アビーの提案

 戦いを終えると、俺たちは小型艇に乗って施設に戻る。しかしあの戦闘で疲弊し推進剤を使い切ってしまったアルフレッドもまた、俺たちスカイラブの格納庫に来ていた。


「おお!これがアポロのストライカースーツか!最高の状態に整備してやるから待ってろよ!」


 格納庫でスーツを脱ぐなり、整備班が駆け寄ってくる。俺のユニヴェールは、全身の装甲板を外してしまい、スラスターは全部オーバーヒートして使い物にならない。一から調整し直しかもな……



「おっさん、そいつのスーツを直すのは良いけど、ユニヴェールも頼むぞ?」

「もちろんだ!でもせっかく一緒に戦ったんだ、良い状態で返してやりたいだろ?」


 やれやれと肩をすくめてエマに目くばせを送る。彼女もまた微かに笑っていた。俺とエマは格納庫の端っこにある椅子に座るアルフレッドにコーヒーを持って歩み寄る。


「コーヒー、飲めるか?」

「……砂糖を、入れてくれ」

「あいよ」


 角砂糖を二つほど入れてカップを手渡す。三人一緒にコーヒー口にする。熱々の液体が疲れ切った体に染み渡る。


「今回のこと、本当に感謝している」

「気にすんな、俺たちもやられた分やり返しに行っただけだからな」

「それにしても、あのスーツ……いったいなんだったのかしら……」


 見たことのない、SF映画に出てきそうなレーザー兵器を操る無人スーツ。圧倒的殺傷力と自己修復力。もしこの中の一人でも欠けていたら勝てなかった。


「三人とも、あの無人スーツの事が色々とわかったぞ」


 俺たち三人のもとにオスカーがホログラムの画面を触りながらこちらに歩み寄ってくる。彼が画面をスワイプすると、俺たち三人の端末にその情報が送り込まれてくる。


「なんだ……これ……」


 スーツの情報が事細かに記された画面を見て、俺は言葉を失っていた。機体名はシヴァ、確かどこかの宗教の神様の名前だ。製造したのはソユーズテストの研究者達。そして、詳細として書かれていた内容に俺たちは息を飲んだ。


「おいオスカー……冗談だよな、これ……」

「いや、スカイラブウチのスタッフからの確実な情報だ……」

「だってよ……一体でもやばいあれが、量産されるっていうんだぞ!そうだ、都市間での問題として残り四都市の権力でなら……!」

「ダメだ……スカイラブは私たちのシングルストライカー計画再始動を理由に、五都市の繋がりを絶った、先ほど、ソユーズテストへ入る事も出来なくなってしまった」


 詳細に載せられていたのはシヴァの量産計画。そして地球への降下作戦についてだ。あのスーツの背面にミサイルを積み地球に向けて放つ、その後自爆して地球に住む人を根絶やしにするという計画だ。


「そんなことしたら、地球から人が……いや、生命いのちそのものが住めない星になってしまいます!」

「そうだ、我々はこれより、ソユーズテストの軍事施設に総攻撃をかける!」


 するとオスカーは、アルフレッドの方に向き直って、右手を差し出した。アルフレッドは突然の事になんなのか理解出来ていない様子だったが、あれは握手を求めているのだろうか。


「アルフレッドくん、アポロには既に了解をとった、キミの力を貸してくれ」

「もちろんです、あのようなものは見過ごすことは出来ません」


 アルフレッドはその言葉を聞くと、一切の躊躇もなくその手を握り返した。ソユーズテストは地球差別意識が最も根強い都市だ。10年前のシングルストライカー計画にもあそこだけは参加せず、それどころか大気圏突破の際に妨害した首謀者たちの都市だと疑われているほどである。


「ならしばらくは共同戦線だな、よろしく頼むぜ、アルフレッド」

「アルでいい、よろしく頼む、アイキ」


 俺もまた、アルと握手を交わす。俺に続いてエマもアルと固い握手を交わす。俺たち三人は休憩を終わりにすると、それぞれ自分のスーツの元に歩み寄る。


「オスカー、ソユーズテストへの攻撃はいつ始めるんだ?」

「現在のこちらの整備状況を考えて丸一日は必要だ」

「なら、それまで整備の手伝いをするかな」


 ユニヴェールの調整を手伝おうと思ってスーツに歩み寄ると、整備班のおっちゃん達に引き留められる。


「ほらほら、お前らはゆっくり休んでな!」

「お、おい放せ!スーツの調整に俺が必要だろ!」

「良いから休め、今日から明日まで、丸一日休暇とする、格納庫は立ち入り禁止だ」

「えぇぇ……」


 俺だけではなく、エマとアルもスーツのそばから引きずられるようにリフトがある方へ連れてこられる。


「いや、トラオムの整備はさすがに人任せにするわけには……」

「へぇあれトラオムって言うんだ、呼び方に困ってたんだよな」

「そうね、私だってアルフレッドのスーツっていちいち呼ぶの面倒だったのよ」

「そ、そんな風に思われていたのかい……?」


 兎にも角にも、こうなっては仕方がないのでアルも一緒に部屋に連れていき、使っていない服をアルに渡す。


「とりあえずお前も着替えろ、んな汗臭い格好で一日いられちゃこっちも迷惑だしな」

「す、すまない……ってうわぁ!!」


 突然アルが、両手で自分の目を覆うようにして隠した。顔を真っ赤にして大粒の汗を流している。俺は後ろを振り返ると、そこには下着姿になったエマの姿があった。


「あら、どうしたのよ?」

「お前かよ……」

「な、なぜそんな平然としていられるんだ!……そ、その、女性の、は、裸を!!」


 正直なところ、ブラジャーパンツ一丁程度なら、もう見飽きたほどだ。しかし普通に考えればおかしいのか。なんだか最近感覚が狂ってきているのかもしれないな。


「まぁさっさと着替えて飯食いに行こうぜ、正直腹減って死にそうだ」

「死なないわよ、このくらいの空腹で、とはいえ私もお腹空いたわ」

「わ、わかったよ……まったく」


 アルは後ろを向いて着替えを始め、俺とエマはいつも通りに何も気にせず着替える。いくらおかしくなってても今更だ。着替え終わるとリフトを使って食堂に向かう。


 食堂に入るとそこはいつもじゃそれなりにある空席が、ほとんど埋まってしまうほどの大盛況となり、繁盛っぷりに厨房からは嬉しい悲鳴が聞こえてきた。


「あ、アーくんやっほー!」

「おう、悪いんだけどアビー、なんかテキトーに三人分見繕ってくれるか?」

「三人分?お客さんでもいるの?」


 そんな忙しいにも関わらず厨房から出てきたアビーは、俺とエマの後ろからついてきていたアルを見つけると、両手を胸の前でパンッと合わせて満面の笑みを浮かべる。


「新しいお友達だー!」

「友達って……僕は別に……」

「まぁそういうことだ、コイツのぶんも安くしてもらっていいか?」

「もっちろんだよ!アーくんのお友達は私の友達だもんね!」


 俺はアルが妙な言葉を口走る前に肩を組んで、無理矢理友達っぽく振舞う。戸惑い否定しようとしてきたアルに、とりあえず「黙ってろ」と視線だけ送っておく。


「じゃあ待っててね!すぐ用意してくるから~!」


 赤毛のポニーテールを揺らしながら、パタパタと厨房の中に戻っていくアビーを見送ったところで、四人掛けのテーブル席に座る。偶然一つだけテーブルが空いていてよかったとホッと一息ついた。


「まったく、どういうつもりなんだ……」

「アイツは、俺がストライカースーツの搭乗者だってこと知らないんだよ」


 それを聞くなり、俺にさっき黙らされた理由がわかったアルは納得したのか、椅子の背もたれに寄りかかる。


「しかし、よくこの状況でも施設が機能しているな」

「そうね、街の中心街じゃビルがいくつか倒壊してひどいことになってるらしわ」


 街は今、シヴァの襲撃によって倒壊したビルや、天井の窓の修理が行われていた。今回の事件で死傷者は数百人以上だというのだから許せない。


「あまたせー、四人前あんかけチャーハンに、四人前ナポリタン、メガ盛り盛りからあげに十段ハンバーグ!」


 その量を見て、アルは茫然としていた。俺も今まではそんなに大食いはしなかったが、このストライカースーツに乗るようになってからは、大量に食べないと身が持たないことが多くなった。


「さぁて、私もまかないがまだだから、一緒に食べても良いかな?」

「もちろんだ、ほら、取り皿とフォーク」


 俺たち四人、揃って手を合わせると、取り皿に料理を盛ってひたすら口の中に突っ込む。こうしてうまいものを目の前にすると、掻きこむ手は止まらないものだ。


「そういえば自己紹介がまだでしたね!」

「ああ、そういえばそうですね」


 アビーとアルが自己紹介を済ませると、アビーは食べ終わった食器を片付けていく。ちょうど客足も減ってきたところで休憩をもらえたのか、食器を置いてくるなりすぐに戻ってきた。


「ねぇアーくん、次のお休みはいつなの?」

「休み?そうだな……明日は暇かな」

「そうね、丸一日休めって言われてるし、暇ね」


 するとアビーは突然立ち上がり、厨房に向かって走り出した。こちらから厨房の中の様子がうかがえるが、アビーは両手をブンブン振りながらおばさん達に何か話している。少しして、また走って帰ってきたかと思うと、アビー机をかなり力を込めてバンッと叩く。


「三人とも!明日朝から遊びに行こうよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る