mission 26
俺の予想が正しければ敵は屋上にいる。
その原因の一つが、屋内にいてもメリットが何一つ無いって事だろう。
警察が突入した以上、屋内で人質を取るのはかなりなリスクがあるし、政府に突き通したい要望も、自らのジャミングで通らない。
それが薄れる屋上ならどうだ。
屋上なら電波状況が悪くてもまだなんとかする方法が残されている。
それは、人間が元から体に持ちうるものだ。
声帯という相手との意思疎通には欠かせないもの。
彼らは声を荒げ、人質を取りながら要求を伝える。
見てなくても、想像は容易に出来る。
だが、警察も想定していない訳では無い。
だからこその人質だ。
あのフードコートに腰が抜けた護衛対象は居たが、もう1人が欠けていた。
自己犠牲精神あふれるお涙頂戴の人質劇を繰り広げるのは自由だが、せめて俺の関係ない場所でやって貰いたいものだ。
腐っても世間的には人気者だ。人質となれば、当然世間が動く。
そのツケが俺に回って来るのは勘弁願いたい。
後は、小さな子供1人が泣いてた点から、その親もおそらくいる。
俺が大多数を叩いたのが影響しているのか、人質は最低限だ。
敵は恐らく5人未満。対処は一人でも可能だ。
「それ以上、近づかないで貰おう!こちらも余計な殺しはしたくは無い」
「止めてください!その子を撃つなら私を!」
敵のボスが小さな子供を抱えながら銃を頭に向けている。
親も取り乱した様子だ。どうやら失念していた。
泣いてる子供がいたからと親だけが人質になっていると思い込んでいた。
当然、姉妹ないし兄弟も存在する可能性はある。
警察は手を出しかねている。
半径数百メートル以内に狙撃部隊が陣取れる建物も無し。
更に屋上は強風ときた。
P90で撃つような小口径ではまともな狙撃は出来ない。
警察は金属製の盾を構えてはいるが、テロリストが持つのは、それらを貫通可能なライフル銃。
部が悪すぎる。勝ちの目が殆ど無いに等しい。
「我々はニホン政府によく考えて貰いたいのだ!この世界は間違えている、お前たちニホン人もこの世界と同じ過ちを犯すのか!お前たちニホン人は聡明な筈だ。アメリカの犬ではない筈だ!」
この為に学んだであろう日本語を駆使し、饒舌に喋る。
それでも、こちらにまだ手がない訳では無い。
死体から奪ったAR-15系列の銃。
この銃は確かSIG516と呼ばれる、見た目もアメリカのM4まんまな銃だ。
企業はスイスだったかどうかだが、製造国はアメリカだった筈だ。
アメリカを憎むのに何故アメリカのモノを使うのか……
一種の復讐か、それとも皮肉か。
アメリカ人をアメリカの製品で撃つ。
これなら復讐としても皮肉としても優秀だ。
きっと、アメリカの世論は外国へと兵器の輸出を制限する動きになる。
それだけでは無い、アメリカが売った武器で他の外国人が傷付けられる。
そうなれば世界が黙ってはいない。
他の諸国は必ず圧力をかけるなりする。
そうなれば同盟国はアメリカに、誠意なり潔白を求めるのは必然であり、アメリカは世界のアメリカから転落する。
だからこその首脳会談襲撃と言うわけか。
だが、このテロリスト達は何もわかってはいない。
世界とは、穴が空けば、そこに蓋をするかの如く別の国が台頭する。
要は頭が変わるだけだ。
復讐を果たしたとしても、結局は別の国に搾取され続ける事になる。
そして、現状のこの危ういバランスを崩せば、世界はどうなるのか誰にも分からなくなる。
「我々の目的はニホンでは無く、アメリカだ!世界の首脳会談を中止するのであれば人質は解放する」
ここまで憎しみの根が深いとなると、説得の類は意味をなさない。
警察程度の説得では聞き入ることは絶対にない。
必要なのは首脳会談の中止だが、アメリカ側もやると意固地だ。
……全く、これだから頭の固い奴らは嫌いだ。
SIG516のチャージングハンドルを引き、弾を装填、狙いを定めてセーフティを外す。
俺の存在は奴らにはまだ気付かれていない。
ならチャンスはある。
敵ボスを仕留めれば最悪子供だけは助かることが出来る。
《……い。……こち……グル》
付けっ放しにした無線から連絡が入る。
ジャミングの影響が薄いのか、ノイズが小さい。
それでもまだ聞こえるまでにはならない。
《……ック。……狙撃…し》
ダメか。
そう思っていると、すぐ近くの壁に赤い小さな光が灯る。
レーザーポインターだ。しかも軍用クラス。
その行為だけで、その行為が何を示し、何が言いたいのか理解してしまった。
ここから最短の狙撃ポイントは約1.4km先のオフィスビルの屋上。
このショッピングモール自体が低くはなく、それが影響して周りのビルからは狙撃が不可能に近い。
日本の警察の特殊部隊では狙撃は不可能って言っていい。
だからこそ、無線を送ってきた相手が簡単に分かった。
この状況で嫌な笑みを浮かべているのは分かっている。
だが、この好機を逃すわけにはいかない。
SIG516で敵ボスの頭を再度狙う。
わずか50メートル程だ。1.4kmに比べたら極至近距離だ。
難易度なんて比べるのがおこがましい。
だから、出来る。失敗は許されない。
敵は4人。俺が狙うのはボス一人でいい。
後はソイツが何とかしてくれる。
銃を警察に向ける一瞬、そこを狙う。
アイアンサイトから覗き込み、その一瞬をただ待つ。
例えスコープが無くても余裕だ。
「近付くな!それ以上近付くなら撃つ」
あの時ぶつかった屈強な2人がM4を警察に向けると同時に、俺は引き金を引いた。
5.56mmと言えど、距離があれば風の影響は受ける。
だが、この距離なら影響は大きくは無く、真っ直ぐに飛ぶ。
敵ボスの右目を撃ち抜き、貫通した弾丸は後ろの民間人の車の窓を割る。
その直後、あの屈強な男2人の腕だけが宙を舞った。
突然、自分の腕だけが体から分離した事に理解など追いつけるわけも無い。
M4ライフルが地面を転がる。
「あ、ああああああ!!」
「腕がぁぁ!俺の、腕!」
人質を離し、自分の亡くなった腕を凝視すると同時に、2人の頭から赤い花が咲く。
警察が驚愕の表情をする中、身を出し、残った1人に弾を撃ち込む。
警察達が俺に気付くが、構ってはられない。
倒れても死を確認するまで、弾倉の中身がゼロになるまで撃ち込んだ。
「クリア」
4人の死を確認し、用済みになったSIG516をその場に捨てる。
俺の持ち物では無い以上、もういらない。
銃の処理も警察に任せてしまえば楽だ。
「い、今のは君がやったのかね?」
10人程が化け物でも見たような目を向けて来る。
いつも……敵も味方も、依頼者すら向けて来るような目だ。
それがいつも、俺がこの普通の世界の人と違う生き物だと理解する。
「2人はな」
「そ、そうか……」
ぎこちない会話。
会話とすら呼べるか怪しいものだ。
久しぶりに何人を殺したか分からないぐらいに殺した。
これで、人質がトラウマを抱えても俺には関係の無い世界の話しだ。
恨むなら今日ここに来たことを恨むしか無い。
助かっただけマシと言うものだ。
「後は任せた」
警察の隊長クラスの困惑した表情は俺にとってはどうでも良かった。
彼等にとって、俺と言う存在を理解しがたいのだ。
平気な顔で人を殺す殺人者。
例え正義を持って戦ったとしても体と精神をおかしくする事を、俺は何年も平気な顔で続けている。
あの顔は、そういった顔だ。
「空くん待って!」
声を掛けられたが、疲れている俺には入っては来ない。
そのままの足で、屋上を後にした。
だからこの世界は嫌いだ。
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