心の破滅

 迫る弾丸を巨大な盾でしのぎながら捕らえられたエマを追う。もう既に何百発を受けたかわからない盾はとっくにボロボロになっているが、それでも俺はまっすぐ追い続ける。


「逃がすか、この野郎!!」


 もう限界がきていた盾から手を放し、一気に急降下。一瞬反応に遅れたガトリング使いのストライカースーツはもう一度俺に照準を定めるが、もう遅い。俺は最大加速でガトリング使いの懐に飛び込んで太刀を振るう。しかしその装甲は厚くまるでこのナマクラじゃ歯が立たない。


「エマをどうするつもりだ!!」

「彼女には何もしません!ストライカーのデータを頂けさえすれば彼女はお返しします!」

「ふざけんな!とにかくそこをどけぇ!!」


 この緑色の装甲を纏ったストライカースーツから聞こえてきたのは、また女の声。だがそんなことは気にも留めずに瞬間的に加速させた右腕でその顔面を殴り飛ばし、月面に叩きつける。再びさっきの狂ったような笑みを浮かべた女を追跡するためにメインスラスターを噴かすと、直後、背後で爆発が起きた。


「な、なに……!?」


 爆発したのは、俺の背中のメインスラスター。後ろを見るとさっき殴り飛ばした女が月面に転がったままこちらにガトリング砲を向けていた。


「クソ……こいつ動け!なんで動かねぇんだよ!」


 必死に生きているスラスターを使って立て直そうとするものの、機体の様子がおかしい。モニターが次々と消えていく。まるで全身に鉛でも背負っているかのように身体が重たい。


「まさか……機能停止……!?」


 幸い酸素供給システムは生きているが、ユニヴェールは完全に制御を失っていた。俺の体はゆっくりと、しかし確実に月の微弱な重力に引かれて月面に不時着する。俺は空に手を伸ばしたが、この手がエマに届くことはない。


「おい!おいアイキ!聞こえるか!」

「オスカー……?」


 ようやく電子機器が回復したのか、俺の耳にノイズ混じりのアイツの声が聞こえてくる。かなり慌てたような口調はいつも淡々としている彼らしくなく感じた。


「お前の位置情報をつかんだ!すぐに迎えに行く!エマはどこにいる!?」

「エマは……」

「……まさか!?」


 オスカーはもう察したのか、何も言わなかった。俺を回収に来た小型船が見えた途端、全身の力が抜けていった。




***


 目が覚めると、私は腕に手錠を掛けられ、鉄格子の牢屋の中にいた。まだ意識がハッキリしないけれど、何が起きたのかを思い出す。シエルの機能確認のために外に出てすぐ、いきなり背後に反応が出て、全身を電流で焼かれた。体中に火傷の跡が残っている。


「あらぁ……お目覚めみたいねぇ……」

「アナタ、は……」


 鉄の檻を挟んで向こう側に立っていたのは長い銀髪が特徴の白人女性。でもその瞳には狂気じみた笑みが浮かんでいて、本能的に私は後ずさった。女は格子戸を開けて中に入ってくる。じりじりと近寄ってくる女からどうにか逃れようと、お尻をついたまま後ずさるが背中が壁にぶつかる。


「逃げんなよ……なぁエマって言ったか……アタシとイイことしない?」

「な、なにを言って……って、いやっ!やめて!」


 手錠のついた腕を頭の上で押さえつけられ、女は私の首元に左手を這わせる。


「いや……!!」

「いい具合に抵抗してくれよ、その方が燃えるから……ぅ!?」


 女が私の服に手をかけた瞬間、女はそのまま私に覆いかぶさるように倒れた。顔を上げるとそこには短い銀髪の少女。顔はほとんど私に襲い掛かってきた女とそっくりだ。その手に握られていたのは、最近開発が報道されていた痛くない手のひらサイズの注射器だが、その見た目はまるで小型銃だ。


「大丈夫……ですか?」

「え、ええ……助けて……くれたの……?」

「いいえ、そんなつもりじゃないです」


 彼女は私から目を逸らすと、気絶した女をおんぶして鉄格子から出ていく。今のうちに脱出しないとと思い立ち上がったとき、彼女は振り返り私に向けて拳銃を向けてきた。


「やめてください……アナタはあのストライカーのデータさえ取れればお返ししますから、脱出は考えないでください……でないと、ここで撃つことになってしまいますから……」

「……わかったわ、今は大人しくしてるわ」


 どっちにしても、この手錠をかけられた状態じゃシエルの奪還も出来ないだろうし、殺されるくらいなら黙ってここにいましょう。再び格子戸は閉じられて静寂が訪れる。それから数分、あるいは数時間か経っても体の痛みは引かない。


「ふぅ……体痛い……せめて軟膏か何かあればなぁ……」

「軟膏、持ってきましょうか?」

「へ!?」


 しばらくボーっとしてから、ポツリと呟いた独り言に突然反応されて、驚いた私は思わず飛び上がってしまう。顔を上げると食事を乗せたトレーを両手に持ったさっきの短い銀髪の女性が立っていた。


「お食事、持ってきましたから食べてください」

「それはありがとうございます……でもなんで二つなの?」


 すると女性は食事だけが通る小さな窓からトレーの一つをこちらに送ってくる。ゆっくりと立ち上がってそれを受け取り、私が座ると女性も一緒になってその場に座った。


「私も、ここで食べていいですか?」

「そりゃいいけど……なんで?」


 小ぶりのパンと目玉焼きにキャベツ、スープと質素な食事。彼女はパンを一かじりしたところで、顔を上げて口を開いた。


「落ち着かないんです……ウチの施設は……」

「ここだって落ち着かないでしょうに……」

「いいえ、ここは静かですから……」


 ふ~んと相槌あいづちを打ちながらスープを飲んだところで、私は口の中に激痛が走り、思わず吐き出しそうになったところを手で無理矢理抑える。


「大丈夫……ですか?」

「うん……口の中切ってたみたいで……!」


 プルプル震えながら今にも涙が出そうになるのを必死にこらえる。どうにか痛みをやわらげよう舌で傷口を舐めてみる。


「あの、エマさんでよろしかったですか?」

「ええ、エマ・フェレイラ」

「私はミーシャ・クロイツと言います、エマさん、単刀直入にお願いします、シングルストライカー計画を辞退してください」


 いくらなんでも直球すぎる。わかりやすいからいいんだけど、それにしても計画から降りろなんてどういうつもりかしら。


「どうして辞退しないといけないの?」

「アナタ達が計画を完遂することは、私たちの目的の邪魔ですから」

「邪魔?」


 邪魔、というのはどういう事だろう。私たちにこの計画を完遂されるとマズいっていう事は、彼女たちもまたシングルストライカー計画によるスカイラブの台頭を良しとしない人たちなんだろうか?


「シングルストライカー計画は、私たち姉妹でやりますから」

「ああ、なんだそういう理由……それでシエルの鹵獲ろかくなんて考えたのね……」

「はい、私たちの力で計画を実行するために……それに、あんな危険な計画の犠牲になるのは私たち姉妹だけでいいんです」


 姉妹、ということはやはりあのやばい女は姉なのかしら、あんな姉を持つと大変そうね。しかし彼女の口ぶりからすると、まるでこちらを庇っているかのようで。


「ねぇ、なんでそんな自虐的な言い方なの?」

「あの姉、見ましたよね……」

「ああ襲われたわね……レズビアンなの?」

「いいえ違います……ちょっと色々あって……その……」


 違うなら今後一切狙われないことを祈るばかりだけれど、彼女は少しためらうように、いや悔しそうに唇を噛む。


「壊されちゃったんです……私の姉、マーシャ・クロイツは……」

「壊された……!?」



***



「よぅし直ったぜ!アイキ!準備はいいか!」

「もちろんだ、悪いな、整備急がせちまって」


 エマが連れ去られてから一夜が明け、俺は点滴やら注射やらを打ちまくって無理矢理体を全快にした。いくら合法の薬品とはいえ過剰な使用は間違いなく後々副作用をもたらす。けど今は一刻を争う。


「良いってことよ!それよりお前が要望だしていた新型武装、完成したから持っていきな!」

「おお、これが……!」


 ストライカースーツを着用してから受け取ったのは新型の太刀。中破したユニヴェールはおっさん達整備班の人たちが徹夜で作業してくれてどうにか修復することができた。


「うん、いい具合に重量もあるし頼んどいたところもやってくれてるみたいだな」

「ああ!シミュレーションしたときに思いついたんだけどな!こいつの事は「ノヴァブレード」って呼ぶことにした!大事にしてくれ!」

「いいね、名前が決まっているとそれっぽくてさ」


 俺は柄のかしらがユニヴェールの腰と繋がっている新型太刀ノヴァブレードを腰に差してリフトに乗る。長距離飛行用推進剤タンクも積み、盾は修理が間に合わなかったが、その分装甲をいつも以上に厚く頑丈なものにしている、これで準備は整った。


「アイキ、エマは必ず生きている、ジェミニの目的はおそらくシエルだけだろう、それに貴重な情報源をわざわざ殺したりはしないはずだ」

「わかってる、エマは俺が必ず助けてくる」


 リフトに乗り込み体を固定する。バイザーを締めて隔壁かくへきを閉じると上から光が差し込んでくる。見上げるとちょうど地球が見えた。一緒に行くんだ……あの青い大地に……!リフトが急速的に天へ向かって上昇する。待ってろよ、エマ!


「アイキ・ノヴァク!出ます!!」

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