二人の夢

 二十年前、俺がまだ一歳の時に両親は死んだ。当時多発していた宇宙船をジャックして自爆するというテロであり、地球と月の航行制限をされた一番の原因とされている一連の事件だ。首謀者や構成員はほとんどが地球に籍を置く者たちだった。


「その多発したテロが原因で、月面の都市群では地球人差別が増えた」

「そう、そして地球で生まれた俺も、例外なくその差別を受ける……はずだった」

「はずだった……?」


 身寄りを無くした俺は、親の籍がある地球の国の姉妹都市的な関係にあるスカイラブの政府に保護されることになった。これは両親が両親が地球と月を繋ぐ外交官、つまりお偉いさんだったから為された処置だった。


「地球に帰してもらうって選択肢は無かったの?」

「いや、俺の両親が死んですぐに、地球と月の航行制限はされたから、俺も帰れなくなったんだ、今でも互いの行き来が自由に出来るのは自分の船プライベートシップを持ってる金持ちくらいだ」


 そんな理由で月に残ることに決まった俺は、今俺たちがいる施設に預けられる事となった。俺は差別から逃れる為に地球生まれである事を隠蔽いんぺいしてもらい、月生まれの人間であると偽って生きてきた。


「なら、なんでいつも差別に敏感なの?自分は直接差別を受けなかったんでしょ?」

「その……最悪感、かな」

「罪悪感?」


 学校に通う年になって、教室には地球生まれの生徒が数人いた。彼らは当然のように差別、迫害を受けていた。教師もそれを黙認していて、逃げ場を失った者の中には自ら命を絶ったものもいる。そんな中、俺だけが差別から逃れていた。


「考え方は悪いけど、助かった、とかラッキーだったとか思わなかったの?」

「むしろ逆だ……俺だけが逃れていること、そして何もできない自分に自己嫌悪を繰り返した」


 俺が何かしたところで何かが変わる事はない。それどころか自分も差別の対象になるかもしれない。どちらかと言うと後者を恐れた。俺はいつか自分も地球生まれである事がバレてしまうことを最も恐れていた。嘘で固められた自分の存在が空っぽで、ただ苦しかった。


「でも、そんな壊れかけていた俺を支えてくれたのがアビーだった」

「そういえば、小さい頃からの知り合いだったのよね?」

「ああ、アビーの親が食堂で働いていたから、よく一緒にいたよ」


 彼女がいたから、俺は壊れなかった。そして10年前の最初のシングルストライカー計画が失敗したすぐ後。俺はそこでオスカーと対面した。多分その時から、俺がストライカースーツの被験者になるのは決まっていたのかもしれない。


「そうして、今の俺があるって感じ……そんなところかな」

「もっと楽しい思い出とかないの?」

「あったかなぁ~その後はこの施設を出て10年間一人暮らししてたから、アビーのおかげで出来た友達と部屋でバカ騒ぎとかはよくしたよ……」


 俺とアビーの思い出話なんて、割とどこにでもありふれているもの。ただなんとなく毎日一緒に出掛けて、なんとなくバカなことして……アビーは俺に普通の世界を見せてくれた。今でも本当に彼女には感謝している。


「俺の話はこんなところだ、じゃあ話してもらうぜ」

「……なにを?」

「俺ばっかり話すのは対等じゃないだろ?今度はエマの話を聞かせてくれよ」

「私は……」


***


 10年前のシングルストライカー計画で両親を失ったのは、もう話したから省略するわね、これからするのはそれからの話。私は両親を失ってすぐにこの施設に入ることになった。


「じゃあ俺とは入れ違いなのか……でもなんでだ?その頃には別に保護されなくても大丈夫なくらいの年になってるだろ?」

「自分から志願したのよ、いづれ再始動するシングルストライカー計画にね」

「自分から……!?」


 私はここの施設に入ってからずっと、アクティブスーツの作業員として働きながら、ストライカースーツの開発に協力していた。自分のスーツは自分で手入れしたかったしね。


「あの時、初めてスーツの前に二人で立った時、真っ先にどっちが俺のかを教えてくれたのは既に知ってたからなのか」

「そういうこと」


 私がこの計画に参加したのは何より、両親が夢見た地球の大地。小さい頃から計画に掛かりっきりだった両親。思い出が無い分、二人の幻影を追いかけていたのかもしれない。


「私、見てみたいのよ、地球の大地から見るこの月を」

「月を?」

「そう、夜空に浮かぶ月はすごくキレイなんですって」

「そうなんだ……じゃあ、一緒に見よう」


 するとアイキは私の手を握り、正面から真っすぐ私の目を見つめてきた。一瞬その姿にドギマギしたのは絶対に内緒だ。


「叶えよう、その夢を……一緒に」

「……ええ!」


 アイキが握ってくる手を強く握り返す。一緒に降りるパートナーが彼で、本当によかった。彼になら安心して体を預けられる。


「ちょっと……酔ってきたかも……」

「え……ちょっと……!?」


 私は四つん這いで彼の隣に行くと、彼の肩に身を預ける。別に変な気分になった訳じゃないけど、ちょっと人肌が恋しかったのかもしれない。


「エマ……」


 彼の腕が私の肩に回る。前に胸を触らせた時は好意すら欠片もなかったけど、今はむしろ心地良い。そうして彼に身をゆだねようとしたその時だった。


 部屋に緊急警報エマージェンシーコールが響き渡ったのは……。


「な、なんだ!?」

「格納庫!管制室!どっちでも良いから応答してください!」

「アイキ!エマ!至急出撃してくれ!」


 聞こえてきたのは慌ただしく声を荒げたオスカーの声。いつも冷静な彼の様子は一切うかがえなかった。


「何があったんだ!」

「所属不明のアクティブスーツ……いや、ストライカースーツが各都市で暴れまわっている!」

「はぁ!?」


 私たちは身支度を一分以内に済ませて格納庫へ向かう。少量とは言えお酒は飲まなければよかった。格納庫に入ると技術者たちが急いで調整を進めている。


「なぁ、アクティブスーツの鎮圧なら、五都市全部に鎮圧部隊がいるはずだろ、スカイラブの部隊はどうしたんだ」

「……ほぼ壊滅状態だ」

「そ、そんな……」


 五つの都市全てに配備されている鎮圧、および制圧に特化したアクティブスーツの部隊が全てやられたっていうの……!?そんなの戦闘特化じゃない私たちが出て行ったところで……。


「奴はスカイラブの一般市民を多数殺している……ストライカースーツを名乗ってだ……」


 オスカーさんは怒りを堪えるように歯をギリギリと食いしばる。強く握られた拳は微かに震えていた。


「ストライカースーツは……人類の夢を実現する為のものだ……あれがストライカーだと……冗談もほどほどにしてほしいものだ……」


 ああそうだ……通用するとかそういうんじゃないんだ……夢を踏みにじられたら誰だって憤る。私だってさっきから怒りが胸の内から沸々ふつふつと湧き上がってきている。


「行こうアイキ、私たちが止めないと……」

「当然だ……俺たちの夢を……守るために!」


 シエルを身に纏って私はリフトに乗る。隣にはアイキのユニヴェールも並んで立つ。


「エマ・フェレイラ!シエル行きます!!」

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