先生とお兄ちゃん(その2)


 ここまでは計画通りだ。本物の藤堂一花は、倉庫で眠っている。藤堂になりすました俺は、保健室で待ち伏せする。先にやって来た川本さんを鎖で繋ぎ、続いてソフィアも捕まえることに成功した。


 騒がれると面倒なので、布とガムテープで口封じし、声が出せなくなる魔法をかける。呪文を唱和してもらわないといけないので、肉体を操る魔法をかけた後、口を塞いでいたものを外した。

 さて、ここからは俺のオリジナルのアイデアを試させてもらう。前回、川本さんと、藤堂が、かかった魔法は、お互いを好きになる魔法だった。


 俺はもっと人間としての本質を試す、残酷な魔法を使うことにした。

 親友であるふたりが、相手に対して抱いている欲望を、増幅して表に出す魔法だ。

 ある意味、本当の友情を試されることになる。親友だと思っていた相手の本当の姿を知ったとき、ふたりの心に大きな衝撃が与えられ、封印解除のヒントが得られるはずだ

 

「さあ、リピートアフターミー、ソフィア先輩、川本先輩、アモー、アモー、アウァールス、カーリタース、インコルップトゥス、メルス」。


 どうだ? ここからは、俺にも反応が読めない。答えをしっているのは本人だけだ。

 ふたりを縛っている鎖を外す。川本さんは、「藤堂さん、どういうつもり?」と俺に向かって来ようとした。効果がないのか? くそっ!

 次の瞬間、ソフィアが川本さんの腕をつかみ強引に引き寄せる。川本さんをしっかりと抱きしめるソフィア。

 

 ああ、やはりそうか。ソフィアは川本さんのことが好きだ。しばらく抱き合ったあと見つめ合うふたり。いい雰囲気だ。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。もはやソフィアには、川本さん以外何も見えていない。こりゃ、藤堂が告白してもダメなはずだ。

 

 一方、川本さんの反応は微妙だ。素直に受け入れるという感じではない。俺の計画ではふたりの熱い気持ちがあふれ出し、封印されているものが表に出てくるはずだったのだが。そろそろ、エヴァが戻って来る。急がないと!

 

「あの女って、白姫先生のこと?」


 なんだ? エヴァのことか? ソフィアの様子が変だ。明らかに、正気を失っている。

 

「藤堂さん、お願い! もうやめて!」


 すまないが、川本さん、もう少し付き合ってもらうよ。後は、遅れて保健室に入ってくるエヴァを邪魔されたと思い込んだソフィアが、マジックアロー魔法の矢で攻撃してしまう、という筋書きだ。

 

 いや、待て、なんだ? グングニルの槍だって! おいおい、まじかよ!

 

 落ち着け、落ち着くんだ、俺。グングニルの槍は一度放たれたら防ぐすべはない。命中すれば無傷ではすまない代物だ。マジックアローとは訳が違う。動揺を悟られないように決められたセリフを言うんだ。


「川本さん、実はですね、もう一人お呼びしてるんですよ」


 棒読みになっちまったがもうどうでもいい。どうする? 俺。

 エヴァを救う方法は一つしかない。

 

 ガチャ、と保健室のドアが開く。しまった、予定より早い!

 

 ――ヴァンデ飛べ

 

 一瞬、火花が飛び散ったように見えた。俺は、保健室の入り口でひとり立ち尽くしている。開いたままの扉から生ぬるい風が吹きこんでくる。エヴァはどこにもいない、川本さんの姿もない。グングニルの槍も。みんな消えてしまった。

 ソフィアは、床に横たわっている。急いで駆け寄ってみるが、気を失っているだけだと分かりほっとした。

 

 ソフィアを、保健室のベッドに寝かせるとデスクの前の椅子に腰を下ろす。消えたふたりはどこへ行った? 無事なのか? リントブルムに続き、グングニルの槍の出現。面倒なことを上手く避けてきたつもりだったが、今度ばかりは逃れられないのかもしれない。

 

 翌日、川本さんと白姫先生は何事もなかったように学校に来た。ソフィアと藤堂さんには記憶を消す処理を行い、事態は収束に向かった。問題は、川本さんの記憶を消せなかったことだ、エヴァにも今回の騒動の原因が俺であることがばれたかもしれない。

 

 悩んだ末、俺は、川本さんの様子を探るため談話室へ呼び出すことにした。危険だが仕方がない。

 

「川本さん、ちょっといいかな?」


「あ、山田先生、どうしました?」


「ちょっと、聞きたいことがあってね、談話室に来てもらえるかい」


「はい、わかりました」


 談話室で向かい合って座る。特に変わった様子はない。

 

「川本さん、この指をみてもらえるかな?」


「えっ、指ですか?」


 パチンと指を鳴らす。はい、精神乗っ取りかんりょ――


「くだらんぞ、メフィスト」


「えっ! 今なんと?」


 川本さんが冷たい目で俺をみている。見覚えのある目だ。

 

「我を忘れたか、メフィスト」


 間違いない、目の前にいるのは我が主、アスタロト様だ。急いで床にひざまずく。

 

「お許しください、アスタロト様、お久しぶりです」


「時間がない、よく聞くがよい。我をこの小娘から解き放つのだ! グングニルの槍によって封印の力は弱まっておる。封印を解く鍵はもう一人の小娘に……」


 アスタロト様の言葉は途中で途切れる。

 

「ほえ、先生! 何してるんですか? お芝居?」


 ぐっ、やべっ! これでは女子高生にひざまずく変態教師だ。

 

「は、はははは、そうなんだよ。川本さん、文化祭でお芝居やるって言わなかったっけ? かすみ姫、勇者山田でございます! なんちゃって」


「せんせー、文化祭はまだまだ先ですよー、もうおっちょこちょいなんだからー」


「え、あ、そうか、まだまだ先かー、ははは」


 この後、藤堂さんがいたずら好きの妖精ピクシーを呼び出してしまったあげくに操られてたらしい、というデタラメ話をなんとか吹きこむことに成功した。

 

 あー、やっぱり面倒なことになってしまった。アスタロト様は、川本さんに封印されている。グングニルの槍は、アス様(俺は普段そう呼んでいる)が自分の封印を弱めるため仕組んだ罠だったのだろう。槍を受けたのは川本さんだったのだ。

 

 ここからはあくまで俺の推理だが、アス様は槍をエヴァではなく、川本さん、つまり自分に放つつもりだったのではないか? ところが、ソフィアの力が思ったよりも強くエヴァに向かって放たれてしまった。

 俺よりも一瞬早くエヴァの盾となった川本さんに槍が命中。結果は同じだが、アス様の処理がほんの少しだけ遅れた。遅れた分封印の解除がかなり中途半端になってしまった。また、槍から逃れるために別の場所へ瞬間移動するはめになり、保健室から消えた。

 以上がことの真相ではないか。

 

 もう一つ、アス様は気になることを言った。完全に封印を解くにはもうひとりの小娘――ソフィアの鍵がいる、と。鍵とは、いったい何なのか?

 謎を解かねばなるまい。

 

 今回、俺はかなり頑張った。エヴァと話は出来なかったが、きっとわかってくれるはずだ。

 

 進め、メフィスト、負けるな、メフィスト。

 

 

 


 

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