mission 8

「失礼します、理事長」



多田の入室の挨拶と共にドアノブが捻られ、扉と床が擦れる音を響かせながらゆっくりと奥へ開いていく。



「はーい、待っていました」



椅子に座り書類と向き合っていた女性は、一度手を止めると、にっこりと微笑んできた。

3人をここまで案内した校長に促され理事長室へ入室する。



「お久しぶりでございます」


「ええ、お久しぶりね。そこの二人が今回の私の護衛に関わる人なのね」



理事長は俺と葵を見るが、何か引っかかる事でもあるのか、手元の書類と俺を交互に見つめてくる。

この手は三年前に散々やった下らないものだと分かってはいるのだが、毎回こう言う反応されるのはこちらとしても困る。



「日本…人?」


「…民族的に言うならそうなります」


「あら、ごめんなさい。ジャックなんて言うからてっきりゴテゴテの筋骨隆々とした外人さんだと思ってましたから」



3年も前に身につけた回避方法。

大抵これを言えばさらなる追及とかはして来ない。

大体はへぇーなどと少し困った顔をしながら会話は終了するからだ。

でもこの目の前の人はまるで違った。



「で、あなた。お名前は?本名はちゃんとあるのでしょう」


少しも困った表情すら見せない事に驚かされる。

それどころかテリトリーに簡単に踏み込もうとして来るこの感覚に少し恐怖を覚えた。

多分、目の前女性は俺の本名は知っている。

思い直せば、機密事項レベルの俺の名前を知ってるのはおかしい。

誰かが喋ったぐらいしか……あー、この横にいる男か……



「失礼な……これでも仕事は真面目にが鉄則なのでね」


「それで機密ある俺の本名を明かすのはおかしい。それと真面目の前に否定の意味である不を入れるべきだ」



何故、この男は俺の思った事を当てれるのだろうか?

超能力者か何かなのか……

しかし、本名をこう他人に次々教えられると名前を隠す意味もコードネームの意味もなくなってしまう。

少しは抑えては欲しい。



「あら、書類通りだったのね、ごめんなさい。そこの人の事だからてっきりこれも偽名なのかと思っていたわ」


「あの、お二人さん。私は真面目な役人……」


「真面目ではないな」


「真面目ではないですね」


「真面目じゃないでしょ」


「見事な連携におじさんちょっと感激。しかも隣からの援護射撃に胸が痛い」



少なからずダメージを受けたであろう多田だが、この目の前の女性は多田を知ってるのか、引いている様子はない。

俺はいつも通り引いているが。

正直クネクネされるのは見ていて殺意が沸く。



「自己紹介がまだでしたね。私は朝倉 美咲と申します」



改めてて目の前の理事長は朝倉 美咲と名乗りニコニコとこちらを見てくる。

一度、後ろの多田に目を向ければ、こちらが何も言っていないが頷いてくる。

日本人特有というべき察しろに何と言うべきか……

直接こうだと言ってくるのに慣れるとこの手は答えづらい。

試しに多田の言いたい事を察してみようとすると……

本名を名乗ってね、てへ。

こんな感じか……

この際再び本名で呼ばれる事に慣れなければいけないらしいな。

後で何かを奢ってもらうという意味で睨み付けると、察してくれたようだ。

便利だなと思うが所詮顔見知りにしか通用しないのが難点だろうな。



「コードネーム、ジャックで通ってる。不本意だがこの学校に通う間は本名の不知火 空と名乗る」


「普段はどちらで呼べばいいのかしら?」


「あなたを警備会社から派遣された"警備員"として護衛する事になる。普段の時は空でいい。ただ、非常時は傭兵のジャックとして活動する。今回の護衛の条件としてこの学校に幾つかの武器を置かせて貰う。見返りは有事にこの学校の防衛及び外敵侵入時の殲滅といったところだ」


「はい、分かりました。空教室を後で教えます。では、こちらからも一つ条件があります。普段の時は、と言うよりこの学校では不知火 空として生活して貰います。一生徒として生活して下さいね」


「……出来るだけは努力はする」


「喧嘩とかもしちゃ駄目ですよ」


「それなら大丈夫だ。多分喧嘩にすらならない」


「うーん……なら、こうしましょう。なるべく問題は起こさないようにお願いします」



問題?

俺がいる事自体が問題なのに他に何がある?

こんな危ない存在を学校に放り込む方が問題だ。



「要するに戦うなってことだよ空君」


「それは俺に仕事をするなと言ってるのと同じだ」


「敵ならまだしもクライアントの国民をボコボコも駄目だと思うんだよね。しかも未成年の一学生となると、ね」


「それは相手の出方次第だ。俺もそこまでお人好しじゃない。右頬を叩かれれば、相手の頭を撃ち抜くくらいはする」


「それ、殺しちゃってるよね⁉︎。せめて右頬を叩き返すぐらいにして欲しいなーとおじさんは」


「冗談だ」


「君の冗談は冗談に聞こえないんだよ」


「数カ所折るぐらいにしとく」


「それも駄目だってばー」



相変わらずこの多田の反応で遊ぶのは楽しいが、これ以上はやめておこう。

まぁ、いなすぐらいなら問題はないか。

最悪投げ飛ばせば実力差は馬鹿でも分かる。



「戦いはしないさ。いなすぐらいで抑える」


「最初からそれ言って貰えると助かるんだけどなー」


「では、よろしくお願いしますね。小さな傭兵さん」


「……了解した」



このニッコリと笑うこの朝倉 美咲の笑顔に裏があるのではと返事を躊躇いたくなる。

これからしばらくこの学校でお世話になると思うとぞっとするな……



「あ、そうだ!どうせならこの学校を案内した方がいいわよね」



そう言って理事長は机に備え付けられた固定電話を使い何やら内線で通話し始めた。

一体誰と話しているのやら。

直ぐに来て頂戴などと数言言いつけると、10分後ドアがノックされる。



「はーい、どうぞ」


「失礼します、理事長」


「突然呼び出したりなんかしてごめんなさいね」


「いえ、生徒会の仕事でしたらお任せ下さい」



入って来たのはこの学校の生徒?……みたいだな。

念のため警戒はするが移動の仕方は武術の達人でも殺し屋の気配を殺すようなものでは無いごく普通の一般女性の歩き方だった。

歩き方から武器も隠し持ってはいなさそうだ。

硝煙の匂いも一切しない。

これ以上は無駄になるため警戒を解くと、女生徒は俺に気付き、奇異な目でまじまじと見つめて来る。

警戒し直すべきなのか?

そう思っていると理事長こと朝倉 美咲が今部屋に入ってきた人を紹介しはじめた。



「この子は|陸田(むつだ)|梨沙(りさ)ちゃん。学校では生徒会長をしてくれてるの」



背はそこの葵より少し大きいぐらいか。

戦闘に不向きな長髪で髪を束ねずにおさげ?にしてる以上やはり警戒すべき相手では無い。

だが、向こうからすれば俺は不審人物だろうな。



「よろしくね。えっと、見ない顔だけど君は?」


「……不知火 空だ。訳あって今日から編入することになった」



予想外にも警戒した様子は無い。

一瞬コードネームを言いそうになったがいい止まり、本名を出した。

ここでコードネームを出せばいらぬ勘ぐりをされる。

問題を起こす訳にはいかない以上、情報が漏れやすい学校でこの名を名乗る訳にはいかないか。

普段とは逆で変な感じだ。



「そっか編入生かぁ。先輩としてこの学校で分からない事があったら何でも聞いて欲しい。私で良ければいくらでも力になるよ」


「そこで梨沙ちゃんにこの学校を彼に案内して欲しいのよ。他にも客人が来てるのにそこで待たせる訳にはいかないでしょう?」



隠すために見事にそこの2人を違う客人として扱ったな。

まぁ、その方がなんの支障もなくなるからこちらとしては好都合だ。

しかしこの理事長見かけによらずに色々と考えている。

何を考えているのかは謎だが、今はなんの問題も起こらないだろう。

これからの護衛がやり易くなるのなら何も言う事は無い。



「分かりました。では、客人を待たせるのもアレですので、彼を案内して来ます」


「ありがとう。頼みますね」


「はい」



そう言うとこの学校の生徒会長に手招きされるがままこの理事長室を出た。

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