奪還

 私と短い銀髪の少女は鉄格子を挟んで体を向き合わせたまま食事を続ける。私は備え付けて置いてあったフォークで目玉焼きをつつきながら話を聞くが、彼女は手を止めてジッと俯いたまま淡々と話し始めた。


「あのお姉さん、壊れたってどういうこと?」

「そのままの意味です……姉は昔、責任感の塊みたいな人でした、その上完璧主義で妥協を許さない人だった」


 あの傍若無人な女が責任感の塊なんて、何かの冗談かと思ったが、彼女の虚ろな瞳を見るに嘘を言っている感じもしない。


「ジェミニではアクティブスーツの量産がかなり進んでいるのを知っていますか?」

「まぁ知識としてはね」


 ジェミニは一般で使われているアクティブスーツの製造数や普及率は五つの都市の中でも随一であり、子どもでも自分専用にアクティブスーツを持っているくらいだ。なんでも、幼年学校への入学祝は最新のアクティブスーツが主流なんだとか。


「その試作機に乗るのが私と姉の仕事、テストパイロットなんです」

「試作機のテストパイロットって機械でやるんじゃないの?」


 本来試作段階のアクティブスーツのテストは機械でするもの。もし内部でオーバーヒートしたり、機体内酸素濃度の調整なども必要なため人は乗らない。私のシエルやアイキのユニヴェールも、私たちが最初に乗る前に十分なテストが行われている。


「身寄りもなく貧しくて、施設にすら入れなかった私たちはここの人たちに拾われた、衣食住を保証する代わりにテストパイロットになりました」


 なんだかどこかで聞いた話と似てる気がするけれど、彼よりはマシかもね。つまりジェミニの量産体制が整うのがあまりに早いのは、段階を一つ飛ばしているからということらしい。それにしてもこれはひどすぎる。よく見たら彼女の肌にもいくつかあざや火傷の跡などが見える。


「いつも死に物狂いで実験に身を投じているのに、私たちには最低限の環境しか提供されない」


 確かに彼女は、捕虜的立場な私と同じ食事を口にしている。どんな技術者や指導者よりもよっぽど危険な事をしているのに、このような環境しかないなんて、あまりにも酷だ。


「姉はいつも、すまないすまない、と私に謝るんです、自分が不甲斐無いせいでこんな生活なんだって……いくら貢献しても自責の念に捕らわれてしまって……」


 今まで私はテストパイロットの存在を知らなかった。それは偶然じゃない、ジェミニが人としてやってはいけない事をしていることを自覚して、それを悟られないようにひた隠しにし、更には功績を全て自分たちだけのものにしようという薄汚れた思考からだろう。


「そしてある日、姉は試作機のテスト飛行中にスーツの不具合で農業プラントに墜落したんです」

「農業プラントに墜落って……そういえばそんな事故何年か前にあったわね」


 ほんの何年か前、当時食料生産技術では最高水準を保つアポロと肩を並べる為にジェミニの政府が建設していた農業プラントに、民間のアクティブスーツが墜落し、甚大な被害を出して計画を頓挫とんざさせたというニュース。確かアクティブスーツの乗り手は捕まったと報道されていたはずだ。


「その時の責任を全て姉が背負うことになったんです……政府側が知らぬ存ぜぬを決め込んで……」


 つまり責任者連中は市民からの信用を失うのを恐れて逃げたんだ。彼女がアクティブスーツを違法に改造して飛行したとして、全てを彼女に押し付けたんだ。


「溜め込んでいた怒りが爆発した姉は暴走……研究所や開発本部を襲撃し多くの死傷者を出しました、今私たちはジェミニではお尋ね者になっています」

「ちょ、ちょっと待って!あなた達はジェミニの政府やら研究所からの命令で動いてたんじゃないの!?」

「いいえ、私たちは今ジェミニとはなんの繋がりもありません……」

「じゃあここはどこなの!?」

「隠れ家……かな……」


 なら彼女たちはいったいなんのためにシエルを奪取しようとしたのか……シングルストライカー計画を姉妹で実行するって言ってたのはどういうことなんだろう。


「アナタは……どうしてシングルストライカー計画を実行しようと思ったの……?」

「それは……」


 彼女が私の問いに答えようとしたその時、突然室内に警告音が鳴り響く。それと同時に屋内がまるで地響きが起きたかのように揺れ、私達の手元の食事も床に落ちる。


「なに!?」

「まさかお姉ちゃん!?」


 ミーシャは警告音を聞くなり立ち上がり、廊下の向こうへと走り出していった。すると私の目に入ったのは彼女が座っていたところに落ちている銀色の細長い物体、鍵だ。私は鉄格子から手を伸ばすけれど、あと少しのところで届かない。


「くっあとほんの少しなのに……」


 何か、何か使えるものは……食事で使ってる最中だったフォーク、これを使えば……!!


***


「嘘だろ、どこから出てきた!?」


 ジェミニの都市方面に向かっている途中、前に襲撃された時のようにレーダーが機能しなくなったと思った瞬間、背後から弾丸が飛来し肩を掠める。


「避けたか……それにしてもテメェ、わざわざ助けに来たのか」

「何言ってるんだ、助けに来るなんて当然だろ!」


 振り返りそこにいたのはあの電撃を操っていた黄色のストライカースーツがいた。俺は新型太刀ノヴァブレードを構え、連続して放たれる弾丸を避けつつ接近する。


「そんな一辺倒な突進が通用するかよぉ!」

「その攻撃はもう見た!」


 放たれたいくつかの弾丸と敵の間に、電流のカーテンが流れと、俺は急上昇してそれを回避すると同時に太刀を投げつける。


「自ら得物えものを投げるなんて気でも狂ったか!」

「狂ってるのはテメェだよ!」


 俺の投げた太刀は軽々と回避されるが、俺はノヴァブレードから俺の腰にかけて伸びる鎖を掴み、敵に向かって振る。刀身はしなるように軌道を変え敵に横から叩きつける。


「なに!?」


 姿勢制御に気を取られている隙に鎖を巻き戻しながら加速して突進する。太刀が手元に戻ってきた瞬間に両手で握りなおして太刀を振り下ろす。直撃を受けた敵の体は月面に向かって落下していく。それを逃すわけがない。俺は一直線に追撃しようとしたその時、横から弾丸の雨が降り注ぐ。どうにか後退するが左足に一発くらってしまう。


「しまった……またアイツか……!!」


 弾丸が降ってきた方向には、またガトリング砲を手にしたストライカースーツが立っている。


「だがアイツ一体ならなんとでもなる……!!」


 加速してガトリング持ちに接近する。射線を迂回しつつ加速するとガトリング砲の向きを修正して俺を狙い続けてくる。ならばとこちらも太刀を投げようとした瞬間、右腕の装甲板が後ろから何かに貫かれた。


「くひひひ……捕まえたぜぇ」

「なにっ、ぐあぁぁぁぁ!」


 月面に叩き落したストライカースーツが放ったワイヤーを伝って俺の右腕から全身に電流が流れる。身を焼かれるような激痛。装甲板の切り離し《パージ》をしようにも指先一つ動かせない。


「このまま焼き殺して……ぐぉ!?」


 突然、電流が止まると、俺にワイヤーを繋いでいたストライカースーツは宙を舞っていた。そこに更に一発、二発と弾丸が撃ち込まれていく。


「間に合った……アイキ、無事!?」

「エマ……っていうかそれはこっちのセリフだ!」

「なんでもいいわ!離脱するわよ!」

「お、おう!」


 二人でスカイラブ方面に向かって飛ぼうとした瞬間、再び弾丸の雨が俺たちに向けられる。エマはガトリング砲にライフルの弾丸を一撃撃ちこむ。弾丸は薬莢やっきょうの装填部を貫きガトリング砲は使い物にならなくなる。


「逃がすかテメェらぁぁぁ!!」


 背後から迫る弾丸、そして走る電流を避けながら全速力で離脱する。このまま二人を倒すことが出来れば上出来だが、俺のスーツの消耗度も、エマの体調も万全ではない。ここで無理する必要はどこにもない。しかしこのままでは振り切れたものじゃない。


「エマ、あの女の左腕を狙えるか」

「やってみるわ」


 俺が回避行動を務めながらエマは後ろを向いたままライフルのスコープを覗き込む。俺が横目で見ている中、彼女が放った弾丸は敵の顔面目掛けて飛来する。それを防御しようとして敵が使ったのは右手の装甲板。しかしエマは、その一瞬敵が止まるタイミングを狙って静止した左手を撃ち抜いた。


「よし!このまま逃げるぞ!」


 まだ後ろから追跡こそしてくるものの、電撃は一切飛んでこない。単発の弾丸なら避けるのは容易い。やがてレーダーも正常に戻り、後ろを振り返る。そこには俺たちを狙う影はもうない。


「振り切ったか……?」

「みたいね……シエルが無事でよかった……」


 シエルもそうだけど、エマも無事帰ってきてくれてよかった、自力で出てきてくれなきゃ、きっと救出は出来なかった。もっと強くならないと、彼女を守れるくらい……。


「エマ、どうやって脱出してきたんだ?」

「それがね……」


 エマから向こうで何があったのかを一通り聞かされると、エマはバイザー越しにだが悲し気な表情がうかがえた。


「ダメね私……本当ならあそこでトドメを刺せたのに……変な同情しちゃって……」

「ダメじゃねぇよ……多分俺も、その話聞いたら何も出来ないだろうしな……」


 ガタついたシエルのボディを抱きかかえながら飛んでいると、エマの両腕が俺の腕をつかむ。


「……ありがとう」

「き、気にすんな……」


 頬が火照ってくるのが触らなくてもわかる。照れ隠しをしつつそのままの体制で俺たちは帰る。するといきなり小さな破裂音がしてユニヴェールの動きがふらつく。


「あ、また姿勢制御プログラム逝ったかも……」

「ならシエルで姿勢制御はするから、そのまま運んで」

「わかった、頼むよ……」


 やがて目の前にスカイラブの小型艇が見えてくる。オスカーが回復した通信で無事を聞いてくるがテキトーに返してとりあえず船に乗り込む。スーツを脱ぐと俺たちはすぐに眠りについた。もうしばらくは動けそうになさそうだ。

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