mission 24
業務用トイレに駆け込み、インカムのスイッチを押す。
ここでなら、敵が直ぐに来ると言うことはない。
ジャミングも警戒したが、今のところは問題なさそうだ。
「聞こえるな」
《はい。今のところ問題ありません》
「敵は行動に出るつもりだ」
《了解。直ちに機動隊に連絡。対策を仰ぎます》
役に立つか心配だったが、実戦でも問題はなさそうである。
だが、こっちもちゃんとした戦闘はあの航空機ジャックからしていない。
ジャックの時でさえ、まともな状態では無かった。
ちゃんと武装し、真正面から殴り合うのは、日本に来る前にオーストラリア軍特殊部隊を相手にした時以来かもしれない。
感覚は錆びていない筈だ。
それは殺し屋の真似事をして腕が鈍っていないからと自惚れている訳ではない。
感覚的に戦闘モードのようなスイッチが入ったのが実感できているからだ。
それこそ無人機などが、巡航モードから爆撃モードに移行するかのようだとも思う。
一瞬のうちに切り替わり、冷静さを保ちながらも敵を殺す覚悟というものが湧く。
感情的に戦闘をする事は案外簡単にできる。
敵が仲間を撃ったら誰だって感情が抑えきれずに激昂するというものだ。
それは子供であっても大人であっても変わらない。
女であっても兵士であってもだ。
憎しみという負の感情に流されれば自ずと殺意は湧く。
実際、そうなっているのを何度も見てきたし、そうなった相手とも戦った。
だが、機械的にというのはどうだろうか。
反射的でありながらどこまでも冷静で、敵と判断し銃を撃つ。
仲間を失っても数値的に判断をし、合理的に行動する。
普通なら無理だろう。
それはどこの国の特殊部隊だって無理だし、自分も出来ているか正直自信は無い。
それでも、スイッチが入ると、仲間を失って激昂する敵の頭を躊躇うことなく撃ち抜く事が出来る。
そいつの人生はどうだったとか、恋人がいたとか興味すら持たない。
標的、敵だから殺す。
仲間は殺された事は無いが、もしそうなったとして、それでも冷静を保つのだろうか?
「もし敵がジャミングを使ってくるならそろそろだ。警戒しておけ。ジャミングされると無線は切れるぞ」
《あの!それはどういう__》
ノイズと共に通信が途切れた。
間の悪い事にジャミングが始まったようだ。
ノイズから強力な妨害電波であることは容易に分かる。
問題なのは、それは外部電力による作動なのか、バッテリー駆動なのか。
前者ならここの電力供給を断てば解決する。
後者なら妨害装置を見つけて破壊する必要が出てくる。
複合型は考えたくも無いな。
数はこのショッピングセンターの大きさから見て、最低でも4つ。
こちらには大して影響は出ないが、警察にはどうだろうか。
フルオートのアサルトライフルを持ち、敵意をむき出しにして撃ってくる相手に情報を制限されて太刀打ちできるのだろうか?
日本の警察は世界的に見ても対テロの実戦経験が皆無に近い。
昔はあったとは言え、それでもその者達は既に引退しているか、死んでいる。
良く言えば時代が変わり、悪く言えばリセットされている。
その部隊が本物の戦闘を前にしても怖気付かずに戦えるのかは分からない。
他国の兵士であっても、自身が生死の瀬戸際にならなければ案外怖気付くものだ。
彼等は鋼鉄の如く心を鬼にして敵と戦わなければならないのだ。
そして対テロ部隊であったとしても綿密な連携と情報のやり取りがあってこそ、テロ部隊としての力を発揮できる。
制限された状況下で100パーセントのパフォーマンスを発揮するのは難しい。
混乱する前に敵の大多数を仕留めなければきっと被害は大きくなるだろう。
銃を撃ち合う事の無い平和な国で、フル武装したテロリスト相手に本気で殺し合いをする。
なんと皮肉な事か。
だが幸いな事に、妨害電波はある一定の周波数だけを無効にするのでは無く、もっと原始的で通信電波よりも強力な電波を発生させる事で妨害するというものだ。
これは彼等もまた通信が制限されているに他ならない。
これには彼等はどうやって意思疎通を取るのか考えものだ。
糸電話でも使うのだろうか?いや違うな。
固定回線を必ず使ってくる筈だ。内線でのやり取りは多少の難はあれど、十分な役割を果たす。
そうでなければ、そもそも交渉が出来ないからだ。
なら勝機はそこにある。
一方、フードコートでは。
数人が武器を構え、民間人を一箇所に集めだした。
「動くな!我々は日本政府に抗議する為、ここを占拠した!大人しく従えば殺しはしない!」
占拠している1人が武器を構えて人質となった民間人達を黙らせるべく、天井を銃で穴だらけにした。
きゃあきゃあ騒いでいた人質達も、自身へと死が迫ると、泣く事すら忘れて黙ってしまった。
それだけの恐怖を感じたのだ。
人質を容赦なく殺しにくれば、命惜しさに彼等へと手を貸し始める状況が完成する。
あまりのストレスにストックホルム症候群を発症してしまうのだ。
それは日本で起きた三菱銀行の人質事件がそうだろう。
日本政府と不知火 空に残される時間はあまり多いとは言えない。
そして、朝倉 由奈も恐怖で震えている1人だった。
「な、なんでこんなときにいないの……」
「大丈夫。きっと彼がなんとかしてくれるから」
弱音を吐く由奈とは対照的にこの状況でも冷静さを保つ浅乃 亜美。
今、この場にいる人質の中で最も冷静でいる。
怯えるなり、恐怖し動けなくなる者も多々いる。
「怖いよ……ママ」
「大丈夫。だから泣かないで」
泣き出す子供も出始めた。
感情の制御など、この幼い子供達にとっては至難とも言える。
大人だって恐怖に涙を流しているのだ、子供に泣くなというのは無理がある。
亜美は気付いてしまった。
泣く子供に向けるテロリストの目は非常に恐ろしい事に。
「大丈夫だよ。きっと大丈夫。私も一緒にいてあげるから」
亜美は子供の手を取って慰め、隣りに移動した。
その子供の親は、亜美がアイドルだと知っており驚くが、亜美はそれでも子供をあやした。
泣き止んだ事でテロリスト達は睨みを利かせながらも他の人質の見回りへと行ってしまった。
「ありがとうございます」
「大丈夫です。今は皆んなで力を合わせないと」
その顔はきっと希望を持っている。
それに触発され、周りに少し希望が持てるような表情へと変化しつつあった。
「電話回線が繋がらないだと⁉︎チクショーが!ふざけるな!これだけの為にどれだけ準備したと思ってるんだ!これでは聖戦が……」
テロリストの1人が日本語では無い言語で激昂していた。
想定外のアクシデントが起きたようだ。
綿密に組んだ作戦が思わぬ形で瓦解しそうだった。
これにはテロリスト達も少し焦りが見え出した。
彼等が望むシナリオは人質を使って日本政府と交渉する事、そして、有利な形で譲歩させる事だ。
それが使えないとなると、日本政府の高官と交渉が出来なくなったと同義だ。
しかも、情報が漏れないようにと工作したジャミングによって携帯も使えない状態。
まさかこれが自分達の首を締める事になるなんて思ってすら無かった。
彼等が置かれる状況とは、情報と切り離されてしまった孤立無援の愚かな戦士達と言うべきだろうか。
「ジャ、ジャミングを解きますか?」
「今からじゃ遅い。もう奴等も気付いている筈だ。悠長にしている暇が無い!」
「戦士長!ここは我々の威光を示す為、人質を我が神の下へと送るべきです!」
「あの男の娘を殺すと不利になる!」
「では、その友達にするべきだ!」
段々とその場が荒れ始める。
人質達もただならぬ雰囲気を感じ取り、また恐怖に包まれる。
自分達が今にも殺されそうな空気だ。
もう震える他に出来ることが無い。
テロリスト数人が由奈と亜美の前へと向かってきた。
「こい!」
日本語で亜美を立たせると無理矢理に引っ張って行く。
「亜美ッ⁉︎」
「大丈夫だよ。だからそんな顔しないで」
微笑を浮かべながら連れ去られる亜美を見て、由奈は自分の無力さを呪った。
今日、ここに来たいなどと言わなければそもそもこうはならなかったのに……
悔いと恐怖で今にも押し潰されそうだ。
「君、日本のテレビの顔の一つなんだろう?」
イライラする戦士長と呼ばれるテロリストの前に連れて来られた亜美は息を呑んだ。
これから死ぬかもしれないという恐怖、陵辱されるかもしれないという絶望。
頭の中でぐるぐると恐怖が回る。
「我々の為に、我々の民族が生き残る為に、生贄になって貰うよ」
それでも亜美は真っ直ぐな瞳で前を見続けた。
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