奇跡
俺たちはシヴァの製造工場をあとにして、一旦補給の為にスカイラブの格納庫に戻ってくる。アルは依然として意識を取り戻さない。こんな時、何もできない自分の無力さが嫌になってくる。
「半日後、こちらも小型艇を使って最後の一機の追跡を開始する、ユニヴェールとシエルの整備は追跡中も継続する」
「わかった、じゃあ俺たちは整備を手伝えばいいのか?」
「いや、必ず戦闘になる、二人は半日の間に体を休めておいてくれ」
普段ならそれでも整備を手伝うと言ったかもしれない、だが今は素直にその言葉に従った。正直なところ今すぐにでも横になりたい。そうしてリフトに乗ろうとしたところで、医療班の医者や看護師の人たちがそのリフトから降りてきてアルに駆け寄る。俺もまた、つられるようにしてアルの元に足を運んでいた。
「これは……」
「先生、アルはどうなんですか?」
先生はアルの目を開いてみたり、心肺機能の確認をしてみたり、俺にはよくわからないことを様々した後、回答を渋るように口元を触りながらうつむく。そんな仕草をしないでほしい、アルはもう俺の中では仲間であって友なんだ。頼むからそんな、まるで死人をみるような悲し気な目で彼を見るのはやめてくれ……。
「残念ですが……」
やめろ……お願いだから……。
「彼は、もう目を覚まさないかもしれません……」
「かもしれない……?」
白衣に身をつつんだ医者はこちらを見て、曖昧な回答を残した。つまりまだ、生きている。死んでもいないしこれからすぐ死ぬわけではないということ……。
「な、なら先生、アルは生きてるんだよな?死んでないんだよな?」
「はい、死んではいません……ですが脳に重大なダメージを負っています……彼が目を覚ますのは明日か一ヶ月後か……一年後か十年後か……」
「それってつまり……」
「アルさんは今、極限に脳死に近い状態です、下手をすれば今すぐにでも脳は回復不可能な状況になるやもしれません」
その先生の言葉が終わる前には、ストレッチャーに乗せられたアルがリフトを使って上に運ばれる。脳死に近い……完全に機能停止したわけではないが回復不可能になるギリギリ手前のところにいる。
「お前は……まだ死にたくないんだな……」
「アイキ……大丈夫……?」
「ああ……大丈夫さ……」
エマは俺の肩にそっと手を乗せて優しく声をかけてくれる。俺はその手に、俺の手のひらをそっと乗せて応える。さっき俺を回収してくれた時に震えていた彼女の手は今でもかすかに震えていた。でもそれ以上に、俺の手も震えが治まらなかった。まるで互いに震える手を抑え合おうとしているようだった。
「なぁ一つだけ、この半日でやらなきゃいけない事があるんだ……」
俺にはやらなければならない事があった。コイツには俺と違って待っていてくれている人がいるんだ。ケーラ……彼女がこのことを知ればどんな顔をするのだろう。想像しただけでも心がえぐられそうだった。でも俺がやるべき事なんだ。そう伝えた後のオスカーの反応は、想像に
「アイキ、お前がそんな責務を負う必要はない、彼の事に関してはこちらから使いの物を寄越す」
「責任とか、そういうんじゃないんだ……ただ、俺が伝えるべきだと思ったから」
「アイキが、伝えるべき……?」
「ああ、一人の……友として……」
一時間後、着替えやら身なりを整えた上でアルが入ったアポロの病院に入った。そこに彼女がいることも既に知らされている。ケーラはアルが本当は何をしていたのかを知らない。ただアクティブスーツの実験としか聞いていないはずだ。
「あ……」
思わず、声が出た。病室に入った俺が最初に目にしたのは、ベットの隣の椅子に座っているケーラの後ろ姿だった。俺が歩み寄っても気付く素振りすら見せない。
「ケーラ……」
「……アイキさん……ですか……」
その言葉にはいつものような陽気さも、覇気もない。力なく今にも風が吹けば折れてしまう枯れ木のようだった。俺は何を言えばよかったのだろうか……ただ俺は彼女の悲し気な声に耐えることが出来なかった。
「アルは……俺たちスカイラブと合同でアクティブスーツの実験をしていたんだ……その時の事故で……」
俺は嘘をついた。アルが嘘をついていたのなら、それを無駄にするのは何か違う気がする。
「その……すまなかった……俺たちがもっと気を付けていれば……」
「違います……」
「え……」
俺の言葉をまるで遮るように、彼女はこちらを向いて呟いた。振り向いた彼女の目は、どれだけ涙を流したのかがわからないほどに赤く腫れあがっていたにも関わらず、優しく微笑んでいた。
「アルがそんな事聞いたら怒っちゃいます……人のせいには絶対しない人ですから……」
「そう、だったのか……」
「はい……昔からそうなんです……いつも自分だけ頑張って……空回っても誰のせいにもしない……昔からです……」
彼女はどう見ても無理をしている。俺がここにいることで余計に無理をさせてしまったのか、もしそうなら俺は、何をやっているんだ……。
「だから、謝らないでください……アルもそんな悲しい顔をされたくないと思います」
「そうか……なんか悪かったな、気の利いたことも言えなくて……」
「良いんです……変に気を遣われた方がアタシは嫌ですから……ちょっと席を外しますね……」
ケーラはそう言い残すと病室から出て行ってしまう。俺はアルの顔のそばに立つ。その左目の包帯が、今でも痛々しく巻かれている。人工呼吸器を使って呼吸をしているが安定はしていない。医師の説明によればこれから細胞活性化装置を使って脳細胞の修復をするらしいが、それで治るかの保証はないらしい。
「アル……俺は嘘をついたままにしておいたからな……本当の事を伝えたいなら、起きて、自分の口で伝えろ……」
そう言い残し、
「ぁ……」
「……え!?」
俺はもう一度振り返り、アルの方を見る。うっすらとだが開かれた右目。アルは確かに、目を覚ましていた。
「アル!!」
すぐに駆け寄ってナースコールボタンを押し、アルの顔を覗き込んだ。アルは力なく、右手を肘から先だけを上げる。その手をしっかりと掴み、アルの瞳をまっすぐ見つめる。
「ぁ……ぁぁ……」
「ああ……何も言わなくていい……いつか、ちゃんと帰って来いよ……!!」
俺がそういうと、アルは安堵したかのように小さく笑みを浮かべて、また静かに、目を閉じた。病室に看護師が駆け込んでくる。状況を説明し、医者まで来る。奇跡だ。医者はそういった。そうだ、俺は今奇跡を見たのかもしれない。でも夢じゃない、希望はまだ、そこにあったんだ。
***
アルが一瞬だけ目を覚ました。その知らせを受けたアタシは病院の中だろうとお構いなしに走った。病室に入ると、医者と三人の看護師、それにアイキの姿があった。私は彼らを押しのけてアルの隣に行き、その手を握った。
「アル……!」
「ケーラさん……アルさんが目を覚ましたのは、まさに奇跡と言えましょう……」
「はい……はい!!」
私は目に溜まる涙をグッと堪えてアルの閉じた瞳を見つめる。するとアイキは私の方に歩み寄ってきて、一枚の紙を私に手渡し、無言で立ち去っていってしまった。医師たちも細胞活性化装置の準備だとかで病室から出ていき、再び部屋は二人だけの空間になる。
「そうだ……さっきの紙……」
私はアイキに手渡れた四つ折りの紙を開く。そこにはたった二言だけが書かれていた。
「希望はある……俺の友達を頼む……」
希望……その言葉に私は、堪えていた涙があふれ出してきた。彼の眠るベットのシーツに頭をこすりつけ、シワシワになるまで握りしめて、大声で泣きじゃくった。もしあの時、アイキさんが来てくれていなかったら、私はずっとあの場で座り込んだままだったのかもしれない。きっと絶望の淵に立たされて身動きが取れなかったと思う。
「アル……アイキがね、友達だって……アルの事そう言ったんだよ……」
アルの頬を優しくなでても返事は無い。でもこの手に伝わるぬくもりが彼の生きている証。きっといつか目覚めるはず、希望は確かに……ここにあるんだ……。
「信じてるよ……アル……」
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