mission 9

「こっちが音楽室で、あそこに見えるのが職員室。で、図書館は__」



何だこの学校?妙に広い。

一応貰った学校の見取り図から大体の大きさは分かっているものの、学年毎に校舎が違うとは思いもしなかった。

漢字は殆ど読めないが、例えるなら川みたいな学校だ。

川の字見たく学年の校舎が並びそれを繋ぐように渡り廊下が何個もつながっている。

正面玄関は一番右の建物の中央だけで反対側にはグラウンド、下には体育館、その反対の上には備品倉庫。

逃げるのには便利だが、侵入するのも便利だ。

俺なら逃げれる場所を1箇所に絞りこませて全員殺せる。

だが、それを俺だけが出来るという訳でもない。

人数がいるなら封鎖して1箇所に絞り込めさえする。

もし仮に襲撃があるなら、予測出来る侵入経路の割り出しと予想出来る交戦距離、交戦箇所の割り出しを行う必要がある。



……と、まあそんな事を考える俺は、だいぶ一般人と離れている事を実感するな。

ここは日本。襲撃なんてものは無い。

あったとしても大体が単独犯の素人。

警察さえいれば十分に対処出来る。

俺のような戦闘のプロは必要無いのだから。

いや、必要になっては駄目なんだ。

俺の持つ力は殺す為のもの。



「……ねぇ、ちょっと!聞いてる?」


「……ああ。聞いてはいる」


「それだと、聞いてるけど、どうでも良いみたいに聞こえるよ」


「まぁ、実際どうでもいい……」


「そんな事は思ってても言ってはいけま、せんっ!」



俺の頭に伸びる手を無意識に掴んで捻っていた。

体に染み付いた動きは忘れようとしても中々に難しい。

隠そうにもちょっと気を抜けば直ぐに出てくる。

やっちまったと気付くのに遅れ、慌てて関節を極めてしまった手を離す。



「痛ッ…」


「…あ、すまない」


「君、武術でもしてたの?普通後ろから叩こうとしても反応出来ないよ?」


「かじる程度に」



実際は全く違う。

単に気を張り巡らせいるだけ。

と言っても半分無意識の内に警戒してるだけだが。

武術を嗜む人に比べるとかなり稚拙なものだ。

いつも戦ってばかりいた俺には丁度いいが。

だが、今回の護衛はいつ何処で襲われるのか分からない。

なんせ一ヶ月もあるんだ。

ずっと気を張り巡らせるのはかなりキツい。

テロリストが大々的に襲撃すると宣言して、首相とその家族までもが標的になっている。

襲撃を宣言した以上、この国の入国管理は厳しくなっている筈で、生半可なテロリストが入国出来る訳も無い。

だが、この国の殺し屋を雇うなら別だ。

いつ何処で襲って来るかも分からない殺し屋相手に3人を守るなんて事は難しい。

やっぱり殺し屋の襲撃に備えて一応逃走経路も追加して調べるべきだな。

殺気を隠して殺しにくる彼等を対処するのは俺一人じゃ骨が折れる。



「また、難しい顔してる」


「……そうか」


「君はここに来る前は何処にいたの?」


「アリメカだ」


「へぇー、君って帰国子女なんだ」


「そうなるな」


「君って会話する気ある?」


「いや無い」


「そこは嫌でもあるって言わないと。女の子が傷ついちゃうよ?」


「馴れ合いなんて御免だね」



傷ついて勝手に離れてくれて結構。

俺は傭兵、普通ではない。

普通の人とは考え方も価値観も違う。

全ては3年前に痛感した事だ。

俺の正体を知って、勝手に幻滅して、離れて行く。

そんなものは見飽きた。

だったら最初から近付かなければ問題にもならない。



「君はかなり変わってるね。3年前に会った子とよく似てるよ」



……ん?

予想外過ぎる返答に思わず足が止まる。



「その子ね。私が中学3年の時に転校してきたんだ。学年は一つ下だったけど、かなり有名でね。他校の不良30人をたった一人で倒しちゃったんだ」



待て……どこかで聞いた事があるぞそれ……



「その時、学校の子に絡もうとしてたのを追い返した報復で私に絡んで来たんだ。後輩が守ってくれたんだけど、多勢に無勢でね。もう駄目かと思ったんだ。けど、その子が現れて一瞬で倒しちゃったんだ。もうビックリ。私、剣道部だったけどその子の動きが全く見えなかったの!もう白馬の王子様みたいに凄くカッコ良かったのを今でも覚えてるんだ」



聞いても無いのに永遠と語られるのは反応に困るな。

日本でのコミュニケーションマニュアルでもあれば良いのに……

こういう時どう返したら良いかなんて分からない。

そもそも、何処が似てると言うのか……

依頼されない限り人助けなんてしないぞ俺は。



「その子、少年兵として戦ってたんだって。いつも諦めたような顔して、無口で、人見知りで、凄く強くって、それでも本当は優しくて。名前は聞けなかったけど、君と似て凄く変った子だったよ」



………思い出した。

確か通り道で急いでた俺の行く道を遮るようにしてた奴等か。

当時の依頼者に会うために急いでたのを邪魔されたから半殺しにした覚えがある。

弱すぎて依頼前のウォーミングアップにすらなら無かった。

そうなると、コイツもしかして3年前に関わった奴なのか?

あの理事長……知っててやってるな。

なんでこう、面倒な事ばかり身近で起きる……

けど、その認識は間違いだらけだ。

何時も諦めたような顔をしていた覚えは無いし、優しくも無い。

まぁ、諦めたような顔はたまにぐらいだ。



「残念だったな。俺は少年兵なんかじゃ無いよ。アリメカで過ごして来た普通の学生だ。普通のな」



悪いが知らないままで過ごして貰おう。

3年前の俺は彼女が思ってるような白馬の王子様ではない。

依頼された仕事を淡々とこなしていた傭兵だ。

護衛、殺し屋殺し、暗殺など……

表に絶対出ないようなものばかり。

褒められるようなものじゃない。

やり過ぎた結果、日本の裏社会に棲む奴等に俺のコードネームが知られた。

まぁ、知られてから殺し屋なんて近付いて来なくなったのは良かったと思ってる。



「そうなんだ。やっぱりその子と君は違うね……」


「あんたにかけた技は銃社会で身を守れるようにと知り合いに教えて貰っただけだ」



正しくは同僚又は上司に、だが

しかも教えて貰ったではなく無理矢理叩き込まれた、だ。

彼等は元特殊部隊だったりして容赦が無かった。

そんな人達に6年近くも囲まれていれば嫌でも覚える。



「馴れ合いが嫌いと言う割にはちゃんと話せるんだね、君」


「………」


「また黙る!」


「はぁ……。案内はここまでで良い。後は1人でなんとかなる」



悪いがこれ以上彼女といると変に喋りそうで怖い。

そこから過去がバレてしまえば3年前に会っている事すらもバレる。

それはマズイ。

3年前とは違う以上、揉み消しも上手くいくかどうか分からない。

最悪、存在を消してしまうという方法もなくはないのだが、それだと俺の寝覚めが悪い。



「ちょっと、何処に行くの⁉︎」


「安心しろ。これ以上見て回る必要も無いから理事長室に戻るだけだ。そろそろ別の客の話しも終わってる頃だからな」



まだ何やら言いたりないのか、こっちに向かって叫んでるが無視して、その場を後にした。




理事長室まで戻って来たのは良いが、話し声が聞こえないほど静かだ。

だが、人の気配は感じる。

俺がこの部屋を出てからまだ20分も経っていない筈だ。

とりあえずノックをして入室してみるが……

あのおっさんと葵が座っていた席に見知らぬ女性が1人。

思わずドアを閉めてしまった。

この学校の制服を着ているためここの生徒に間違いはないのだが、何故この場にいるのかが分からない。

転校としてこの学校にくるのは資料で見たところ俺1人だった。

それより理事長とあのおっさんは何処に消えた?



「いつまでそこに立っているつもり?中にでも入って待ったら?」



どうしようか悩んでいると中から冷たく鋭い声が響く。

日本だから入室して直ぐに銃を向けられる心配はないのだが、どうも警戒はしたくなる。

これ以上もたもたしてると更に冷たい声で早くしろと言われてもかなわないので、さっさと入室する。

入室するなり俺を値踏みでもするかのようにまじまじと見つめてくる。



「思ってたよりも普通ね。護衛と言うからてっきりシュワルツネッガーみたいだと思ってたわ」


「悪いが俺はT-800みたいに強靭でもメイトリックス大佐ほど勇敢でもない」


「あら知ってるのね」


「映画くらい俺でも見る」


「そう。なんだか頼り無さそうね。大丈夫かしら」



値踏みの結果頼り無さそうと判断はされてしまったが、この様子だと首相か理事長から俺の情報は聞かされてそうだ。

どう伝えたのかは知らないが。



「その様子だと、資料で俺の経歴くらい知ってるだろ」


「案外頭の回転は速いみたいね」


「あんたが朝倉 由奈だな」



俺が名前を呼ぶと、目の前の朝倉由奈は少し嫌そうな顔をする。

何か間違えたのかと思っていると、その答えを聞かせてくれる。



「ええ、そうよ。けど、そのあんたとか言うの気に入らないわ」


「ならどうしろと?」


「ここは日本よ。敬語でしょ?」


「そうですか、朝倉様。……これよろしいでしょうか?」


「思ってたよりも上手ね。やればできるじゃない」



己のプライドよりも任務を優先した結果、日本の慣れない敬語を喋る。

所詮、己のプライドなんて大したものじゃない。

一ヶ月も経てばまた元の生活に戻る。

そう諦めていると後ろから気配があることに気付いた。



「あら、あらあら」



理事長はニコニコしながらだが、一方の多田のおっさんはニタニタしていて正直気持ち悪い。

何に対してニタニタしてるのか分からないと更に気持ち悪さが3倍増しである。



「凄い。空が敬語を喋ってる……」


「一応だが、空君私と仕事として話す時は一部だけだけど敬語だからね」


「へー、そうなんですか」



その反応だと俺は敬語は一切喋れない人だと思われているのだが……

まぁ、日本育ちでは無い俺にとって敬語なんてsirぐらいだ。



「改めまして、不知火 空君。知ってるとは思うのだけど、一応自己紹介するわ。私は朝倉 由奈。この学園の理事長の娘にして今回の護衛対象の1人。大変不本意ながらあなたに任せる事になったのだけれど、あまり期待しないでおくわ」


「そうですか」



こう言われても何て返して良いのか分からない俺は反応に困る。

期待されるとかされないとか正直どうでも良い俺にとって勝手に危ない場所をうろちょろしなければ、それで良い。

何て返して良いか困ってる俺を見て理事長はフォローしてくれる。



「空君は、明日から由奈ちゃんと同じクラスに通ってもらうわ」


「了解した。ただ、襲撃された時の対処に遅れるから席はなるべく近くにしたい」


「その辺は心配しなくていいのよ。こっちでなるべく都合つけるから。それと、貴方の武器を置く教室なのだけれど、通うことになるクラスの一つ上の階に丁度使って無い空き教室があるからそこをつかってね」


「了解した。後で確認する」



突然誰かの携帯が鳴り響くと多田のおっさんが慌ててこの部屋から出て行く。

何があったのかは分からないが、今の携帯は非常連絡用だった筈だ。

重要な事なのかしばらく戻ってくる気配が無い。

静まりきった部屋で理事長が手を叩いて注目を集めた。


「さて、仕事のお話しはここまでにしましょうか。ねぇ空君。貴方はこの学校について何か思った事はある?」


「大きい。それだけだ」


「凄いありきたりな感想ね……」



そう言われても3年前に無理矢理中学校に通わされた学校と比べると遥かにでかい。

あまりこう言うところに来ないから、感想なんてそれだけしか持てない。



「他に色々聞いても良いかしら?」


「お好きに」


「ここに来る前は何をやってらしたの?」



どうやら本命はこっちみたいだ。

俺は包み隠さずにアメリカでやって来た事を話す。



「ここの前の仕事はアメリカの企業に依頼されてモーションアクターだ。他には麻薬を売りさばくマフィアの殲滅、CIAの依頼で中国軍の特殊部隊を殲滅したぐらいだな」


「凄いのね」



当然の反応だ。

普通ならこんな事を聞いて更に深く追求しては来ない。

理事長もどうやらその1人なのだろう。

しかしその娘の朝倉 由奈はどうやら気になった事があるらしく、俺に近いて目をキラキラさせていた。



「モーションアクターって、何をやっていたの?」


「撮影中の映画の戦闘モーションアクターだ」



どうやらその一言で更にキラキラさせる事を知った俺はこの人はかなりな映画好きなのだと理解した。



「具体的に教えて貰えるかしら」


「守秘義務があるので言えない」



別に守秘義務がある訳でも無いが、これ以上追求されるのも面倒なのでそう言った。

俺が敬語で言ってなくても、もう耳には入ってはおらず、残念そうな顔で元の位置に戻って行ってしまう。

ちょっと拍子抜けだが、まあそれはそれで良い。

それから普段は何をやっているのかとか、趣味は何だとか聞かれたが特に何もやってない俺は適当に答えて時間を潰していると、ようやく電話が終わったのか多田のおっさんが帰ってくる。

気のせいだと思うが顔が少し険しい。



「済まない空君。今からまた仕事の話しだ」



どうやら気のせいではなかったようだ。

さっきの電話はきっと上から良くない情報が来たのだろう。



「ついさっき、海上自衛隊の警戒網を振り切って日本の領海に侵入した不審船が一隻ある。どこの所属かは不明だが、向かっているのは東京港区にある国際コンテナターミナルだ。これは予想に過ぎないのだが、敵は夜にターミナルに侵入して来る。ジャック君には侵入した敵の排除を依頼したい。こちらから用意出来るのは一億」



……ほら来た。

多分不審船は民間船を盾に領海を移動したのだろう。

周辺の海域を封鎖した結果、コンテナターミナルに逃げる他なかった。

いや、そう逃げるように誘導したのか。



「敵の武装、人数は?」


「不明だ」


「10人以上の場合追加で貰うが問題は?」


「わかった。上に交渉しよう」



予想だが、これは多田の上の役職の奴が俺を不審に思い性能テストを含めた意味合いで求めたものだ。

なら、せいぜい踏ん反っている奴らを驚愕させて金を巻き上げれば良い。

俺に性能テストなんてものをするのがいけない。



「作戦開始時刻をPM9:00にして、武装はレミントンM870、ベレッタ90-two、グレネード3種、プラスチック爆薬を使用する。許可を」


「許可する。あー、協力したいと1人名乗り出ているのだが同行させても構わないかね?」


「ああ。邪魔だけはするなと伝えろ」



監視目的に付ける同行者か。

邪魔はしないだろうが役に立ちそうも無いな。

なら、せいぜい盾に使うとしよう。



「分かった。伝えておこう」



そう言うと多田のおっさんは携帯を取り出して、何処かに行ってしまう。

俺も、もたもたはしていられない。

現在は午後2時。

後7時間はあるが、先に行ってあちこちにトラップを仕掛けなければならない。

敵が潜伏を開始する前に終わらせなければトラップの位置がバレる可能性もある。

多分コンテナターミナルの閉鎖は済んでいる筈だから問題は無いだろう。



「すいません。今日はここで失礼させて貰います」


「ええ。気を付けてね」



武器を置く空き教室の確認と校内の危険ポイントと割り出しはまた後日だな………

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