mission 20

混乱しているのか?

少し感覚が乱れている。

今まで知られてないと思っていた事が知られているのだから無理もない。

いや、一度だけジャーナリストに撮られた事はある。

それでもピンぼけした写真だ。

俺を特定出来る要素など、どこにもない。

嘘か真かはともかく、一般人相手に銃を抜いたという事実には変わらない。

しかも、自分よりも非力な相手にだ。

その事実を再確認にしたところでベレッタをしまうが、手遅れだろう。



「何故それを知っている」



俺の方が目を疑った。

銃を向けられたというのに怖がる素ぶりが一切ない。

むしろ、護衛対象の方が少し怖がっているぐらいだ。

芯が強いのか、鈍感なのか……

どちらにせよ普通ではないな。



「覚えてるかな?一度君に助けられたんだけど……」


「いや、依頼全てを覚えてられるほど暇ではない」


「貴方、どれだけ戦ってたのよ」


「ほぼ毎日だな」



どうやら納得はしたらしい。

が、悲壮に満ちた目で俺を見てくる。

どこかいけなかったのだろうか?



「前に日本にいた頃で絞ってみたら?」


「前は…日本で護衛した覚えはない。どれも戦闘だ」



日本のヤクザやら中国のギャングやらが抗争している場所に乗り込んで両方抹殺。だけならまだ良い。

日本の殺し屋と戦闘し、暴走して突っ走る警察機関の粛清、例を挙げればキリがない。

東南アジアの少年傭兵と殺し合った時は本当に日本にいるのか疑った程だ。

結局は裏の世界での悪同士の潰し合いでしかなかった。

決して表には出てこないような内容だ。

誇って誰かに自慢出来るようなものでは無い。

だからこそ、表の世界にいるような奴に合った覚えなど殆ど無いと言って良い。

稀に例外は合ったが、それは全てトラウマとなった学校で起きた出来事だ。

それに合理的に行動をする性格上、無償で人助けなどしない。



「そっかぁ……」



浅乃 亜美は聞こえるか分からないぐらい小さな声で「残念だな……」と付け足した。

聞こえているわけでは無いが、読唇で読み取った。

まぁ、日本語はあまり難しい単語は無理そうだ。

精々自分の語彙力の限界が読み取りの限界だろう。

それよりも護衛対象の目が怖い。

あの女にも似たような目付きだ。



「思い出してあげなさいよ」


「覚えてるのは……うむ、殺しきれなかった奴ぐらいだな。一々死ぬ人の名前なんて覚えてられないし、関わりが薄いとなると覚える方がどうかしてる」


「あはは……その通りだね」



乾いた笑みを浮かべる。

何か間違った事を言った覚えはないが、どうやら気に障ったらしいな。

こう言う時は話題を変えろと教えられた事を思い出し、実践してみる。



「で、そのアイドルとやらがこんな場所にいて良いのか?俺は言わば国家機密レベルだ。こんな奴と一緒にいると不利益を被ることになるぞ?」


「それ半分脅しじゃない」



半眼で睨まれた。

どうやら失敗らしい。



「脅してるつもりは無い。それに事実だ」



そう、後1ヶ月も無い内に開かれる各国首脳達が集まるサミットの護衛も任されている。

こっちが本命なのだが、他に問題があり過ぎて実感が薄い。

護衛とは言ってもこちらの任務はテロリストの襲撃阻止又は殲滅である以上、戦う準備だけしてればそれで良い。

それでも護衛対象はこんな破天荒なお嬢様ではなく世界のトップ達であり、そして俺は世界中で特殊部隊を相手にする|狼狩りの狼(パックキラー)と呼ばれる渾名の部隊に所属している。

相手にするのは世界中でも名が高く狼と呼ばれるような精鋭中の精鋭。

そんな奴に関われば当然良いことなど一つ無い。

寧ろ目を付けられ殺し屋を差し向けられる可能性すらある。



「テレビに出るような表の人間が、裏の世界に生きるような人間に関わるとロクな事が無いと言いたいだけだ」


「なら私はどうなるのよ」


「もう既に目を付けられているだろう。俺はその護衛だ。脅威が去るまでは諦めろ」


「ふーん。息が詰まりそうだわ」



何か閃いたのか「あ、そうだわ」と手を叩くと。



「ねぇ、亜美。土日のどちらか空いてる?」



何か予定を立てているようだ。



「一応、両方空いてるけど」


「なら久しぶり何処かに出かけましょ」



どうやらこれ以上ここにいても意味は無いらしい。

この後の午後からは総理の公務での護衛を控えている。

邪魔をするのも悪いし、早々に立ち去るべきだな。

足を動かそうと一歩踏み出した瞬間、いきなり襟を引っ張られる。

あまりつけた事がないネクタイが首を絞めに来る。

この護衛対象は自ら護衛を抹殺しに来たのかと思わされる。



「貴方も来るでしょ」


「いや、俺には別の護衛が」


「どうせ父でしょ。ならこっちから話しを付けておくわ」



頭を抱えたくなる。



「土曜日は予定を空けておきなさい」



どこに行っても暴君から逃れる事は出来ないのか。

そして、尚も襟を掴まれ、生殺与奪の権利はこの暴君が持っている。

抜け出せなくは無いが、ここで問題になるのも避けたい。

黙っていると、彼女は恐怖すら感じる笑みを浮かべ返事を求めて来た。



「返事は?」


「分かった」



もう逃げることは叶わない。

こうなる前に逃げておけば良かったと後悔することになるとはこの時は思いもしなかった。








彼は本当に覚えて無いようだった。

凄く残念だけど、仕方ないかな……

私と彼が会ったのはたった2回だけ。

1回目は十分も一緒にいたかどうか怪しいぐらいで、会話も一言か二言程度。

2回目もテレビ局で暴れ回る彼と一瞬目が合ったぐらいでしかない。

当然覚えられている訳もない。

でも、ちょっとは期待しちゃうのは間違っていないはず!



「行っちゃったね」


「彼、この後は父の護衛らしいわ」


「そっかぁ、お父さん総理大臣だったもんね」



私とは違い、護衛して貰える私の数少ない友達である彼女を少し羨ましくも思ってしまう。

命を狙われるのは嫌だけど、彼が護衛してくれるのならと考えてしまうと悪く無いかな、とも思う。




「で、あんな奴のどこが良いわけ?」


「えー、言いたく無いよー」



最初は助けて貰った時に見たあの暗い眼に惹かれた。

取り乱す私を落ち着かせる為にガスマスクを外して、「味方だ。落ち着け」と言った最初の一言は今でも記憶の片隅に残っている。

お腹を撃たれた母の応急処置をする彼は今でも格好良かったなぁ、なんて思っちゃったりもしてる。

それぐらい私の中では彼はヒーローだ。

例え、世界中に悪党だなんて言われても私のヒーローなのだ。

でもこれは私だけの秘密。

この思いが触れれば折れてしまいそうな私を今まで奮い立たせてくれている。



「でも、どうしてあの事を言わなかったの?」


「言える訳ないよ……」


「警察には相談したわよね?」


「うん。でも、事件性は低いって取り合ってもらえなくて……」



彼に、ストーカーされているから助けてなんて言えない。

彼は傭兵であっても、警察じゃない。だから頼める訳もない。

気になって一度彼の事を調べた事がある。

殆ど謎に包まれた黒髪の傭兵。

戦場という戦場を走り回り、狼を狩るはぐれの狼。

戦場の殺人鬼、切り裂きジャック。

ネットの記事にはそう書かれており、彼が戦った相手はほぼ全滅したと言われている。

全て英文だったけど、頑張って勉強して読んだ。

ある事ない事を好き放題に書いていたけど、彼が記事に書かれる通りの悪辣非道な悪者ではないと思う。

そして、彼を雇うには莫大なお金がかかるという事も知った。

そんな大金、私一人にはどうしようも出来ないし、事務所もそれだけの大金は動かせない。

彼はそれだけ大物だ。でも、それだけの力を持っている。

自分には持てない強さ。

それはどれだけ重圧なのだろうか、どんな苦痛であるのか、私には決して分からない。

けど、彼はそれでも戦っている。

私には持つことが出来ない勇気を持って常に矢面に立っている。

きっと私は彼にその勇気を分けてもらいたいのかもしれない。

けど、「持たない方が身の為だ」とか言われそう。



「大丈夫よ!私がなんとかするから」


「あはは…ほどほどにね…」


「でも、土曜日には絶対言うのよ。彼、ああ見えてとても忙しいみたいだから」



ああ見えてとはきっと、普段の彼なんだろうな。

今日初めて見た普通にしている時の彼はちょっとだけ頼りなさそうな感じだった。

でも、それは見せかけで戦っている時の彼はとても怖い。

由奈ちゃんはきっと普段の彼しか知らないのだと思う。

ちょっとだけ私が勝った気分。



「うん。頑張ってみるよ」



神様、どうかお願いします。

私に一歩踏み出す勇気をください。


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