mission 16
「何故だ……」
「何故もなにも、貴方は私の護衛でしょ。ならば、しゃんとしなさい」
傭兵として活動する俺が何故……こんな事をしなければならないのか。
何処かに労働の相談窓口はないだろうか?
今すぐ、辞めて帰りたい………
とは言っても会社として所属してはいないためにどうしようもないが……
「ほら、そこにも埃が」
「俺は傭兵であって、召使いとか執事とかではないんだぞ……」
「だって、護衛と言ってもする事なんて限られるでしょ。なら、活動しない時は私の言う事を聞いとけば良いのよ」
空き教室の一室を占領するこの護衛対象の命令のままに、俺は箒を持って掃除をしていた。
そんなの暴論だと言っても取り入ってすら貰えない。
ここの学園長に嫌味で「随分と良い教育なさってますね。すごく自由に過ごされてますが」と言ったが、「ごめんないさいね」と苦笑気味に一言の謝罪と、一枚の紙を渡された。
勿論、あの女からの嬉しくもない手紙である。
ストレスが溜まっていたのかその場で破り捨てた為に、内容は完璧には覚えてはいないが……
学校で過ごすからには学生らしくするように的なものから、護衛期間中は俺を自由に扱う許可と、仕事以外でこき使って構わないなどと書かれていた。
それを読んでしまったこの目の前の護衛対象は、嬉々として俺をこき使っている。
護衛をもこなす俺だが、ここまで仕事を棄てて帰りたいと思ったのは初めてかもしれない。
今までは曲がりなりにも護衛以外でこんな雑用はさせられた覚えはない。
まさに前代未聞というやつだ。
それでもこのブレザーの下には、ベレッタとナイフはちゃんと仕込んである。
箒を持ってるが……俺は傭兵。そう、傭兵である。
決して……召使いではない………と信じたい。
だが、やれと言われた以上、キチンとやらねば俺の気がすまない。
気付けば、空き教室から埃が姿を消した。
「やれば出来るじゃない。えらいえらい」
「俺を挑発しているのか?」
「褒めてるのよ」
「とても褒めてるようには聞こえない……」
こうも逆撫でされると、逆に怒る気力が無くなるはどうしてだろうか?
多分、俺自身がそこに興味を持っていないのがデカイのだろう。
そして、この護衛対象に対して無関心なのだろう。
いつからか俺の心は、あまり感情というものを出さなくなった。
本当にいつからかは覚えてない。
「それにしても随分と手先は器用ね」
「それだと、他は不器用だと言われているんだが」
「不器用じゃない。人付き合いとか、感情の出し方とか」
「人付き合いに関しては弁明するつもりはないが、感情が不器用ってどう言う事だ?」
「そこを一番弁明すべきじゃないのかしら………。まぁ、いいわ。それで、貴方の感情ってどこかぎこちないのよ」
「ぎこちない?」
「下手って言うか、作られたような……そんな感じがするのよ。違ったら謝るわ」
真剣な顔でそんな事を言ってくる。
流石は現総理大臣の娘なだけあってか、その鋭さには驚かされる。
いや、俺が隠すのが下手なだけかも知れない。
「いや、当ってる。正直に言えば、この今話してる感情は護衛対象に恐怖を与えないように無理矢理に作ってる。本当の俺を知れば、君は間違いなく近付かなくなる」
本当の俺は、あらゆる事に興味を持たない。
ただ、命令されるがままに武器を持ち人を殺す。
命を奪うと言う事に抵抗もないし、死ぬ人に対する思いも一切ない。
機械のように振り分けているだけのようなもの。
そこに感情はいらなかったと言えばそれまでかも知れない。
今だって、この目の前にいる護衛対象が死んでも何とも思わないのだろう。
それだと、仕事が失敗になるから防ぐ努力はするが。
「随分と面白いこと言うじゃない。なら、私と賭けをしましょう?」
凄く興味深そうに、こちらに視線を向けてくる。
遊ぶオモチャを見つけたような、そんな感じがするのは冗談だと思いたい。
この流れは、一番嫌な予感しかしない。
賭けとか言ってる時点で的中している。
逃げるならいまだが、逃がさまいと腕を掴まれた。
「私が思うに、貴方のそれって作られたように見えるけど無理矢理作ってるとは思えないのよ。それでも、相当に曖昧で凄く小さいのかも知れないけど。だから、私がそれを証明してあげる」
やはりこの護衛対象にとって、俺は暇つぶしには丁度良いオモチャのように感じたようだ。
賭けに興味はない。興味はないが……
逃げちゃダメなんだろうか?
何を要求されるか想像すらつかないし、きっとロクでもないような事を要求されそうだ。
「それで……そっちが勝ったら?」
「そうね……あなたが戦う理由を聞きたいわね」
「そうか……」
うむ。想像してたより軽いものだった。
別に大した理由は無いんだがな……
まぁ、それを今言えば間違いなく違う事を要求されるに違いない。
「で、こっちが勝ったらどうするつもりだ?」
「そんなのありえないから大丈夫よ。もし、万が一、奇跡的な確率であなたが勝ったら、そうね。人として扱ってあげる」
どうやら人として扱われてないらしい。
期待はしてなかったし、興味もさほど無かったが、本当に都合の良いオモチャとしてしか見てない。
しかもかなりな自信をもっているしで、やはり女というのは恐ろしい。
これも運が無い事の影響なのだろうか?
「突っ込まないのね」
「君よりももっとキツイ人がいるから慣れてる。傍若無人、唯我独尊などが服を着て歩いたような人だ。ファシストが泣いて逃げるほど容赦が無い」
「それは本当に人なのかしら」
「アレは人の形に収まった化け物だ」
そう、本当に容赦が無い。
俺は拾われる直前まで右も左もわからないまま、銃を握ってきた。
どこで学んだかさえ覚えてもいないのに、自然と体がソレを簡単に扱った。
まぁ、それが目をつけられる原因となり、あちこちからその力を手に入れようと色んな勢力が近づいて来た。
誰かの手駒となって戦うのを嫌った俺は、それをずっと逃げ続けて来たが、逃げながら戦うのにも限界があった。
あの女は、こっちが最も疲労が溜まる時を狙って、また最も油断している時に、手駒の中でも精鋭20名を使って無理矢理に捕獲して来たのだから。
それこそ誘拐、もしくは拉致だった。
抵抗虚しく捕まった俺は、あの女の前に連れてかれ──
「今日からお前は私のモノだ。今日から私のために戦い、私を守れ」
──と、出会った開口一番に宣言されて今に至る……
それからは、もう嫌になって思い出したくもない容赦の無さを体感した。
「トラウマなのね」
「あまり触れないでくれると助かる」
あれからずっと戦いに明け暮れていた。
やれタリバンに加担しアメリカを攻撃したり、アメリカに雇われロシアの特殊部隊と殺し合いを繰り広げたり、報復を望んだロシアに雇われアメリカの特殊部隊を抹殺したりと、やはり自分の人生はハードだと思う。
例を挙げるとキリがない。
それだけ人をこの手に掛けたのだろうが、殺して来たのは必ず武器を持ち、それを手に職を持つ者達だ。
彼等だって殺す覚悟も殺される覚悟もしている筈だ。
いや、そうでなければならない。
覚悟もないまま戦場に立つ者はきっと愚か者なんだろうが。
「終わったぞ」
「ご苦労さま」
丁寧に労ってくる護衛対象は相変わらず本に目を落としたままだった。
今は確か、放課後と言うやつらしい。
授業も終わり、生徒達は次々に下校している。
まるで他人事のように言ってるが、自分もその一部となっているのは少しゾッとするな。
箒を掃除道具が詰められたロッカーに戻した途端、暇になる。
今までこんなのんびりと過ごした事はないな。
何をしていいのかも分からない現状では、せいぜい侵入者がいないか警戒するしかやる事しかない。
しかし、この学園には護衛対象が2人もいるため、一緒に帰宅してもらわなければこちらも困る。
なんせ、体は一つしかない。
別々に帰宅していても体は一つしかない為に片方は守らなくなる。
帰宅させる時もこの国のSSと協力し、なるべく安全なルートを選んでいる。
「ただ立ってるだけなら座ったらいいのに。どうせ、やる事ないんでしょ?」
「……それもそうだな」
何故、この護衛対象は俺がやる事がない事を知っているのだろうか。
携帯電話も弄っていない現状では、そう捉えられてもおかしくはない気もするが。
「今、なんで分かった?とか思ったでしょ。教えてあげる。だって貴方、娯楽とか絶対知らないでしょ」
「?」
「要するに息抜きに遊んだりしないでしょう?ってことよ」
うむ、一理ある。
よく周りからビリヤードはどうだ?だの、ポーカーでもやろうぜだの、女ってものを知りたくはないか?だの、色々言われた気もするが、興味を向かなかった事を今になって知った。
あれは娯楽というやつなのか。記憶しておこう。
「その様子だと本当に知らなかったのね……」
「引かれても困る。こっちは戦いしか知らないんだから」
「……まあいいわ」
呆れたように言う彼女は立ち上がると自分の鞄の中を探り始める。
何を取り出すのかと思えば一冊の文庫本だった。
何がいいのかも聞く暇もなく戻ってくると、その鞄から取り出した本を俺に差し出した。
「読んでみなさい」
「なんて読むんだ?…ぎゃ、ぎゃく?」
「虐殺器官よ」
なんて物騒な名前だ。
しかし、俺のそんな思考など察しもせずに続ける。
「伊藤計劃のデビュー作で、この作品はテロリズムや戦争が世界中で起きる中………」
あまりに長い彼女の語り口からよっぽどその作品が好きなのだろう。
しかし、ページをめくっても俺にはほぼ読めない。
小説独特の難しい言い回しを書いているのだろうが、そもそもこの文を理解するのは難しいだろう。
そろそろ彼女の熱い語りも終わっているのだろうかと見ればまだ続いていた。
「でね、ここでは普通……」
「分かったからもうよせ、耳が痛い。そして俺には読めない」
その読めないの一言が効いたのか動きが止まる。
理性が戻って来たのか顔を赤く染めた。
多分顔を染めたのはガラにもなく熱く語る事への羞恥だろう。
少しのフリーズの後、再起動がかかったのかようやくその重たそうな口が開いた。
「ごめんなさい、私どうかしてたわ」
「翻訳版で書かれているなら探すから勘弁してくれ」
「あら、小説ってのは原文で読むから面白いのよ」
どうやら地雷を踏んだらしい。
彼女にまた火が付いたのを見てため息しか出なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます