能があるのに、全然認めようとしなかった事だ。いつか、かすみの魔法の才能を開花させてみせる! それが私の目標になった。


 私「かすみ」、永遠に続くかと思われた幸福な関係をおびやかす事態がついに起こってしまった。


 そう、あの女、白姫蛇子しろひめじゃこが現れたのだ。衝撃的な登場だった。ドラゴンが吐き出した火の玉からかすみを救った、自分が盾になって。かすみが蛇子にかれていくのがわかり恐くなった。


 私の精神は不安定になっていき、ある日とうとう、かすみとケンカをしてしまった。スマホをいじっていたかすみにキレてしまった。蛇子からのメールを見ていたと思ったのだ。芝生広場から走って逃げ出した。


 その後…… その後どうしたんだろ?


 気が付くと、保健室で寝ていた。何で保健室なんか行ったのか記憶がない。

 かすみとの関係がなんとなくギクシャクするようになった。私が話しかけると、どことなく怯えたような感じになる。

 もうひとつショックなことがある。最近は、かすみと藤堂さんの二人で保健室に行ってるらしいのだ。かすみと藤堂さんは、この間知り合ったばかりのはずだ。それなのに二人で連れ立って保健室に行くようになるなんて……


 白姫蛇子にそんなに魅力があるのだろうか? もう! ほんとにムシャクシャするっ!

 なにか秘密があるはずだ。必ず、掴んでやる。


 私は、蛇子監視作戦の第二回目をやることにした。前回は、蛇子のしょーもない日常を垣間見ただけだったが、こんどはそうはいかない。どんな小さな事でも見逃さない決意だ。


 一日目、学校での蛇子に特に変わった様子はなかった。


 二日目、蛇子を監視していると、もう一人蛇子をじっと見ている人間を発見した。私達のクラス担任である山田先生だ。どうせ、エロい目で見ているのだろう。サイテー。


 三日目、特に変化なし。


 四日目、芝生広場でチキンを食べる蛇子、またかよ!


 五日目、特に変化なし。


 ちょっと疲れてきた。


 六日目、芝生広場でチキンを食べようとする蛇子、そこに、かすみが駆け寄る! 弁当箱を差し出すかすみ。可哀想に、無理やりお弁当を作らされたのね。二人ならんで美味しそうに食べてる……


 七日目、特に変化なし。


 八日目、学校帰りの蛇子を尾行。コンビニでニヤニヤしながら雑誌を読む蛇子。ちょっと考えてからレジへ行き、雑誌を買った。


 九日目、特に変化なし。


 くじけそうになってきた。


 十日目、再び学校帰りに尾行。またもやあのコンビニへ。今度は、店内に入らず駐車場脇で突っ立っている。しかもサングラス姿。なに? 待ち合わせ? まさか彼氏とか? ないない、男なんかいるわけない。

 んん? 制服姿の女の子が駆け寄る。お互いに手を振り合っている。


うそっ!


うそでしょ!


――かすみだ。


学校の外で待ち合わせして、いったいどういうつもり!


 二人はなれた感じで、歩き出す。急いで後を追うと裏道に入っていく。心臓の鼓動が速くなるのがわかる。嫌な予感。

 さびれた感じのビルの前で立ち止まった。蛇子がドアの鍵を開け、中に入っていく。


 もうだめだ! 止めなきゃ。ろくでもない事をしようとしてるに決まってる。いや、犯罪の可能性すらある。全速力で追いかけて中に入った。


 「待ちなさい!」


 驚いた表情で振り向く二人。


 「えっ! ソフィア?」


 「かすみ! あなた騙されてるのよっ!」


 「どうしたの? ソフィア。何を言ってるの?」


 「だから、その女に騙されてるんだってば!」


 根拠なんかないが、もうどうでもいい。こんなところに二人でいるだけで、私にとっては犯罪なのだ。


 「ちょっと待って、ソフィアさん。話を聞いて!」


 慌てた様子の蛇子。白々しい。


 「話? こんなところで、かすみに何をしようとしてたのか説明しなさいよ!」


 「違うの! ソフィア。先生はね、私に魔法を教えてくれてんだよ。ここはその特訓場所なの」


 「特訓? 特訓ですって。隠れてこそこそとやる必要あるの? 練習相手なら、私がいるじゃない。私じゃだめなの?」


 「みんなに秘密にしなさいって言ったのは、私なの。川本さんさんは、全然悪くないわ。川本さんの力はとっても強力だから人前で力を使って誤解されないようにしようと思ったのよ」


 「違います。先生は悪くないです。私がみんなに迷惑をかけちゃうから、相談にのってくれたんですよね」


 あーうざい。二人でかばいあって、悪者は私かよ! いいよ、悪者になってやる、かすみを取り戻せるなら。


 「出でよ! フェンリル」


 空間に真っ黒い穴があき、灰色の狼が飛び出す。もう後戻りは出来ない。決着をつけましょう、先生。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る