かすかに残る希望

 量産シヴァの製造工場の天井を破壊して侵入した私を出迎えたのは、弾丸の雨だった。何十といるアクティブスーツの大群相手に私は、なるべく体を縮めて装甲板で体をガード出来るようにバイザーだけは腕で守りながら降下する。空いた片方の腕に握ったライフルを腰で肘を固定した状態で撃ち、一人ずつ確実に仕留めていく。


「なんなのよ、この数は……!」


 たかが作業用のアクティブスーツに銃火器を持たせただけって言っても、間違いなく30人以上いるわ、シエルの武装は大人数相手は相性最悪なのに……。この状況を打開するにはシヴァを盾にするのが一番ね。


「しょ、所長!敵が36号の後ろに!」

「うろたえるな!包囲して殲滅する!」


 私の左右に展開しようと走る男たち、だけど、それならそれで好都合だ。私は両方の腰に下げていた小機関銃を手に、両手を広げて左右両方に一斉に射撃を始めた。


「うわああああ!!」

「所長!ヤツが撃ってきました!」

「見ればわかる!」


 五人しか殺れなかった……こんな奴ら、人間だと思っちゃダメ……大量虐殺のマシンなんか作りだして、平然としているなんて、そんなの人間の出来ることじゃない。


「銃口を向けられただけでギャーギャーわめくんじゃないわよ……殺られる覚悟が出来てないなら、今すぐ失せなさい!!」


 シヴァの影から瞬間的に飛び出て両手の小機関銃を乱射する。それでもうまく隠れた敵はほとんど倒すことは出来ず、もう一度シヴァの陰に隠れる。もっと爆発物みたいなものがあれば……。


「ん……?これって……」


 私はシヴァの背中に取り付けられていたミサイルを一つ拝借する。地球に落としたらかなりの被害が出るって聞いたけど、脅しには使えるかもしれない。シエルとシヴァのミサイル部分をコードで繋いでデータをハッキングする。この36号のミサイルの制御権をシエルに移譲。


「き、貴様!隠れていないで出てこい!」


 向こうの方から声が聞こえる。それならご期待に応えて、登場させてもらいましょうか。ミサイルポット一つ肩に担いでニヤリと不敵な笑みを浮かべながら。


「ぎゃあああ!」

「あの女!シヴァのミサイルを!」

「ううううろたえるな!ここで撃てばやつも巻き添え、ただの脅しだ!」


 そうよ、これは脅し……でも、ちょっと惜しいわ、私が備え付けのトリガーを引くと、ミサイルが轟音を立てながら発射する。


「うわああ!ほ、本当に撃ってきたぁ!!」

「総員退避ー!!」

「バーカ……」


 アンタ達に向かって撃つほど私もバカじゃない、なんのためにわざわざミサイルの制御権奪ったと思ってるのかしら。私が放ったミサイルは、敵の大群の間をすり抜け、その途中で急上昇し、天井に貫いた。


「ば、爆発しない…?うぁ!?」


 爆発せずに宇宙に放り出されたミサイルを見て呆然としている敵の頭を確実にライフルで撃ち抜いていく。それに気付いた敵はまたこちらに反撃してくるけれど、今のも含めて20人以上を殺した。もうあと少しだ。


「貴様!ミサイルに何をした!?」

「何をしたって……あのね、本来のアクティブスーツってのは宇宙空間で作業するためだけのもの、危険物の処理だって想定されて作られているんだから、接続さえできればシステムが勝手に対応してくれるのよ」


 そう、アクティブスーツにはもともと危険物処理のシステムが組み込まれている。このストライカースーツだってアクティブスーツの改良アレンジに過ぎないのだから基本構造は同じなのだ。まともな物を作ってないから、そんな基本的な事を忘れてるのよ、技術者や研究者のくせに。


「所長!何をなさるおつもりですか!?」

「ええいどけ!これを使えばあの化け物とてただでは済むまい!」


 何やら騒がしい様子を再び盾にして隠れたシヴァの影から見ると、他のシヴァに取り付けられていたレーザー銃を一人が手にしていた。


「ダメです所長!それの反動は通常のアクティブスーツの強度では耐えきれません!」

「構わん!ヤツを始末さえ出来るのならば!」


 すると止めるのを諦めた部下たちが取ったのは更に恐ろしい選択。彼らもまたシヴァのレーザー銃を手に取ってこちらに向けて構えてきたのだ。


「ならば我々もお供します!所長!」

「嘘でしょ……!?」


 ここに隠れていては殺られる。そうなる前にと駆け出した直後。レーザーの光線が一斉にこちらに向かってくる。半数以上は私に当てれてもいない。でも半数は直撃コース。私は首を腕を足を、全身を複雑に捻りながら回避する。


「うぐっ……!?」


 だけど、直後に感じたわき腹の焼かれるような激痛。レーザーの一撃が右のわき腹を掠めていった。焼けたスーツはすぐに酸素漏れ防止の機能で閉じられるけれど、この火傷は治してはくれない。その直後に別の場所で天井が突き破られた。


「な、なんだ!」

「ええいジェラードのヤツめしくじったな!」


 あれは間違いなく、アイキとあの傭兵を名乗る男だ。私が物陰に隠れるとほぼ同時に通信がかかってくる。


「エマ!そっちは進んでないのか!?」

「こ、こっちも妨害を受けてて、ああもう!!」


 言いたいことはわかるけど、この状況は私にとっては最悪なのよ……。私は空になった弾倉を投げ、別のところで音を鳴らす。


「空の弾倉!?しまった!!」

「もう遅いわよ!!」


 敵の意識がそちらに向いたその一瞬、私は彼らと同じようにシヴァの腕から奪ったレーザー銃を照射し薙ぎ払うように敵を撃っていく。腹部を焼き切られた者達はその場に倒れ、以後なんの反応も示すことはなかった。


「おわった……ぐっ、いたたた……」


 腹部を抑えて座り込むと、私やアイキが空けた天井の穴から大量のアクティブスーツが降りてきた。


「もう勘弁してよ……」

「エマ、聞こえるか!」


 しかし、敵かと思っていたアクティブスーツから聞こえてきたのはオスカーさんの声。彼は私に手を差し伸べ、立ち上がらせてくれる。


「これは……どういうこと?」

「このソユーズテストの軍事施設は完全に制圧した、しかしシヴァのプログラムをどうやっても解除出来ない、手の空いてる者は全員破壊作業に入る」


 なら私もと、パイルバンカーを構えると、後ろからその手を掴まれて静止される。


「それは我々がやる、キミにはやってもらいたい事がある」

「やってもらいたいことってなに?」

「先ほどから、アルフレッドくんの応答がない」

「え……」


 レーダーを確認すると、いつの間にかアルの反応が無くなっている。まさか彼がやられたっていうの……?


「反応はなくなっているが、通信で彼の吐息だけはかろうじて聞こえた」


 息をしていたってことはまだ生きているってこと……でも急がないとまずい状況なら私のシエルで行くしかない。


「頼む、彼を助けてくれ」


 私は無言でうなずいて、即行でこの製造工場を駆け抜ける。彼がいるのは地下、最後に彼を確認できたポイントの地面を破壊して侵入するのが一番の近道かもしれない。


「彼をロストしたポイントは……ここね」


 工場を抜けて隣の研究施設の近くまで来た私は、床に空いた大きな穴から地下に侵入した。降下して最初に私が目にしたのは、ここにはいるはずのない物の残骸。


「なんで、試作型のシヴァがここに……まさか、これとやりあっていたの!?」


 あの化け物染みた試作型のシヴァを思い出すとゾッとする。しかもアルはそれを一人で制圧したというのだろうか。しかし次に私の目に映ったのは、大量の赤い球体。


「これって、血……!?」


 そして、大量の血の球体の向こうに見えた一つの影に、私は言葉を失った。トラオム……アルだ!


「アル!しっかりして、アル!」


 アルの体を抱きかかえると、バイザーの片目部分が潰され、残っている方も血で塗りつくされ、その表情はうかがえなかった。でも彼の胸に手をあてれば、かすかな鼓動は感じられた。


「大丈夫、きっと大丈夫だから……」


 震える腕を抑えきれないまま、私は飛んだ。かすかに残る希望を、ただそれだけを信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る