先生と約束しました

 

 クラスのみんなが私を見てる。何だか有名人になった気分だ。

 今日の一時限目は校庭に空いた穴を魔法で埋める授業だ。

 

 私のせいで開いた穴なのにみんなごめんね。

 まあ、スコップを魔法で操って砂を入れて、魔法ローラーでゴロゴロするだけなんだけど。

 私は、危ないからって見学になってしまった。

 おっ、すごい勢いでスコップを操っている生徒がいる、と思ったらソフィアだった。


「おーっ、おりゃー!」


 みるみるうちに穴が埋まっていく。


 気合がはいってるなー、頑張れー、ソフィア。私がソフィアを応援していると、同じクラスの女子三人が私のところにやって来た。

 

「ねえ、川本さん。あなたどういうつもり。あなたのせいで白姫先生、大けがするところだったのよ」

「そうよ、1人でかってにドラゴンを呼び出して、自分はすごいって自慢したかったのかしら」


「それは……、ごめんなさい。でも、自慢するつもりなんてないよ……」



 白姫先生が危なかったのは事実だ。でも自慢するつもりなんかあるわけない。

 

「本当に悪いと思ってるのかしら」


 三人はお互いに目で合図を送る

 

「本当に悪いと思ってるなら、川本さん。あなた、魔法の力じゃなくて自分の力で穴を埋めなさいよ」

「そうね、それぐらいすべきだわ」

「賛成ー」


 確かに三人が言う通りかもしれない。魔法が得意でない私ができる罪滅ぼしは、せめて自分の腕でスコップを握って穴を埋めることだろう。

 私は、置いてあったスコップを拾い上げると穴のふちに近寄っていく。盛ってある土にザクッとスコップを入れる。うんっ、と持ち上げるが結構重い。それでも頑張って持ち上げてなんとか穴の中に注ぐことが出来た。


 さあ、次の土を運ぼうと盛り土のところへ向かいかけた瞬間だった。さばざばざっーと頭に何か降ってきた。


「えっ! な、なに ?」


 降ってきたのは土だった。私の頭の上に魔法で操られているスコップが漂っている。


 クスクスクス、背後から笑い声が聞こえた。

 振り返るとさっきの三人が笑っているのが見える。


 やられた! 


「川本さん、そんな所にいると危ないわよー」

「そうそう、魔法が得意じゃない人もいるんだからー」


 怒りがふつふつと沸いてきた。私がというより私の中にある何かが、怒っているように思える。


 (やってしまえ…)


 えっ、今のなに?


 (焼き尽くせ…)


 誰っ?


 何かが私の中でどんどん膨らむ。


 (燃やせ、燃やせ、焼き尽くせ)


 頭の上のスコップから熱を感じる。スコップが真っ赤に変色しているのだ。みるみるうちに、矢のような形に変化していく。


 これは! 魔法の矢サギッタマギーア

 強力な攻撃魔法がなぜ?

 

 勝手に口が動き、言ってはならない言葉を発しようとする。


「射こ……ろせ……」


 嫌っ!やめて!



スブフィステ止まれ!!」


 誰か叫んだ。カランカラン! 目の前にスコップが転がる。


 気が付くと、すぐ隣にソフィアが立っている。

 真っ青な顔のソフィア。


「今、スコップが真っ赤になってなかった?」

「えっ、見てなかった!」


 幸い、短い時間だったので騒ぎにはならなかった。ソフィアは私にかかった砂を丁寧に払ってくれる。


「大丈夫? かすみ」

「うん、ありがとう」


「ちょっと待ってて」

 そう言うとソフィアは三人組のところに一直線に向かう。


「あなたたち! 卑怯よ!」


 毅然といい放つ。


 一瞬固まった三人だったが、リーダー格の子がおどおどした調子で言い返した。


「わ、わざとじゃないわ。ミスよ。誰にだって間違いはあるでしょ」


「完璧なソフィアちゃんには、わからないでしょうけど」


「ええ、わからないわ! 友達に砂をかけて喜ぶ人の気持ちなんか」


「二度とこんなことしないで!」


 三人の言葉を待つことなく、ソフィアは私のところへ戻ってくる。


「着替えないとね。行こう」


 三人の行為は、まわりの生徒も見ていたらしく非難の声が上がったらしい。人気のあるソフィアが注意したことも影響したのだろう。


 でも……あの時……


 ソフィアが止めてくれなかったら、どうなっていたのだろう?


 あの声はいったい?  誰?

 

 そうだ、白姫先生に相談してみようかしら。

 

 放課後まで特に何事もなく時間が過ぎ、ソフィアもスコップの件についてはそれ以上何も言わなかった。合唱部に所属しているソフィアは部活動に行ってしまい、部活に入ってない私は保健室に行ってみることにした。

 リントブルム事件の後、先生にお礼を言いに行ってから数日間、先生に会っていなかった。用事も無いのに行くのも変だと思ったからだ。

 

 トントン、保健室のドアをノックする。

 

「はーい、どうぞ入ってー」

 

 先生の声だ。なんだかほっとした。前回と同じように椅子に向かい合って座る。

  

「せんせ…」

「あのね…」

 

 呼びかけようとしたのと同時に先生も話そうとして被ってしまった。

  

「先に聞かせて、川本さん」

 

 微笑む先生、瞳が優しい光を放っている。

  

「私、何か変なんです、今日ちょっと気になることがあって」


 私はスコップが魔法の矢に変化したこと、頭の中で声がしたことを説明した。先生は話を聞きながらノートに何か書き留めていた。うーんと唸る先生。私、困らしちゃったかしら。それとも頭のおかしい子と思われた?

 

「そのことは誰かに相談した?」


「いいえ、先生が初めてです」


「そう…、川本さん、実はね、先生に考えがあるの」


「前も言ったけど、川本さんはとても強い力があるわ。今日の出来事も川本さん本来の力が表に出てきたのかもしれない。声については調べてみないと何とも言えないけど」


「でも、私失敗ばっかりだし、そんな力なんて…」


うんん、と首を振る先生。


「自信をもって、川本さん」


「はい…」


「それでね、川本さん、先生と一緒に特訓してみない?」


 膝の上にのせていた私の手に先生がそっと手を添えた。

 冷たいっ!

 先生の手はとても冷たかった。冷え性なのかなあ?

 それにしても綺麗な指、爪の形も整ってる。

 

「特訓ですか!?」


「そう、魔法の特訓よ。力をコントロールできるようにね」


「えっと…、ふたりでですか? 他にも誰かいるとか?」


「二人だけじゃやっぱりイヤかな?」


 少し悲しそうな表情になる先生、違う、二人だけがいいんだよ! 先生。

 

「二人だけが……いいです」


「本当? じゃあ決まりね。先生頑張るわ!」


 なんかとっても嬉しそうな先生。嬉しいのは私です。

 

「あ、それから、川本さん。今日、授業中にあったことと特訓のことは二人だけの秘密ね。川本さんが変な誤解をされてイヤな目に合わないようにね」


 保健室を出て、家路につく。やっぱり先生に相談して良かった。二人だけで魔法の特訓だなんて、なんて素敵なんだろう。

 

 校庭を横切ると開いていた穴は元通り埋め戻されて跡形もない。あのスコップも片付けられている。


 (……エクセウンドゥム)

 

 えっ? また聞こえた?

 

 (…………)

 

 何も聞こえない。気のせいだよね。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る