mission 21

「止めろ! やめてくれぇ!」


「…………」



命乞い。確か保身とも言う。

命のやり取りをする戦場では何度も見た光景だ。

何度も見てきて見慣れた光景。

実力が敵わぬ相手に嘆願する行為が果たして、奪う側からみればどうなのか?

滑稽なのか、同情なのか、それとも苛立ちが湧くのか?

未だに俺にはよく分からない。

生殺与奪を握った者は確かに立場上は強い。

相手の生き死にを自分の判断でどうとでもなるのだ。

一部にはその事に快感を感じる奴もいるらしい。

が、俺はそうじゃない。

仕事だから仕方ないと割り切れれば良いのかもしれないが、磨り減った心は何も感じないし思わない。

雇い主が生かすと判断すれば生かすし、殺せと言うならトリガーを引く。

今回も例外ではなく、依頼は殺害でありトリガーをいつも通りに引いた。

だが今回、兵士とは違い元から無抵抗な一般人を殺した。

自分は手がつけられない程の悪党だ。



死体になった殺害対象を見やり、ため息を吐く。

依頼者は山室 一、今回の依頼は日本に不利な情報を流す裁判官の抹殺。

殺し屋もいいところだ。

名前の再確認の為、死体を漁り身分証を取り出す。

身分証に記載された名前は依頼内容と合致する。

身分証の裏には日本では無い国の国旗がある。

白を下地にした真ん中に青と赤の配色をした丸。

どこの国だったか興味は無い。

あるどこかの国スパイだろう。



「ああ、終わった。死体処理は任せる」



山室 一の息がかかった警察に連絡を入れ、後処理を任せる。

山室 一を消す時、彼も消すべきか。

もし消すにしても、もうしばらくは先になりそうだが。

山室を調べると同時に回りの関わりのある奴を今のうちに調べておかないとな。

会談までに終わらせて置かねばダブルワークもいいところだ。

そのうち過労で倒れないだろうか?



しかし、無抵抗の人を殺したのは何度めだっただろうか。

初めて無抵抗の人を手にかけた時、どこかの誰かは死者の魂は天に召されると言っていた。

果たしてそれは俺を心配したのか、死んで逝った者の為なのかは分からない。

だが、宗教を信仰しない俺にとっては疑問に思うこともある。

その死者は魂だけになっても自分と言う個を保てるのか?そんな疑問だ。

思考をするのも理性があるのも全ては人間の頭の中にある脳だ。

ニューロンとシナプスの繋がり、その集合体によって個を保つ人間が、その体を捨てたのなら思考はおろか個を保てるとは思えない。

細胞が集まっての個なのだ。

それらを破棄する事は我を捨てるのと変わらない。

もし仮に魂があったとしても、今までの自分とは変わってしまうのではないか?

それこそ思考の出来ない空っぽの残骸になるのではないだろうか。

それは果たして自分と言う存在と言えるのか?

……死体に見慣れすぎたかどうでもいい事を考える。



俺は傭兵だ。戦う事が仕事だ。

武器を使い、敵を殺す。それだけでいい。

必要なのは奪う事であり、このような思考する事ではない。

何度言い聞かせたってこの頭は必要のない事を思考する。

これが不知火 空と言う個だ。いずれ失うやもしれない自分だ。

重さ100グラムも無く、1発20セントちょっとの値段の銃弾が、脳細胞組織を破壊し、滅茶苦茶にするだけで簡単に失われてしまうぐらいに脆い。

誰だってそうだ。どんなに頭の防備を固めても肩の動脈を切るだけで失血死だってありえる。

こんなにも脆い体に入っている魂とやらは一体何なのか?

いずれ答えは見つかるやも知れないが、知りたいとも思わない。

俺は自分と言う個を失ってまで天に召されたくはない。

俺が俺で無くなるだけじゃない。空っぽが嫌なのだ。

失うのなら全てを失いたい。心も体も、魂すらもだ。

たとえ電気信号が見せるだけの偽りの自分だとしてもだ。

奪われる事を覚悟していてもその時はまだ来ない。

来るのかも分からない。そもそも天に召されることはこないだろう。

逝くのなら下、地獄と言われている場所だ。

それでも、自分と言う個が失われるまで戦うのだろう。

それが不知火 空なのだから。





夜。再び、ホーネットと合流した。

相変わらずやり取りは英語だ。

互いに近況の報告をした後、会談の護衛の算段について話し合いをしている。

大まかには煮詰まっているものの、まだまだ足りない。



「どうだろうな」


「珍しく曖昧な回答ですね。まぁ、それでも心配する必要はないですよ?社長はイーグルの派兵を検討しているようですし」


「早急に決めてほしいのだが」


「現場にいる身としては同意見ですが。我々だけでも対処自体は可能です。社長がどう判断するかによって変わる程度ですから」



そう、目の前にいるホーネットも俺も、結局は一人で行動する事が多い。

それぐらいに力量があると言うのか、それとも協調性が無いのか。

元CIAエージェントであるホーネットは普段は情報を集めるのが仕事だ。

何故、アメリカのエージェントが傭兵になったのか未だに謎だが、それでもそこら辺の兵士より強い。

聞いても答えてはくれないが。

一度聞いた時、特殊な環境だったと言われただけだ。

俺もよく日本人でありながら、などと言われるがそれも特殊な環境がそうさせたと言っている。

結局は似た者の集まりなのだろうか。

どこかで他人とは一線を引いている。



「で、土曜日護衛をほっぽり出して女性二人に囲まれると言うのは如何なものかと思いますよ」


「片方は護衛対象の一人だ。俺も好きで行くわけじゃ無い」


「ショッピングモールですか……今週は控えた方が良いですよと言いたいですね」


「そうだな」



どうやら、裏でマズイ情報が飛び交っている。

殺し屋、テロリストなどなど……

活動が活発になりつつある。

それはコンテナターミナルの襲撃以降からだ。

世界各地でテロリズムが頻発し、|無政府主義(アナーキズム)を掲げる活動家達の演説がそこらで響いている。

過激な思想を掲げる活動家達は殺し屋を雇っているだのもう既によく無い情報まである程だ。

正直、殺し屋と一戦交えるのは避けたい。

護衛対象とその他一般人を巻き込まれると両方を守る保証が出来ない。



「一応、行く予定のあるショッピングモールのロッカーに武器は隠した」


「行動が早いですね。もしかしたらですが、連中仕掛けてきますよ」


「そうか……」


「政府機関にはもう情報はそれとなく流してあります。何かあれば早急な対処は可能でしょう」


「有能であればな」


「ですね。我々はそうである事を祈るしか出来ない。こっちも行動出来るようにはしておきます。最悪、この国から搾り取るつもりで」



ああ、本当に襲撃がない事を祈るしか出来ない。

コンシールドウェポンを携帯すべきだと判断するしかないか。

もし、襲撃があれば世界各国は判断を見直す事になる。

だが、それでも強行で開催などしようものなら……どうなるかは想像するまでもない。

永遠と認められぬ者同士の際限ない殺し合いが始まり、世界は混沌とする。

WW3が始まるスイッチがこの国にはある。

とんだ爆弾を抱えた国に雇われたものだと後悔するのは遅過ぎたみたいだ。

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