友人

 翌朝、俺とエマ、アビー、そしてアルの四人で街の駅に来ていた。これから四人で隣の都市、アポロに遊びに行こうという事になり、各都市を繋ぐ地下トンネルがあり、そこに敷かれたレールの上を高速の電車トレインが走っている。チケットを買い、四人で乗り込むとアルが小さくため息を漏らす。


「まったく……わざわざアポロに遊びに行かなくたっていいじゃないか……」

「そうは言ってもよ、スカイラブはあの通りとても遊べる場所なんかねぇ、それにお前がいればガイドがつくだろ?」

「アルくんに楽しい場所を教えてほしいんですよ!」

「そうね、せっかく遊びに行くんだから、辛気臭い場所より楽しめる場所が良いわ」


 ボックス席に座る俺たちは、アルの文句を聞き流しながらアポロまでの道のりを過ごす。


「そういえばアビーはアポロに行った事あるんだっけか?」

「うん、食材の仕入れとか、お仕事でね」


 仕事で行くといえば、俺もアルと一悶着ひともんちゃくあった時、アポロに行く途中でアルと接触したんだっけな。あの時はまだ、ストライカースーツに乗ったばかりで、アルに勝てたのは奇跡的だったんだよな……というか今俺がやっているのは仕事なのだろうか?


「お仕事で行くこともあるのね、私は行ったことないけど、いいところなの?」

「ああもちろんだ、アポロは最高の都市さ」

「そりゃ自分の都市なら最高だろうさ」

「キミだって、スカイラブの事はそういうだろ?」

「多分な」


 そう、多分。スカイラブが大好きでとか、思い入れがとかっていうよりは、それ以外のものを知らないから、比べようがないというのが本音だ。っと考えているうちに、電車がゆっくりと停止して駅のホームが窓から見える。


「あ、着いたみたいね」

「忘れ物すんなよ」


 だが、駅のホームを出て街に出た俺は、正直なところ拍子抜けした。どこもかしこも、見えてくるのは巨大な建造物ばかりで、スカイラブのビル群と大きな違いを感じなかった。


「ああ、駅の近くには食料プラントが多く立ち並んでいてね、多分アビーさんが来た時もここに立ち寄ったんじゃないかな?」

「そうそう!ここの食料プラントの責任者さん達とお話ししたの!」

「おまえ、そんな大事な仕事してんのか!?」

「ううん、料理長と一緒にだよ、将来はそういう仕事もするから慣らしておけって」


 アビーはまだ20歳だし、そうなるのはまだまだ先の話のような気がするが、今からそんなに目をかけてもらっているというのは凄いことだ。アルの案内で工場内に入った俺たちは、一般開放されている見学エリアにやってきていた。ガラス張りの先では、土壌の上で野菜が育てられている様子がうかがえる。


「数百年前、人類が月に住んだりする前からあった技術をさらに改良して、今じゃ地球で食べられるっていう天然の食材以上の味を出すことに成功しているんだ。」

「この技術はアポロ独自だから、他の都市じゃ同じレベルの食材が作れないの、だから食料面ではどの都市もアポロに頼りっきりなんだよ」


 そういえば、お店で買い物する時もアポロ産のものが多いような気がする。つまりこの高度な食料生産技術がアポロのを現状支えているわけだ。というか、もし昨日の戦いでアポロがやられていたら、月面五都市全てが致命的なダメージを負っていたのかもしれないのか。過ぎた事とはいえ背筋がゾッとした。


「そんなに食料技術が盛んなら、そっち関連の作業用アクティブスーツを開発した方が良いんじゃないのか?」

「いや、そうできればそれが一番なんだろうけど、作業用アクティブスーツは常にアポロウチがトップクラスを保っている、だからプラスに何か欲しかったのさ」


 だからと言って何も戦闘型スーツを作らなくても、と思ったところで口にするのは踏みとどまった。凍結していた計画を勝手に動かしたスカイラブの人間に言えた事じゃない。ひとしきり見学をして満足した俺たちは市街地へと繰り出していた。すると見覚えのある女の子が一人。


「アル―!こんなところでどうしたのー!?」

「ケーラ!?キミこそどうしてこんなところに?」


 こちらに手を振りながら駆け寄ってきたのは、褐色の肌に長い黒髪をたなびかせる少女、ケーラだ。ケーラはこちらを見て一瞬不思議そうな顔をするが、俺と目が合うとこちらに指を差して大きな声を出した。


「あー!あの時私を送ってくれた人ー!」

「ああ、そういえば前にも会ってたよね、彼女はケーラ・ベリー、僕の友人だ」


 アルの友人という一言にケーラが一瞬眉をひくつかせたのを、俺は見逃さなかった。アルは鈍感なのか、それともわざと気付かないフリをしているのか、少なくともケーラからアルへの好意は今の目を見ればわかる。どういうつもりかアルの真意のほどを聞こうと、小さな声で聞いてみる


「わざとか?」

「なにがだい?」


 あーこれはわかってないパターンだ。コイツとしてはケーラは大切な人で、きっと好きなんだろう。でもケーラからの好意には気付いていないと……。


「アーくん、ちょっと」


 アビーは俺の肩を指でトントンノックすると、小さな声で耳打ちをしてくる。こういうことは他人が横やりを入れるものでもないだろう。本当に好きならきっと自分から想いを口にするはずだろう。なのにアビーは余計な事を考えていた。


「ねぇ、二人の恋路を手伝ってあげようよ」

「お前な、まだ確定ってわけじゃないのに」

「ええ~あれは確実だよ、あの肩の距離を見てよ」


 アビーの言う通り見てみると、並んで歩く二人の肩の距離は数センチもなく、今にもくっついてしまいそうなくらいだった。もうそこまでいったらくっつけよ、と本気でイライラしてきた。


「あ、私ちょっとトイレ行ってくるー」


 そう言ってアビーは公衆トイレに向かっていくが、絶対何か企んでいるぞ。彼女を待つために近くにあった公園で待っていると、遠くから黒いコートを着てハットをかぶり、ヒゲとサングラスをした、ちびっこいのが歩み寄ってきた。


「やや!これはこれはキレイなお嬢さんだ~!」

「な、なんですかアナタは!」


 いや声で気付け、アビーだ。あからさまなのに俺以外みんな騙されているのか、本気で警戒している。おそらくアビーはケーラに近寄るジジイから守らせようとしているのだろう。そしてそこでカッコよくきめるアルを見てケーラとの恋心をハッキリさせようとか、そんなとこだろう。


「あの、やめてもらっていいですか?」

「え……?」


 しかし、誰より先にケーラの前に立ってアビーこと変態オヤジから守らんと立ち上がったのは、エマだった。予想外の出来事に慌てふためいたアビーはオロオロと後ずさるが、容赦のないエマはアビーの腕を掴んで関節技をきめる。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 激痛に耐えかねたアビーは物陰まで走って逃げていく。撃退に成功したのは良いが、これじゃアルの立つ瀬がないんじゃないのだろうか。


「エマさん……カッコいい……」

「えぇ!?」


 そら見たことか……って、え?そういう展開?なんでケーラはエマの顔を見て頬を赤らめているんだ。そうしているとトイレの方から涙目で鼻をすすりながら帰ってくるアビー。


「ど、どうしたのアビー!?」

「ううん……なんでもない……」


 どう見てもなんでもない顔ではない。でも真実を言えるわけがないだろう。今自分を気にかけてくれて、優しく接してきている人が、その涙の原因だなんて。アビーが落ち着いたところで、また俺たちは市街地を回り始める。どうやら次はファッションショップに向かうらしい。


「まだまだ……私はめげないよ……」

「お前も図太いなぁ」


 俺の隣で気味の悪い笑みを浮かべているアビーは、次なる作戦とやらを練っていた。しかしなぜみんな気付かないのだろうか。次は一体、何をしでかすつもりなのやら。


「ふふふ……今にこのアビーの恐ろしさを思い知らせてあげるよ……アビーちゃんキューピット大作戦開始!」

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