それぞれの行く先

 目が覚めた瞬間に私は理解した。私は敗北したのだ。私のような戦闘だけに生きた者ではない、ただの人間に……今最も幸いなのは生きていること。あの状況で生かされ、それも放置されたという事は奴らがそこまで頭が回っていなかったのか、もしくは私に構っている暇などなかったか。


「いづれにしても、私は運がいい……」


 しかしこのまま終わってしまっては私の今後の活動に支障をきたす。依頼人である所長が死んでしまったからには戦闘データのコピーをマーキュリーかジェミニあたりの都市の技術者に売って稼ぎにしなければならない。しかしこのようなデータを送れば今後の依頼は間違いなくなくなってしまう。


「なんとかして挽回しなければ」


 そう、本来傭兵には二度目はない。一度のミスで信用を失い、仕事はなくなる。むしろその一度のミスで命を落とすことだってある。ならば挽回する方法は一つだ。奴らは恐らく、ダミーとは別に射出された五機のシヴァを追うだろう。ならば私が取る選択肢は簡単だ。


「ふっ、今回は楽な仕事になりそうだ……」


 そうとなればさっそくその準備に取り掛からねば……そう思い私の目に飛び込んできたのは宙を舞う一つのストライカースーツ。オレンジ色の装甲板で身を包み、その手に双刃刀を握ったそれはほぼ大破しているとはいえ、ここに大量に転がっている量産機とは違う、まるで別次元の磨かれ方をした宝石のように輝いて見えた。


「あれは……使えそうだな……」



***



「お姉ちゃん、どこに行くの?」


 長い銀色の髪をなびかせて私の前を通りがかったのは私、ミーシャ・クロイツの姉、マーシャ・クロイツ。姉は修理を終えたばかりのストライカースーツ「ペルーン」を着用し、宇宙に飛び立つ。私もまた、ストライカースーツ「スヴァローグ」を着て、その後を追う。


「この先って……ソユーズテストの基地……だよね?」

「ああ……」

「何をしにいくの?」

「使えるものを拾いに行く……」


 あの日、エマさん達に敗れた私たちは、基地に戻りストライカースーツの整備を進めていました。エマさんのシエルを解析した時のデータを使って大気圏突破が可能な仕様へと、どうにか調整することができた。でもお姉ちゃんが、あれからもっとひどく変わってしまった。


「ねぇお姉ちゃん、使えるものって何を使うつもりなの?」

「……アタシたちだけのシングルストライカー計画……その完遂に必要なもの……くひひ」


 あれからずっとこの調子……私たちだけのシングルストライカー計画。それはずっと昔から言ってきた。私たちを捨て駒のようにしか使わなかったジェミニに一泡吹かせるため、他の都市に私たちの実績を認めさせるため。そしてなにより……。


「世界中のみんなに……私たちの存在を知ってもらうため……これはそれに必要な事なの?」


 お姉ちゃんは何も答えてくれない。一度壊れて、自暴自棄になっていたお姉ちゃんの姿は目も当てられなかった。だけど、まるで心を失ったかのような姿はもっと見たくない。それにこの計画を成功させても私たちを世界中の人が見てくれる可能性なんてゼロに等しい。なぜなら記録には観測者が必要だから。私たちには観測者はいない、だから地球に降下したあとで、月にデータを持ち帰らないといけない。地球から宇宙に出る事もまた、容易ではないらしい事から現地で協力者を作らないといけない。考え事をしているうちに目的の基地に到着したけれど、なぜか基地はほぼ全壊といった状況だった。


「拾える武器や弾薬、推進剤に装甲板……整備に使えるものは全部積み込め」

「う、うん……」


 拾うのはここで量産されていたストライカースーツの残骸パーツ。同じような姿かたちをしている上、百はあるそのほとんどが胸のあたりを貫かれて機能停止だけさせられている様に見えた。


「お姉ちゃん、どれ拾えばいいかな?」

「装甲板と推進剤を優先しろ……弾薬は後回しでいい……」


 ある程度拾い集めて、近くにあった手ごろなサイズ……といっても10メートル四方の大箱だ。それに色々詰め込んでから今度は床に空いた穴の方を覗く。そこには他と似ているけれど少し違うストライカースーツがボロボロに粉砕されていて、その近くには大量の血の球が浮いていた。


「ここで戦闘があったのかな……」

「どうした……?」

「お、お姉ちゃん!?」


 突然後ろから肩を掴まれての接触回線で声を掛けられ、思わず体がビクンと跳ねる。振り返り見えたのは、バイザー越しに見えた光の無いお姉ちゃんの瞳。


「それの残骸、拾っておけ……」

「う、うん……わかった」


 お姉ちゃんに言われて回収をしようとした時だった。このストライカースーツは見たことのない形の銃と剣を持っていた。持ってみるとこのスヴァローグでも持つのがやっとな重さに体がふらつく。なんとか体を安定させて壁に向かって試し撃ちをしたその時、その衝撃に体が後ろに吹き飛ばされた。


「な、なにこれ……!?」

「なんなの……?」


 私の撃ったレーザーのようなものは壁を焼くように貫いていた。その威力に私は思わず腰を抜かしてしまいそうだったけれど、それを見るなりお姉ちゃんは、このレーザー銃を私の手から持って行ってしまった。


「私がこれを使うわ……」

「でもお姉ちゃん……」

「これだけの威力があれば、十分あのストライカースーツに復讐出来るわ……」


 復讐……そんなものの為に戦うなんて命を無駄にしているようなもの。止めたくてもお姉ちゃんに私の声は届かない。もうずっと、私の言葉は聞こえているようで聞こえていないから……。


「そろそろ引き上げるわ……」

「うん……わかったよお姉ちゃん、でも少し待って」


 私もこの地下から出ていこうとする前に、レーザー銃で空いた穴の奥を調べてみる。そこは大量の電子端末が並ぶ部屋で、私は唯一生きていた端末を起動させる。


「五機のストライカースーツ、シヴァディスパイアーによる……地球全土への強襲作戦について……」

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