mission 28


「あ、おはよー」


「………」


「ちょ、ちょっと、無視はやだよ!」



目立ちたく無いと言うのに、朝から勘弁願いたい。

好奇な目をあちこちから向けられる始末。

目を向けてくる彼等はヒソヒソと何を話してるのやら……



「こんな目立つ奴は、知り合いにいない」


「ちょっと酷いなぁ。お待たせ!」


「……ああ」



かれこれ、このやり取りを3日続けている。

別に一緒に通学する必要も無いのに、彼女は1人だと寂しいからと言い、俺に話し掛けて隣を歩く。

学校でも人気者の彼女は少々目立つようで、通学路を一緒にする生徒の注目を集めている。

こんな奴いたか、なんだアイツ、から始まり……

あんな奴死ねばいいのに、呪ってやるからな、と赤の他人に呪われる始末。

日本の呪いと言えば、丑の刻参りだが、敬虔なる信徒ではなさそうだ。

どちらにせよ、呪い殺されるのは勘弁願いたい……



「ふふっ」



わざわざ横を歩く彼女は楽しそうに笑う。

注目を集めるのがいいのだろうか?それとも俺への嫌がらせ?

後者だとするのなら俺はとんでもない罠を踏み抜いた事になる。

いや、前者だったとしてもそんな事で危ない奴を刺激したくはない。

どんなに鍛えた格闘家よりも、闇雲に武器を振り回す一般人の方が危険だ。

俺自身にダメージを与えなくとも、周りに被害が出る。

神や占いを信じる訳ではないが、一度は対策した方がいいのか……



「あれ? 空君は嬉しくない? 女の子と二人で登校ってシチュ」


「何をもって嬉しいのか分からん……」



やはり女という種族は分からない。

3日間で、それは痛感したと思う。



* * * * *



学校の休憩とは素晴らしいものだ。

授業毎に10分、昼には1時間ほど。

俺はこの貴重な1時間を誰もいない屋上で過ごす。



覗くスコープレンズに映る男の顔は少し赤らみ、恥ずかしがっている。

午後の休憩時間に校舎裏に呼び出したと思えば、どうやら求愛をしているようだ。

敵意は一切感じられず、武器を出すような仕草も感じられない。

レミントンM24A3ライフルのセーフティを掛け直した。



「何してるの?」



後ろから護衛対象が声を掛けてくる。

こちらも相変わらずの継続中だ。



「遠隔からの護衛だ。誰がストーカーなのか分からないからな。警戒したに越した事はない」


「まるで暗殺者ね」


「失礼な奴だ。奴らより俺の方が腕は上だ」



何度か暗殺者の類と街中で戦闘を行った事がある。

スナイパー、暗器使い、格闘家崩れとなんでもござれ。

あいにくと負けた事はなく全員を抹殺したが、この事は彼女は知らない。

もっとも、俺より腕のいい奴は同じ部隊にはいる。

どの距離からも射線が通るなら当てる事が可能で、止まっていようが動いていようが確実に当てる事ができる。

そんな奴に狙撃を教えられたなら誰だってこの程度可能だろう。

知れば、きっと目をキラつかせながら「まるで、映画のワンシーンね」と言うに違いない。

俺は映画の様に|死ににくい男(ダイ・ハード)ではないだろう。



「意地の張るとこが少し可笑しいのは置いておくとして。あの男も可哀想ね。あの子にフラれる上に、頭上から狙われ、フラれるのを目撃されるのね」



俺ほどではないが災難だなとは思う。

だが、こちらも手を抜く訳にはいかない。

それに口は堅い方だ。

彼の事を口外する事は絶対に起きないだろう。

そもそも話すような人が存在しない。



「ねぇ、なんで受けてくれたの?」



数歩ほど歩くと、落下防止の柵にもたれ掛かり、遠隔で護衛する彼女が遠目で見つめながら訪ねてくる。

彼女に思うところがあるのは当然だろう。

俺のような悪党が素直に聞くとは思っていなかった筈だ。

|M24A3(こんなもの)まで持ち出す程に。

スコープから目を話す訳にはいかないが、受け答え程度はできる。



「さぁね。警察にすら見捨てられた事に同情したのかもしれないし、単純に気まぐれかもしれない」


「気まぐれ、ね。あなた一体何者なの? 普通二人を護衛なんて無理があるわよ?」


「なら、四人の護衛をする俺は無理難題な訳だ」


「そうだったわ。あなた普通じゃなかったわね」



感嘆したように彼女は言う。

いや、呆れているのか。

どちらにせよ、彼女の感情にはあまり興味がない。



「とは言え、やれと頼んだのは君達の方だ。少しはこちらの大変さというのを理解するべきだ」


「それもそうね。素直にお礼を言わせてもらうわ。ありがとう」



かと言って素直に好感を持たれても、どうして良いのか分からない。

こうやって護衛する者から感謝されたのは初めてかもしれない事に自分でも驚いている。

こういう場合、どういう反応を示せば良いのか分からず、返答が出来ない。



「ふふっ、貴方、あまり褒められたりするの慣れてないでしょ」


「……さぁね」



顔を逸らすと、彼女はニヤつきながら肘で脇腹を突いてくる。

地味にレバーに刺してくる彼女の肘は痛い。



「お待たせー!って、ええっ!?」



そして数分のうちに校舎裏から屋上までを移動する彼女。

どうやら俺の銃を見て驚いたのか。

俺はその戻ってくる速さに驚いている。



「あら、亜美。早かったわね」


「うん、でもそれ……」


「ああ、狙っていた。護衛だ。文句はあるまい?」



同じ学校を共にする生徒を殺されそうになった事で少しさ恐怖でも沸いたのだろうか?

これで護衛をやめてくれと言えば問題ない。

自分のやらなければならないものに集中できる。



「ずるいよ!」


「「はい?」」



由奈と空は同時に亜美を見た。

その顔はまさに何言ってんのコイツ? と語っている。

感性が狂ってるじゃないだろうかと空は哀れみすら向けた。



「2人してゆっくりして! 私だってゆっくりしたーい」


「いや、貴女何言ってるのか分かってる? この男に狙われていたのよ?」


「えっ、だって護衛でしょ? なら仕方ないよね」



俺も感性はぶっ飛んでると言われるが、コイツも中々にヤバイな。

銃を向けられて、この反応は先ず有り得ない。

その意味ではこの由奈の方が一般人に近しいのだろうか?

人を顎で使おうとするのはいただけないが。



「何、その顔。私だって乙女だもん」


「いや、乙女の割には兵士並みな度胸をしているが……」



彼女は頬を風船のように膨らませて怒ったかのような顔をしているが、怖くはない。

その頬に穴を開ければ反発力でも作用しそうな程だ。



しかし、その度胸は普通ではない。

先日起きた、ショッピングモールジャック事件での人質。

彼女は自ら、命を奪われかねない人質を選んで屋上へ連れて行かれた筈だ。

そして目の前で、俺が人を殺すのまで目撃している。

なのに何も起きていないかのように振舞っている。



多田さんは別の人質であった親子がPTSDになったと俺を咎めている。

普通はそんな結果の筈だ、ごくありふれた結末になる。

見たくない地獄と恐怖に心が壊れる。

これがこの国での正常な反応である。

俺でも既に心が壊れているからこそ、この殺人を躊躇いなく行えた。

だが彼女は、あの光景を目にしても、トラウマで引きこもる事なく、俺に頬を膨らませているのだ。

それも心を壊す事なく。



「ひっどーい!私傷ついちゃった」



その心の強さは、既に俺すら超えていると言っていい。

その強さとは、どのようにして得たものか興味はある。

だが、きっとその力は手に入る事はないだろう。

それが俺と彼女の差だ。



「ねー、聴いてる?」


「傷付いたんだろ?」


「そうだけど……」


「何が望みだ」


「貴方、変なとこで察しがいいわね」



胆力と折衝力に優れた彼女を前に、俺の意見など通るはずもない

だからこそ、こちらが多少の妥協を見出す他ない。



「放課後、パフェを所望します!」



どうやら、最も苦手な学生を演じる事がお望みらしい。





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