信頼

 俺とエマ、買い出しの為と言って二人きりになってから数分が経った。二人きりなんていつもの事なのに、変に緊張してしまう。もっとイメージの中ではうまく言えるのに……。


「アイキ、どうしたの?」

「へ?」

「さっきから顔が真っ赤よ?」


 気が付いたら顔が燃えるように熱くなっていた。スーパーの陳列棚の奥に見える鏡に写った自分の顔を見ると、顔が真っ赤になっていた。


「あなた熱でもあるんじゃないの?」


 そう言ったエマは俺のひたいに手を当ててくる。細く少し冷たい指が触れた瞬間に俺の頭の中はオーバーヒートしていた。


「うん、熱はない……だったらなんなのかしら……」

「だ、大丈夫!うん、大丈夫!」


 もう今はそれしか言えなかった。他にもっといろいろと伝えたい事とかあるはずなのに、それがうまく言葉にならない。そんな自分に強く自己嫌悪。その後終始、何を言っていいのか、何を話すべきかもわからなくなってしまい、無言の時間が二人の間に流れていく。気付いたらスーパーを一周してレジまで来てしまっていた。なんとなくで適当に選んで満杯になったかごを持ったまま、会計ゲートと言われる小さな門を通る。門を通るとポンッという可愛げのある音とともに金額を提示される。俺はスマホをスキャナーにかざすが、エラー表示が出る。


「あれ、金額が足りない?」

「もう、仕方ないわね」


 後ろから身を乗り出してきたエマが、自分の手首につけた携帯端末をかざしてお金を払う。こんなんじゃダメだ。ちゃんとしないと明日の作戦にも影響が出る。


「あ、あのさ、エマ……」

「なに?」


 買ってきた食材やらを袋詰めしている手を止めて、エマの方を見る。言うんだ、ここで言わなきゃもうタイミングは無いかもしれない……。


「あのさ、明日の作戦が終わったら、一緒にどこか行かないか?」


 ち、違う!そうじゃなくてもっと直接的に……好きだって言えよ!どうして俺の体は言う事を聞いてくれないのか、ここまで口に出すのが難しいなんて想像もしていなかっただけに、本当の自分の臆病さ本気で呪いそうだ。


「じゃあアビーも誘わないとね、人数は多い方が楽しいものね」

「いや!二人で!」

「え……二人で……?」


 言えた……本当に伝えたい事は言えてないけど……でも少しはマシな事を言えた。


「それはその……デートのお誘い……なのかしら?」

「あ、ああ……そうだよ……悪いかよ……」


 体がむずがゆくなって首の裏をひたすら撫でる。視線はさっきからブレブレでエマが今どんな顔をしているのかなんて見えやしない。


「悪くないわ……」

「悪くって……え?」

「良いわよ、行きましょ……二人で」


 俺はこの時、喜びのあまり今にも踊りだしてしまいそうなくらい、心が歓喜していたが、それをどうにか抑えて平静を保つ。エマが何か言いたげな顔をしているような気がしたけれど、今の俺には気にするだけの余裕がなかった。


***


 ほんと、ビビりな男なんだから。きっと私と一緒に行くように仕向けたのはアビーでしょうね。さっき歩いてる時に後ろでコソコソ話していたみたいだし。


「さぁ、もうそろそろ帰らなきゃいけない時間よ、行きましょ」

「あ、ああ」


 嬉しそうな顔しちゃって、明日の作戦を控えている男とは思えない、普通の男の子の顔なのよね……地球生まれとか、そんなことはやっぱり関係ない。もともと差別意識なんて欠片もなかったけれど、こういう彼の姿を見ていると、生まれを気にしている人間の姿は余計に、愚かしく見えてくる。



 ケーラと別れて、アポロからスカイラブに戻ってきた私たちは、休暇の終わりとともに格納庫へ戻った。別れ際のアビーはなぜか不満そうな顔をしていた。何かうまくいかなかったとか空回りとか言っていた気がするけど、そんなに気にしなくてもいい事かもしれない。


「戻ったか、三人とも」


 格納庫に戻った私たち三人を出迎えたのは、アクティブスーツ研究所所長のオスカーさん。私たちのストライカースーツはピカピカの新品同然にまで磨き上げられていた。


「これは……どういうことだ」


 いつもなら一日なんて、せいぜい動かせるようになるまで修理するくらいしか出来ない期間だ。それに心なしか整備員の人数が多い。アイキが驚いて声を上げるのも無理はない。するとアルが目を見開いて前に躍り出た。


「ど、どうしてみんながここに!?」

「知ってるのか?」

「ああ、あれはアポロの整備員たちだ」


 どうりでトラオムまで完璧に仕上げられているわけね。でもシエルやユニヴェールも今までにない完成度を誇っている。大気圏突破のための技術はスカイラブの方が高い。でもアクティブスーツの技術そのものはアポロの方が高いのが一目瞭然だ。


「明日の作戦について、聞いてもいいか?」

「そうね、効率よく潰していかないと、面倒ごとになるのは嫌よ」


 それにシヴァの量産がどれくらい進んでいるのかもわからない今、急ぐに越したことはない。妨害が無いとも考えられない。


「諜報班によるとシヴァの数は百機を超える、だが、情報によると後6時間は動かないようだ」

「6時間ってことは、今ここから出撃してソユーズテストの軍事施設……というか製造工場に到着するまで2時間ほど……実働時間は4時間か」


 それだけあれば簡単に見えるけれど、4時間も妨害を受けながら連続稼働なんて出来ない。途中で補給を受けるなり補給用の小型艇を守るなり。一体一体にかけれる時間も限られる。


「もっとこう、簡単に裏工作して潰すことって出来ないのか?」

「それがだな……実は……」


 なぜか顔じゅうの穴という穴から汗を垂れ流しているオスカー。らしくもないその顔に俺たちは半分引き気味で聞いてみると、思わぬ答えが返ってきた。


スカイラブうちの諜報班のメンバーが……さっき捕虜になったらしいんだ……」

「え……?」


 私たち三人、同時に間抜けな声を上げてしまう。捕虜になったってことは、もうあっちからの情報は望めないってことで、しかも人質にもとられてしまうんじゃないかしら?


「なあ、その捕虜になった諜報員、無事なのか?」

「ああ、無事なのはソユーズテストからの通信で明らかだ、そしてもしこちらに戦闘を仕掛けてきた場合は捕虜の身柄は保証しないとも……」


 最悪……こっちの情報もすっかり抜き取られてるじゃない……これじゃ相手が動かないまとでも正面からいけないじゃない……。


「すまない、こっちのミスだ……」

「いえ、気にしないでください、僕に考えがあります」


 名乗りを上げるようにしてアルが前に出て、手元の端末からホログラムの画面を展開する。そこに映し出されていたのは月面の地下の全体図だった。


「ここの地下に、全都市を繋ぐ地下空洞があるのがわかりますね」

「ええ、でもこれって自然なものじゃないわよね?」

「そう、数年前に新しい交通手段として作られていたトンネルが、空洞内で多発した事故で建造中止になって以来、放置されているんです」


 それを使って侵入しようという事だろうか。でもそこからじゃ直接製造工場に出ることは出来ない。一度隣接する研究所らしき施設に出てからでないといけない。


「アイキとエマさんは近くで小型艇で近くに接近だけしていてください、僕だけが先行して人質を解放します」


 アルからの予想外の提案に、その場にいた誰もが動揺し、私たちはどよめいた。確かに人質が囚われているとすれば製造工場ではないだろうし、捕虜なんてものを公にするわけにはいかないだろうから、研究所に囚われていると考えるのは妥当だけれど、アルにとって人質なんて関係ない他都市の人だ。ましてや一度はこちらがアポロのスパイを捕らえていたこともあった。そんな事をされた人が、わざわざ私たちの仲間の為に動くなんて……。


「わかったアル、頼む」

「ちょっアイキ!?」


 その提案に、真っ先に迷いなく返したのが他でもないアイキだった。アルが失敗した場合一番に危険が及ぶかもしれないのに。するとアイキは私の肩に手を乗せて小さく笑みを浮かべる。


「たまには、信じたくなった……人を」

「アイキ……」

「コイツは、前の戦闘の時に地球人差別みたいな事をぬかしやがった、でも何度か話をしてわかった……」

「わかったって、なにが?」

「色々だよ、とにかく頼むぜ、アル!」


 アイキはアルに右手で握手を求めるように手を差し出す。アルは一度、自分の右手の平を見つめ、何かを決心したかのように息を吐き、その手をとった。


「ああ、君たちの仲間は僕が助ける、だからその後のフォローは……背中はキミたちに預ける!」

「ああ、その後の事は任せろ、だから前だけを見て、駆け抜けろ!」


 私たち三人はストライカースーツを身に纏い、私とアイキが小型艇に乗る前にアルが出撃する。アルのストライカースーツ、トラオムは双刃刀ツインブレードの他に片手で撃てる低反動マシンガンや推進剤タンクを装備し、地下空洞に入っていく。


「アルフレッド・ツェンダー……トラオム、出撃します!!」

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