mission 23

なんとかこの場を切り抜ける事が出来たのだが、それも全て護衛対象が機転を効かせたのが大きかった。

服などを一気に変えて印象を変える事で無理やり逃れたと言っていい。

だが、あの場で注目を集めてしまった以上、敵側に素性がバレた可能性もある。

その点を考慮してこの後の行動を警戒しながら動かなければいけないだろう。



「ごめんなさい!」


「何故俺に謝る」


「きっとネットニュースとかに上がると思うの。だから先に謝ります」


「うむ、それは困るな……」



俺の顔が出回るのは非常にマズイな。まさかここまでとは……想定外だ。

これで切り裂きジャックの正体だと知られでもしたら……きっとアメリカを相手に毎日戦う羽目に……

社長に殺される……しかも銃殺とかでは無くて過労死でだ。

もしバレれば、このサミットの印象を落としかねない上、日本の地位も落ちる事だろう。

まぁ、日本の地位が落ちたところで俺には関係の無い話である。

だが日本もそれは理解している以上、なんらかの対策は取るはずである。取らなければ自分の首を絞めることになる。

その次の問題はアメリカの特殊部隊が嗅ぎつけることだろうか。

今まで3回ほど接敵し、彼等を全滅もしくは壊滅状態に追いやっている。

それはつまり、生き残った者の復讐心を煽る事になる。

彼等と戦闘を起こせばアメリカを良く思わない国が、アメリカを裏から攻撃する手段を見つけるという事にも繋がっていく。

裏の世界が俺一人によって掻き回される事になる。当事者と一緒になって。



「初めて見たわ。貴方が動揺するところ」



どうやら顔に出ているらしい。

自分でも考えてる以上にこの事を深刻に体は捉えているようだ。



「いや、なんでもない」


「なんでも無いような顔じゃないよ。何か問題あったかな?本当に大丈夫?」


「大丈夫だ……たぶん。仮に大丈夫じゃ無くても激戦区に送られるぐらいだ、問題ない」


「それ大問題だよ⁉︎」



冗談のつもりではなかったのだが、和むのならそれでいい。

野次に囲まれた時の緊張はだいぶほぐれたみたいだ。

しかし、本当に激戦区に送ったりはしない……と信じたい。



「よかったぁ……君はもっと冷たいのかと思ったんだ」


「結局冷たいのね。だそうよ」


「聞こえてる。それに言われ慣れてる」



普段仲間から言われ、戦場では冷酷な化け物だのと敵側からも言われる。

敵の場合は死ぬ間際が多いだけあってか、皆、ありえないなどと現実を認めない、もしくは恐怖を抱くかのどちらかだ。

結局慣れてしまったのか言われたところで何も思ったりはしない。

この2人は俺が戦うのを見ればどうなるのか少しだけ興味がある。

拒絶するか、恐れるか。

それはその時になってからしか分からない。



「でも良く分かんないなー」


「……何が?」


「格好いいのにどうしてこんな事してるんだろうって」


「格好良い?その目を取り替えた方が良いぞ。俺がそう見えるなら直ぐに病院にでも行った方が身の為だ」


「うーん……なんで素直にありがとうとか言えないかなぁ」



それでも少しでも近寄って欲しくない。

なのにこの女ときたら随分押してくる。

ただでさえ人と話すのは嫌いだ。

自分の性格を少しは面倒臭いとは思うが、これはばっかりは培ってきたものである為、どうしようもない。

仕事ある場合は幾分諦めが付くが、この緊張感のカケラも無いこの場所では何故かさっさと逃げたいと思う。

本能の逃走心だろうか?いや、単純に慣れていないだけか。

自分の性格は本当に面倒くさい。



しかし、どうしてこんな事を、か。

考えた事など無かった。

気付けば銃を持って戦い、あの女に拾われてからもずっと戦ってばかりだ。

これを苦に思ったりは稀にするが、それでも居心地は悪くない。



「ほら、見て回ろうよ」


「そうね」



どうやら民衆主義的で、帰ることが許されないらしい。



それからどれくらいたっただろうか。

フードコートで昼食を取ることになり、任務中は遠慮したい中、食べろ食べろとうるさい二人に囲まれて結局食べる羽目になった。

正直、この食べるという行為はあまり好きでは無い。

人間、案外食べ物に頼らなくても生きていける。

それこそ栄養剤を投与しておけば良い筈だ。

人間らしさは兎も角、必要な栄養を摂取すれば死なずには済む。

幸福度や満腹感に関しては度外視になるが。

それでも撃たれて胃や腸に風穴を開けられて二次被害を被るよりはいささかマシだと信じている。

戦場でそれを実行していたら、仲間に植物呼ばわり事になったのは忘れてはいない。絶対許さない。



「やっぱり和食より洋食?」


「いや、手が然程塞がれず簡単に処理できるものにしているだけだ」


「処理って……」



間違いではない。

腹に入ってしまえば質に関係なく栄養となる。

実際、戦闘に発展するかもしれない状況で呑気に食べてられるほど暇では無い、と思う。

手が塞がらず汚れずに済むのならそれに越した事はないのだから。

その点、手を汚さずに済むこのファストフードは俺にとって都合が良い。

会話を楽しむ2人を尻目にさっさと食べ終わる。



その後は時間を確認しつつ、多田さんから渡されたスマートフォンで流れてくる情報を整理する。

今の所、敵の行動は無し、警備はこれまで通り最小限で行うか。

軽く踏んでいるのか?それとも体験した事がない為にどう対処するか理解していない?どちらにせよ悪手だ。

多田さんに警戒すべきと送りつけるべきか。いや、今は駄目だ。

敵が情報に優れている場合、こちらに痛手を負わせてくる。

やはり無線封鎖を解くべきか。

こちらもこんな体験はない為に判断しかねる。どうするべきか。



「不知火君、不知火君」


「あ、ああ。呼んでたか」



そう言えば自分の苗字は不知火だったな。

危うく忘れるところだった。

多田さんもいつもは俺の名かコードネームでしか呼ばないから忘れがちだな。

日本だと苗字は重要だな。

覚えておかなければ。



「あの!お願いがあります」



神妙な顔持ちで俺に頭を下げ、何かを頼もうとする。

確か浅乃 亜美だったか。



「嫌だ断る」


「ぇえ⁉︎即答ッ⁉︎」



多少は覚悟はしていたようだが即答で拒否されるとは思ってなかったのだろう。

動揺が見られる。

だが、こっちは後3週間前後で会談の護衛がある。

一般人を相手にお願いを聞いている心的、時間的余裕は無い。



「ただでさえダブルワーク中なんだ。これ以上面倒を増やさないで欲しいんだけど」


「もう他に頼れる人がいないの」



そんな暗い顔をされても困る。

こんな扱い辛い俺を何に使うつもりなのか。

そもそもこんな平和な国に放り込むこと自体間違えだと言うのに。



「俺より条件の良い奴の方が多い。扱い辛い俺を使うぐらいならもっと好条件を選んだ方が身のためだ。紹介ぐらいはしても構わない」



関わりはかなり薄いが優秀な奴を一人知っている。

不知火 |夕(ゆう)。

従兄弟であり、同い年ながら日本の公安警察に身を置いている。

戦闘面では俺に劣るとは言え、それでも他は誰よりも優秀だろう。

戦闘一辺倒の俺と違い、彼には頭がある。

彼に任せた方がまともな護衛は出来ると信じている。

しかし、先ずは目の前の事か。



「聞くだけは聞く。まだ受けるとは言ってない」


「やった」


「言っておくが、俺の仕事は守る事じゃない。戦う事だ。君の依頼は予想通りなら護衛だろう?」



亜美がコクンと頷いた。

喜ぶのは分かるが俺の仕事を理解してなければそもそも話しが進まないというものだ。



「なら他を当たった方が良い。その問題になっている者を護衛中にこの世から排除しろと言うのなら別だ」


「………」



やはり排除はしたくはないか。

優しすぎるな。

だが、黙っていては話しが進まない。



「で、何から守ってもらうつもりだ?」


「……ストーカー、です」



傭兵である俺を……ストーカーからの護衛とは……

舐められたものだ。



「一応聞くが、期間は?」


「えっと、2週間後にある2日間のコンサートの間です」



時間もギリギリだな。

こちらも会談の会場の脆弱性を見つけなければいけないというのに。

もう少し余裕はないのだろうか。



「コンサートは中止に出来ないんです……でも殺害予告まで来て、どうすれば分からなくて…」


「日本の警察はなんと?」


「……会談の警備があって人員が割けないと言われました」



俺もその1人なんだがな……

泣きそうになりながら言われてもどうしようもない。

しかし、時期的に最悪だな。

なぜここまで被る上にこっちに流れてくるのだろうか。

やはり俺の運の無さの原因なのか……

警察が動けないとなると、アイツを頼るのは無理だろうな。

殺害予告…大分歪んでいると見える。

まぁ、それでも、殺害予告すら出さずに襲ってくる殺し屋と暗殺部隊よりは幾分か優しさと言うものがある。



「私からもお願いするわ。何とかならないかしら?」


「しかし……」



優先度と言うものが違い過ぎる。



「分かったわ。私がそのコンサートに行けば問題ないでしょ?」



恐れていた事を言い始めたぞ……

時間的にギリギリな状況、下手をすれば会談での死傷者を出す事に繋がりかねない。

だが、俺も頭は硬くはないと自負している。

スマートフォンのSMSでホーネットに会談会場の情報収集を一人で行えるか趣旨を伝えた。

すると、5秒もしないうちに返信が返ってくる。


《余裕です XD》


本当に余裕そうに顔文字までつけて来ていた。



「了解した。特別だ、受ける」


「あ、ありがとうございます!」


「ただしお前の雇い主に伝えろ。搾り取ると」


「うぅ……お手柔らかにお願いします」



休む暇すら無さそうだ。

そろそろ社長に辞めてやると直訴するべきか。

聞かなかった事にされそうである。

しかし、どうして問題と言うのは増えていくのだろうか?

問題と言う言葉がゲシュタルト崩壊しそうだ。

ついでに、このピリピリと殺気立つ空気も壊してほしいものだ。

どうやら、奴等もそろそろ行動に移すようだ。

2人に少しの間離席すると伝え、インカムのスイッチを入れた。

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