mission 13
取り合えずだが、午前授業は終わった。
この4時間の授業で、やはり漢字の習得が急務であると理解した。
現代文という日本語の授業から始まり、日本史、数学、英語に至るまで全部が日本語だらけ。
数学は何をやってるのかさえ分かれば、別段日本語が読めなくても問題は解けたのだが、英語が致命的だった。
日本のお堅い部分を丸々残したこの授業は、固過ぎて理解に苦しむレベルだった。
と言うかこんなの世界で使わない。
無駄に形式にこだわり過ぎていると言うか、なんと言うか……
帰国子女である俺に試しに答えて見てくれと言うから、アメリカ訛りではなくイギリス訛りで答えるという嫌がらせを実行させて貰った。
当然、全員が何言ってんのコイツみたいな顔をするが、俺は悪くない。英語に訛りがあるのが悪い。
因みに君達の発音も訛りそのものだ。
それをカタカナ英語なんて呼ぶからややこしいが。
結局、イギリス訛りであると無駄に説明する事になったのは多田さんに言わないでおこう。
コレを聞いた多田さんはバカ笑いするに決まっている。
そんな感じで午前を終えた俺は教室の窓から這い上がって屋上で空を眺めている。
別に好きで窓から這い上がったわけではない。
階段から屋上に行こうと思ったが、鍵がかけられた上に|立ち入り禁止(キープアウト)と書かれたテープであからさまに塞いでいた。
この学校の一部を壊してまで屋上に行こうと思わない。
そのため、仕方なく這い上がったのだ。
ここなら誰にも邪魔されずにこのひと時を過ごす事が出来る。
あー、なんて至福の時間なのだろうか。
誰にも邪魔されないと言う事がここまで幸せであるとは。
戻る時は別の場所から戻らないと、騒がしくなりそうなのが面倒なところではあるが。
それでも十分な時間なのだろう。
屋上に来るまでに殺し屋の気配など全く無し、今も見える範囲には怪しい人物などいない。
凄く。いや、もの凄く平和だと言えよう。
つい先日に銃を握っていた事を忘れてしまいそうだ。
本当に銃の扱い方を忘れると、師匠と呼んでる人物から鉄拳制裁が待ってるから忘れはしない、多分……
この日本で活動するため、調達して貰った携帯の時間を見れば、まだ12:11と刻まれおり、昼の休憩時間が残り50分ほど残っている。
さて、どうしたものか………。幸いにも誰もこなさそうだ。
戦場と違って気を張り詰めなくていい分、このまま寝れそうである。
寝はしないが目を閉じて瞑想するぐらいなら、この持て余した時間も有効に活用出来そうだ。
「やっぱりここにいたのね。下が凄い騒ぎになってるわよ?」
どうやら有効的に時間を活用出来ないようだ。
「何のようだ」
「護衛対象に『何のようだ』って、随分と良い態度じゃないかしら?」
「うむ、それもそうだな」
「貴方、何も考えてなかったのね……」
どうやらこの国ではこの程度で騒ぎになるのを失念していたようだ。
いまいちこの国の感覚というものは分からない。
マニュアル本でもどこかに置いていないだろうか?
もし存在するのなら、直ぐにでも購入したいものだ。
だが、その本が日本語で書かれる事などまず無い。
となると、この国には置いて無さそうだな……
「私から説明してあるから今回は大丈夫よ。次回からは、誰かしらに知らせるなり、許可を貰うなりしてちょうだい」
思っていたよりもずっとこの護衛対象は気が回る。
騒ぎを大きくしない為に、取り成してくれたのだろう。
流石はあの大臣…いや、今は総理か。
その娘だけある。
「すまなかった。俺の確認不足だ。次回からは許可を貰うとするよ」
「へぇー、あなたって意外と素直なのね」
「意外とは心外だ。これでも日本の生まれだ」
「3年前まで死んでたじゃない」
「書類上はな」
なぜこの目の前にいる護衛対象がそんな情報をもっているのか?
というか、どこから漏れた。
多田さんか?いや、あの人は仕事だけは真面目だ。
必要最低限しか教えない。
可能性……十中八九、首相だな。
あの人が俺の国籍を無理やりに戻したのだから、その情報を持ち得ている。
だが、娘だからとそう情報を渡すような人でもない。
考えられるのは、この護衛対象が自ら問い詰めるなり、調べたりしたのだろう。
なんでだろうか、社長と近しい何かを感じる……
これはあまり仕事以外で近付きたくないな。
それでもなんと非常な事か……、会談までの期間は守らなければならない。
あまりこちらの情報を取られるわけにもいかない。
少し距離を取るべきだな。
「ねぇ、何故死んだ事にされてたの?」
「覚えてない。ただ覚えているのは、小さい頃に目の前で親を殺された。それだけだ。気付けば病院のベットの上だったのでね」
「怪しいわね」
「そう言われても困る」
本当に覚えてすら無い。
何が起きて、病院のベットの上で目覚めたのか。
俺にはその記憶がない。
目覚めた時には、目の前に居たのは両親では無く、同じような歳の子供達だった。
それから気付けば戦場をふらついて、いつの間にか社長に拾われ戦っていた。
そして、気付いたら|特殊部隊殺し(ネームドキラー)だのと呼ばれていた。
「まぁ、貴方が嘘を言ってる様にも聞こえないし、これ以上は聞かないわ」
「そんな事が分かるのか?」
「貴方の目は腐り切ってるけど嘘を付いているような目をしていないわ」
つまり、嘘を付いた時に目が泳ぐと言いたいのだろう。
そのトゲトゲしいのは些か気にはなるが、一々気にしていたら守るものも守れない。
それと、その気になれば目を泳がせ無くても嘘は付けるが、それは言わないで置こう。
今言えば間違いなく踏み込んで聞いてくる。
だからコミュニケーションとは難しいものだ。
せめて、相手が何を考えているのか理解出来るのならば、多分苦労はしない。
だけど、気付けばベットの上で目覚めた俺には、周りと違い、そのコミュニケーション能力を成長させる事など一切してこなかった。
知識では周りよりは持っていると自負するが、精神年齢に付いては……まぁ、あまり考えたく無いものだ。
「ねぇ、何故傭兵なんてやっているの?」
「全て成り行きだ。もし、海賊にでも拾われたら、海賊をやってたかもな」
凄く率直に思った事なんだろう。
成り行きで傭兵なんてやってるが、その理由は君には言えない。
これは誰にも言わないと決めた。
言ったところで、誰にも理解はされないし、される必要もない。
社長にはちゃんと話してはあるが、それでも賛同は出来ないと言われるぐらいだ
「なら、普通の人に拾われたら普通だったのかしらね」
「多分な……」
「随分と自信なさげね」
「いや、親を殺されてまともでいられるのか考えられないだけだ」
早くこの時間は終わらないものかと時計を見れば、無慈悲にも5分すら経っていない。
この素直な好奇心から聞いてくる護衛対象は、何の悪気もないのだろう。
ただ、この話す事などなくなってしまうこの状況で、その話題は俺には酷だ。
どんな事が悲しいのか、感情……心を押し殺して来た俺にとってほぼ分からなくなっているが、それでも誰かがいなくなると言うのは悲しい事だとまだ頭では理解している。
ぽっかり空いた虚無感こそが、その悲しみとやらなのだろう。
何故だろう?
この女と話しをしているからか、無駄に余計な事ばかりを考える。
これ以上は話すのは心の健康に悪そうだ。
「何処に行くつもり?」
立ち上がれば、訝しげな表情で見てくる。
そんな一挙動が怪しいのだろうか?
いや、音を立てずに立ち上がるのは流石に怪しいか。
「武器の置き場を確認しに行くだけだ。まだロクに見てないからな」
適当な理由を思い出して、その場を後にする事に成功する。
今回の仕事、思っていたより厄介だ。
こんな踏み込んで話しにくるのは初めてで、どうしていいのか分からない。
性格なのか、この国の国民性なのかは後で調べるとして……
給料分の仕事に合わないと社長に直談判したいが、それより先に武器の保管先と保管方法をどうにかしないといけない。
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