先生は決めました

 ゴロゴロと転がっている瓦礫。歩くたびにきしむような音がする。

スニーカーに履き替えてくればよかった

ハイヒールでは歩きにくいったらありゃしない。

 人間の姿は不便なものだ。自分の足で歩かないといけない。床に転がっている石ころを足で軽く押し退けると金属製の取っ手があるのがわかる。

 取っ手をつかみおもいっきり引っ張る。


「きゃっ、重い!」


 自分でも思った以上に、可愛らしい声が出てしまった。こんなことでは、また生徒から笑われてしまう。

 この間も、学校の渡り廊下で、履きなれないヒールのせいで転びそうになり


「キャー!」


と思わず悲鳴をあげてしまった。

見ていた女生徒から


「白姫先生、かわいいー!」


と笑われたのだ。

 

 なんとか取っ手を引っ張り上げると、金属製の扉がギィーっと開き、地下への階段が現れた。真っ暗だが、幸い暗視能力はそのまま使えるので危なくはない。


 階段を降りていくと地下室に行き着く。10メートル平方のなかなか広い部屋だが、壁も床もコンクリートがむき出し、壁際には金属のパイプやスコップ、ハンマーなどの工具が置いてある。 

 どうやら何かの倉庫だったようだ。


 サイコ学園から、歩いて5分ぐらいの所にあるこの廃ビルが私の秘密基地だ。

 

 埃っぽい床の中央に、私の書いた魔方陣がある。

 学校の備品だったクレヨンで書いた力作だ。


 さてと、報告、報告。


 上司であるルシファー様にこれまでの成果を報告するためにここに来たのだ。


「ルシファー様ぁー」


 しーん……

 ん? 出てこないわね?

 もう一度


「ルシファー様ぁー、いらっしゃいますかー?」

 あれ?

 いない?


 よく見ると、床の魔法陣に文字が浮かび上がっている。


『エヴァトレーネになれ!』


 エヴァトレーネとは、私の本当の名前だ。

 ああ、またかこの変態上司め!


「アルテラッツィ」


 仕方なく変身の呪文を唱える。とたんに光が私の体を包み込み、身を包んでいた衣服が消え去る。生まれたままの姿になった私の全身に白蛇がぐるぐると巻き付く。


 髪も全て蛇に変わるので頭が重くなってうっとうしい。そもそも、この世界でこの姿になるとエネルギー消費が激しいので出来れば避けたいのだ。


 お尻も丸出しでスースーする。

 しばらくすると私はすっかりメドゥーサになっていた。いや、こちらが本来の姿なのだけれど。


「いいねー!最高だよ。エヴァちゃん」

「『エヴァちゃん』はやめてください」

「エヴァちゃんは、エヴァちゃんでしょ、別にいいじゃん」


 魔界ではイケメンで通っているルシファー様は、寝そべった格好で魔方陣の上に現れた。


「ねえ、エヴァちゃん、後ろ向いてよ」

 

 ゲスリクエストを繰り出すエロ上司。視線は私のおっぱいに集中している。


「はいはい、こうですか?」


 ルシファー様に背を向けると、むき出しのお尻が丸見えのはずだ。


「はうっ、これは……最近みたお尻のなかでもベスト3に入るのでは? サキュバスのお尻もいいがこれも、捨てがたいぞ」


ひとりで、ぼぞぼそつぶやいているエロ上司。サキュバスも被害にあってるのか、可哀想に。


「はい、終了です」


 切りがないので、正面を向いて話を進める。


「ターゲットに接触しました。私が潜入しているサイコ学園の二年生、川本かすみです」


「ああ、リントブルムを呼び出した小娘だろ」


 とたんにつまらなそうになるルシファー様。裸にしか興味ないのか?


「ええ、あれは想定外でした」

「ふーん、想定外ねえー」

「エヴァちゃんがやったんじゃないの?」


 ふたたび、おっぱいをガン見するルシファー様。


「違います! 少しサラマンダーが暴走するだけのはずでした。あんなに強力なモンスターが召還されるなんて思っても見ませんでした」

「それで、夜刀やとを使ってやっつけたってわけだ……」


 ルシファー様が目を細める。背筋に冷たいものがはしった。


「ねえ、エヴァちゃん、俺たちの目的はなんだい? 答えてごらん」


 “アウスゲーベン”とルシファー様がつぶやく。

 私に巻き付いた蛇がぬるぬるの触手のようなものに変化していく。触手は私の胸の先端をいやらしくいまわりはじめた。

 鋭くて甘い感覚が急速に沸き上がる。


「はあっうっっ! ルシっ、ファあっっさ……ま!」


 目の焦点が定まらなくなり、力が抜けていく。

 もうひとつの触手は、私の禁断の場所へと迫ってくる。もう立っていられない。


「はふっ、おやぁめぇぇくだぁぁさい」


 だらしない声を出してしまう。


「答えてごらん、エヴァトレーネ!」


「ル、ルシ……ファーっさまっにっ、この世界のっお、王にっなっっていたぁだくこと……でぇすうう」


 言い終わると同時に、触手の拷問が解かれ私は床に崩れ落ちた。体がビクビクと痙攣する。


「いい声だったよー、エヴァちゃん」


ルシファー様は、ゲスな笑いを浮かべている。


「くれぐれも、忌々いまいましいアスタロトの野郎に先を越されないようにね、今回みたいに失敗して目立っちゃダメだよ」


 ルシファー様は、あっさりと姿を消した。今のは罰だったのか? それとも……


 いずれにしても、ルシファー様の強力な力を思い知った。やってることはただの変態上司なのだが。


 そう、私のミッションは、仕えているルシファー様をこちらの世界の王にすることだ。悪魔であるルシファー様が人間界の王になるには人間界を破滅させる必要がある。

 人間である魔法少女に破滅の力が封印されているとの情報を諜報部がつかみエージェントである私が封印解除のため、送り込まれたって訳だ。


 白姫蛇子の姿に戻り、地上への階段をトボトボ上がる。

 廃ビルの外はもう真っ暗だ。


 川本かすみは今日、学校を休んでいた。人間の小娘なぞ、ちっぽけな、か弱いだけの存在だ。私が気にかける必要などないのだ。


 ……なんか、可愛かったな


 バカか? 私は!


 人間として住んでいる安アパートへの帰り道は人影もまばらだ。歩きながらふと思いついた。


 そうだ! あの娘に魔法を教えてやろう!


 その方が自然に接近しやすいし。

 急に足取りも軽くなる。


「ふふっ、明日会ったら言おっと」


 今日は疲れたな。早く寝よう。

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