決意
身体が重たい。まるで全身に重しを乗せられているようだ。
「はっ……!」
目を開いて見えたのは、低い鋼鉄の天井。横を見ると男たちが慌ただしく叫び動き回っている。よく見れば俺は固いベットの上で横になっていた。ゆっくりと起き上ると、一人の男がこちらに気付いてこちらに駆け寄ってきた。
「アイキくん!目が覚めたんだね、身体の調子はどうだい?」
「ああ……俺は確か製造工場にいたのに、なんで……」
「オスカー所長がキミを連れて来たんだ」
ジェラードとの戦いを終えて意識を失った俺を、この小型艇に連れてきてくれたのはオスカーらしい、今破壊作業の真っただ中という事を聞き、俺は立ち上がり、もう一度降下して作業するために準備を始める。しかしその時俺の目に飛び込んできたのは、目も当てられない姿になったアルだった。
「おい……これは、どういう事ですか……」
左目とわき腹を包帯で巻かれて眠っているアル。だが包帯からはみ出た焼けただれた顔の皮膚を見るだけで、包帯の中がどんな状況なのか容易に想像できた。左目を潰されたんだ。それと同時に周りを見渡してもトラオムがない。
「トラオムには限界がきていたんです、もし小型艇の中で修理が間に合わなかった場合誘爆して撃沈します、そのため破棄することとしたんです」
俺に優しく声をかけてくれたこの人はアルの、アポロの整備員の人だった。きっと悔しくて仕方がないはずだ。俺はこの人たちの思いに報いたい。俺はユニヴェールを身に纏って再び製造工場に降下する。残り時間はあとニ十分、残機は十機、この分ならなんとかなる。俺は最初に見つけた標的にパイルバンカーをぶちかまし、破砕する。
「すみません!お待たせしました!」
「アイキ!目が覚めたのね!」
最初に聞こえてきたのはエマの声、レーダーではかなり遠くで作業しているが、誰よりも早く応えてくれた。
「目が覚めたか、なら頼むぞ!」
「ああ、任せろ!」
俺は次々と残りのシヴァを破壊していく。そして、最後の一機を破壊したその時だった。工場内が赤いランプで真っ赤に照らされ、警告音と音声が通信に割り込んできた。
「緊急射出システム作動、カウント100」
「な、なんだ!?」
すると小型艇の方からこちらの全員に通信とレーダーに位置情報が送られてくる。
「み、皆さん!ここから1キロ先で突然宇宙港のハッチが開きました!」
「それがどうした!?」
「カメラの映像をそちらに送ります!」
その映像に映っていたのは、俺たちが今まで破壊していたそれと、少しだけ形の違う姿をした、五体のシヴァだった。その五機は今にも飛び立とうとスラスターを噴かしていた。
「本命はこっちだったってか!時間は!?」
「あと一分です!とても間に合いません!!」
「いやまだだ!!」
誰もが諦めていた。だがそんなの俺は認められなかった。ここまで戦ってきた全部を、無駄になんてできない。そして何よりも……。
「気に入らねぇんだよ、そういうやり口は!!」
「あ、アイキ!?」
俺は全速力でシヴァの出撃しようとしている宇宙港に向かって飛んでいく。20秒で500メートルを走破した俺の視界に五体のシヴァの姿が映った。あれが一体でも地球に行ってしまえば、甚大な被害は免れない。俺は飛んでいく勢いを殺さず、そのまま左手を構えて五体のうちの一体に急接近する。
「ぶっ壊れろぉぉぉ!!」
俺のパイルバンカーが一撃で一体を沈黙させる。すぐにパイルバンカーの再装填を済ませて、二体目の正面に立つ。あと10秒を切った……。二体目を破壊し、三体目を貫いたその時、残りの二体が爆発的な速度で二手に分かれて発進する。
「逃がすかぁ!!」
俺は
「あと、一つ!!」
だが、最後の加速を掛けようとした。しかしなぜかユニヴェールは俺の要求に応えようとはしなかった。いくら背中のメインスラスターを噴かそうとしても煙を噴くばかりで前に進まない。
「おいどうした!動け!動いてくれ!ユニヴェール!!」
機能停止したストライカースーツはただの重しにしかならない。動かない体をどうにかして動かそうとするが、もう反応すら示さない。ユニヴェールは酸素供給機能以外のすべての機能を停止した。
「頼むから……動いてくれよ……」
俺が無理させたのはわかっている。俺の無茶にいつも応えてくれていたのもわかっている。でも今回だけ、今回だけでいい。俺の声に応えてくれ……。
「アイキ……ヤツの阻止はもう……理論的に不可能だ……」
「オスカー……あれを野放しにすると、どうなるんだ……」
頭ではわかっている、理解もしている。もうどう頑張ったって間に合わないし、地球の被害は回避できない。もし俺に特別な力でもあればと思っても、現実にそんなものは存在しない。
「あれを放置すれば、地球の人口の、少なくとも十分の一は死滅するな」
「あれがそれまでにかかる時間は?」
「……到着が明日と考えても、およそ二日か……」
人間の十分の一が死滅するならば、他の生命体はどうだ。もっと甚大な被害が出てもおかしくない。それにどれほどの自然が犠牲になるのか。そんな不条理は理解できたとしても、納得できるはずがない。
「ユニヴェールを……一日で直してくれ……」
「しかし……」
「頼む……」
俺はまだ、あの青い星に降りる夢を……エマと二人であそこに行く夢を諦めていない。一度やると約束したんだ。絶対に諦めてたまるものか。
「私のシエルも、お願いします」
「エマ……」
通信越しに小型艇内のオスカーとエマの会話が聞こえてくる。彼女のシエルもまた、限界が来ているのだろう。だが、その声色に諦めは絶望は感じなかった。
「アイキ、ちょっと良い?」
「なんだ……?」
エマは俺だけに聞こえる直接回線に切り替えて声をかけてくる。わざわざこんな時にどうしたというのだろう。
「アナタは、まだ諦めていない?」
「ああ、絶対に諦めない」
「そっか……じゃあ私も、諦めない」
「最初から諦める気なんかねぇだろ」
「そうね、答えなんて言う前から決まっていたわね」
彼女の声は震えていた。きっと本音では諦めかけていたのだろう。だからそんなことを聞いてきたんだ。もし俺が、少しでも迷いを見せれば彼女は諦めてしまっていたのだろうか。俺がオスカーとエマに回収されながら見た彼女の顔は、バイザー越しにでも涙ぐんでいるのがわかった。俺は彼女の頬を右手でそって撫で、彼女はその手をぎゅっと握った。
「アイキ……」
彼女の涙を見ると胸が苦しくなる。心が締め付けられるようで耐えがたい。俺は本当に、彼女に惚れてしまっているんだと、改めて自覚させられると同時に一つだけ決意した。彼女は何があっても、俺が守ろう。たとえこの命が果てようとも、最期まで守って見せる。
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