先生、私も先生になりました

 

 保健室で見たソフィアの表情が頭から離れない。あれほどの激しい感情をむき出しにするソフィアを見たのは、もちろん初めてだったし、憎悪にも似たその感情が白姫先生に向けられていたことはとてもショックだった。

 藤堂さんが使った魔法は、私とソフィアがお互いに好きになるというものだったはずだけど、私にはあまり効かなかったようだ。

 グングニルの槍からどうして逃れることが出来たのか? どうして廃ビルのあの部屋にいたのか? 先生も分からないと言う。

 

「もしかしたら、川本さんにはもっともっと強い力があるのかも」


 その力って本当に私の力なのかな? 最近、自分が自分じゃないような感覚に襲われる。何かが動き出している。私のなかの何かが。


「気付いたら、保健室のベッドに寝ててさあ、いったい私どうしたんだろ?」


「何も覚えてないの、ソフィア?」


「ううん、なんで保健室に行ったのかなあ?」


 ソフィアは何も覚えてないようだ。私は、ソフィアとうまく目を合わせられない。そのことをソフィアに気付かれないかと心配でたまらない。

 

 ピコン。メールだ。

 

 『一花です。相談があります、放課後、芝生広場で待ってます』


 山田先生によると、藤堂さんは、いたずら好きの妖精ピクシーを呼び出してしまい操られていたという事だった。確かにあのときの藤堂さんはいつもと違ってた。まさか、また操られてるんじゃ。それにしても相談ってなんだろう?

 

 いつもの芝生広場、ソフィアといろいろな話をした場所、今日そこにいるのはソフィアじゃない。私を見つけると藤堂さんは、手を振りながらぴょんぴょんとジャンプする。

 

「かすみせんぱーい!」


 引き締まった身体で飛び跳ねる藤堂さんはまるで、陸上選手のようだ。

 

「さあ、先輩の場所ですよ、座ってください」


 可愛らしいピンクのハンカチが芝生の上に敷いてある。

 

「えっ、藤堂さん、自分のは?」


「私はこのままでも平気だから、大丈夫ですよ」


 私は、ポケットから自分のハンカチを取り出す。テディベアがプリントされているお気に入りのハンカチ。藤堂さんのハンカチと並べて拡げた。

 

「座って、藤堂さん」


「そんな、先輩のハンカチが汚れちゃいますよ、もったいない」


 慌てて、身体の前で手をふる藤堂さん。なんか可愛らしい。

 

「ハンカチは洗えばいいんだから、さあ、せーのっ!」


 私の掛け声に合わせて一緒に座った。こちらを向いてニコニコする藤堂さん。とっても嬉しそうだ。

 

「何かいいことあったの? 藤堂さん。ずいぶん嬉しそうだけど」


「えっ! わかっちゃいます? 私、こんなふうに相談できる先輩って今までいなかったんで、嬉しくって」


 私もいつもは相談する立場ばかりだから、相談されるのが嬉しくないって言えば嘘になるのだけれど。

 

「あ、先輩、私、先輩にひどいことしちゃったみたいで、本当にごめんなさい。妖精に操られていたみたいなんですけど、全然記憶に無くって……。気が付いたら倉庫に寝てたんですよ」


 申し訳なさそうにうつむく藤堂さん。

 

「わかってるよ。藤堂さんはいい子だもの。ひどい事なんかするはずないものね」


「うう、かすみ先輩、優しい」


「相談って、そのことだった?」


 はっ、とした表情する藤堂さん。その後少し遠い目になった。

 

「私、ソフィア先輩のこと諦めます」


 きっぱりと言い切る藤堂さん。意外な言葉に一瞬言葉を失う私。

 

「えっ、どうして? せっかく魔法も教えてもらったのに、もったいないよ!」


「ねえ、かすみ先輩。じゃこるんの魔法にかかったときどんな気持ちでした?」


「どんな気持ちって、そりぁ、ねえ……、ちょっといきなりなんなの?」


 藤堂さんといちゃいちゃしてしまったことを思い出しドキドキしてしまう。

 

「私、思ったんです。たとえ、魔法を使ってお互い好きになったとしてもそんなの意味ないんじゃないかなって。そんな気持ちすぐに消えてしまうに違いないって。だから、魔法を使うのはやめにします。これからは、自分の力でなんとかします」


 おおっ、その通りだよ、藤堂さん! でも、それとソフィアのこと諦めるのは違うぞ。

 

「それと、もう一つあります。あの魔法にかかったとき、あのとき…… 今まで感じたことがないような、とっても、とっても幸せな気持ちになったんです。気付いたんです、ソフィア先輩に感じていた気持ちは、それとはちょっと違うって。多分、なんて言うか、憧れって言うんですかね、私、自分勝手ですか?」


 藤堂さんの言葉を聞いているとき、私の頭には白姫先生の顔が浮かぶ。先生に対する私の気持ちは、ただの憧れなんだろうか?

 

「ううん、自分勝手なんかじゃないと思うよ。私ね、藤堂さんのことがうらやましいんだ。自分の思ったことをハッキリと言葉に出来るって、すごいことだから」


「そ、そうですか、てへっ」


 照れて赤くなる藤堂さん。まるで、誰にも踏まれていない雪のようだ。藤堂さんをうらやましいと思ったのは、しっかり自分を持っているということだけじゃない。どこまでも澄んでいる純粋さに自分にはないものを感じたからだ。

 

「そっか、じゃあ私への相談も終わりだね」


「ダメです! これからですよ! かすみ先輩は私の先生なんですから」


 慌てた調子の藤堂さん。

 

「そう、先生。人生の先生です! お願いします」


 先生って、ひとつ年上なだけだし、経験もないし、どういう事?

 

「他に上手い言い方が見つからなっくって、ごめんなさい」


 戸惑う私の様子をみてすまなさそうな藤堂さん。そう、私もうまく言い表せない。白姫先生が自分にとってどんな存在なのかを。藤堂さんといっしょに答えを見つけていくのも悪くないか。

 

「わかった、いいよ。私で良ければ何でも相談して。でもあんまり期待しないでね」


「えっ、本当ですか? やった、嬉しいよー、わーい」


 歓声を上げて抱きついてくる藤堂さん。わわっ、人に見られちゃうよ、藤堂さん。藤堂さんからは爽やかなミントのような匂いがする。

 

「もう一つお願いがあります。私のこと、一花いちかって呼んでもらえますか?」


 耳元で囁きながら、抱きしめる力をぎゅっと強めてくる。藤堂さんの吐く息が首筋をくすぐる。

 

「ちょっと、苦しいよ―― 


 芝生広場に甘酸っぱい風がふわっと吹き抜けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る