先生と話したいお兄ちゃん(その2)


 黒猫となった俺は、エヴァが入っていったビルのなかを探索する。

 掃除されているのか、なかは意外に綺麗だ。部屋はどれもコンクリートがむき出しになっており、家具らしきものは置いてない。耳を澄ませてみるとカツンカツンと足音のような音が聞こえた。エヴァだろうか?

 

 音のする方に向かってみると、瓦礫がれきがゴロゴロと転がっている部屋があった。ぴょんぴょんと華麗に瓦礫を飛び越える俺。人間の姿ならなんでもない石ころだが、猫の姿だとちょっとした障害物競争のようだ。

 突然、目の前に大きな穴が現れて、急ブレーキをかける。覗きこんでみると、どうやら地下に降りる階段になっているようだ。一段一段、慎重に階段を降りていく。


 階段の先は地下室になっており、かなり広い部屋であることがわかる。部屋のほぼ真ん中付近にエヴァが立っている。そのままでは丸見えなので、急いで飛び降りて部屋の隅に置かれている箱の後ろに身を隠した。


 「一体何をしているんだろう?」


 しばらく観察を続けていると、突然、強力な魔力を感じて毛が逆立った。何かが現れようとしている。キラキラとした光と共に、宙に浮かんだ人影が見える。長い金髪に青い瞳、尖った二つの角をもつ色男に俺は見覚えがあった。


 「――ルシファー!」


 思わず息をのむ。こいつはヤバい。見つかったら確実に殺される。エヴァが、ルシファー側のエージェントであることは知っていた。知ってはいたものの、今ここでご対面とは、思ってもみなかった。


 「エヴァちゃん、久しぶりだねー、寂しかったよ」


 相変わらず、軽薄な男だ。


 「エヴァちゃんは、やめてください。ルシファー様」


 「それで、進展はあったのかな? いい加減、退屈しちゃったよ」


 ふぁーっと、あくびをするルシファー。


 「ソフィアが、グングニルの槍を使い襲ってきました」


 ルシファーの眉がピクッと動いた。


 「グングニルの槍? おいおい冗談だろ。あれ使えるのごく一部の高位悪魔だけだよねー」


 「川本かすみの力によって救われました」


 ふん、と鼻をならすルシファー。

 

 「 つまりさー、あり得ないような魔法が使われて危なかったけど、人間の小娘がエヴァちゃんを助けてくれたってわけだ。随分と仲がいいんだねー、うらやましいなー」


 「いえ、仲がいいか、悪いかって言われると、そりゃいいんですけど……、なんか可愛いっていうか、ほっとけないって言うか……」


 こらこら、何言ってるんだよ! 怒られるだろ。


 「あー、もういいや。エヴァちゃん、今度その小娘をここに連れて来なよ。ああそうか、この間、身体を交換して楽しんだんだっけ、結構エロかったよねあの子、エヴァちゃんとどっちがエロいのかなあ?」

 

 身体を交換した? 楽しんだ? いったい何やってんだ、こいつらは。


 「マルチム、インセニ」


 ルシファーが呪文を唱えると、床からむくむくと土が盛り上がってきた。みるみるうちに、人間の姿、それも川本さんそっくりの人形に変わっていく。


 ゴーレム? しかも拷問用の? まさか!


 「ルシファー様、これは? 何なのです!」


 「いやいや、エヴァちゃんと、川本さん、どちらがエロいのか試してみようと思ってね、じゃ、いくよ」

 

 川本さんを模したゴーレムは、素早く移動するとエヴァの後ろから抱き付いた。ゴーレムの左手がエヴァの左側の胸の膨らみを圧迫する。同時にエヴァの首筋に沿ってくちびるを滑らせる。

 

 「はうっ、いやっ、やめっ……」

 

 抵抗しようとしたエヴァだったが、ゴーレムの空いている右手が太ももをなでると力が抜けていく。

 

 「エヴァちゃん、どうだい? 川本さんにして欲しいこと言ってごらんよ」

 

 くそっ、この変態悪魔め! エヴァをもてあそびやがって。見たことのないエヴァの姿を目の当たりにして、ショックを受ける俺。同時にあいつが他の男によってけがされるのは我慢ならなかった。

 

 いまや、ゴーレムの両手はエヴァの敏感な部分をくまなく攻め続け、手を休める気配はない。エヴァの焦点の合わない目とだらしなく開いた口が攻撃の激しさを物語っている。

 

 「かわぁもとぉさぁぁん、もっとぉしてぇ」

 

 エヴァの指がゴーレムの頭をつかみ引き寄せる。川本さんにそっくりの顔、艶のあるくちびる、憂いのある瞳、そのすべてが愛しいというようにうっとりと見つめる。

 お互いのくちびるがゆっくりと近づき、重なり合う。うぐっ、うぐっと鼻から空気がもれるが気にする様子すらない。

 

 ようやく息継ぎのために離れる二人、くちびるとくちびるの間をつうーっと糸が引いている。ゴーレムのくちびるが動き言葉を発した。

 

 「先生、私を殺して」

 

 次の瞬間、ゴーレムはぼろぼろと崩れ始め、あっと言う間にもとの土くれとなった。

 

 「えっ? なんで? 川本さん」

 

 呆然とするエヴァ。床にペタンと座り込んでしまった。

 

 「ごめん、ごめん、エヴァちゃーん。せっかくいい所だったのにゴメンね。エヴァちゃんすぐにのめり込んじゃうから、これは警告だよ。本当の川本さんにも同じこと言わせないようにほどほどにしなきゃね」

 

 床に座り込むエヴァの目から一筋の涙が頬を伝う。ルシファーのやつめ悪趣味にも程があるってもんだ。エヴァを泣かせやがって。

 

 「あ、あともう一つね、エヴァちゃん。後を付けられてたみたいだね、何かが入り込んでるようだよ」

 

 しまった! ばれてる! ――迷彩魔法を発動っ。背後の壁に溶け込み見えないようにすると同時に箱の後ろを飛び出し、階段を駆け上がる。

 

 「ファクスカエレス流星よ、降りそそげ!」

 

 ルシファーの魔法により、無数の針が天井から降り注ぐ。

 

 「アンチマジックシールド!」

 

 対魔法の盾をつくり、針を防ぎつつ出口の窓を目指して走る。鋭い金属音が響いて盾が針を跳ね返しているのがわかる。

 

 くそっ、また逃げ出すことしかできなかった。こんなことじゃ、エヴァに嫌われちゃうな。何本かの針がシールドを貫通して俺の体をかすめる。急げ! 窓からジャーンプ。

 なんとか、無事着地に成功した。

 

 痛てっ! 右足に鋭い痛みを感じた。針が一本突き刺さっている。夢中で逃げていたので気が付かなかったようだ。

 

 近くの路地で様子をうかがうが、誰も追いかけてはこないようだ。猫の姿なので苦労したが、なんとか針を引き抜くことに成功した。とりあえず、ペロペロと舐めて血を止めようとする。ズキズキとひどく痛む。

 

 ニャー、ニャー。気が付くと、目の前にさっき見かけた猫がいる。近寄ってきたかと思うと俺の傷をなめ始めた。お前、いいやつだな。きっと、エヴァが猫になったらこんな感じなのだろう。

 

 ニャウニャー、エヴァ猫が俺に向かって鳴いている。

 

 ニャ、ニャー(ドンマイ、メフィスト!)俺にはそう聞こえた。

 

 

 

 

 

 

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