狂気の雷

 休暇を取ってからまた一週間、時は過ぎた。今日の訓練を終えた俺とエマはユニヴェールとシエルの整備作業を手伝っていた。


「おうアイキ、お前の体格にシールドを合わせておいたから、ちょっと持ってみてくれや」

「ああ……っておっさん、これ重すぎ……!!」

「がっはっはっは!生身でもってどうするんだよ!ストライカー着てからだ!」


 今ここで大口を開けて笑っているのは、ユニヴェールとシエルの整備を担当してくれているおっちゃんだ。この俺の背丈と同じだけある巨大なシールドは大気圏突破のかなめとなる。突破の際に起きるショックウェイブを受け流していく役目があるらしい。おっちゃんはひとしきり笑い終わると頭のハチマキを締めなおして再び作業に戻る。


「すみません、脚部七番スラスターの出力を二パーセント落としてもらえますか?ちょっとここだけ過剰で」

「あいよ!エマちゃん、他に直してもらいたい箇所はあるかい!?」

「いえ、今のところは、また乗ってみてから判断します」


 エマが手元で操作しているホログラムの画面にはシエルの内部データが映し出されていた。シエルは俺のユニヴェールほどの出力は出ないが、安定した長時間稼働が出来る。俺みたいな猪突猛進な奴が乗れば、安定して動かせはしても、すぐにやられてしまうだろう。


「そういえばシエルのシールドは完成したのか?」

「いやぁそれがシエルの方が出力が低い分、ユニヴェールよりも軽くないといけない、でもユニヴェール並みの装甲が必要でなぁ」

「でも当初の予定じゃユニヴェールのシールドを持たせる予定だったんだろ?」

「まぁあの時は急ピッチで進めていたからシエルの出力も引き上げる予定だったからなぁ」


 つまり、あの予定のまま行っていたら、シエルは……エマは失敗する可能性が高かったというわけだ。人の命がかかってるってのにさ。


「ほんと、アンタら大人のそういう所が大嫌いだよ」

「がっはっは!言ってくれるなぁ!……けどまぁ、あんまり所長のことをいじめてやるんじゃねぇぞ?」

「所長?ああ、オスカーの事か」

「アイツだって色々悩んでんだ、上層部の命令や家族のこととか、色々とな」


 俺はおっさんの言葉になんとも言えなかった。俺は何も背負っていないから、背負うものが無いのは気が楽だ。でもどこか宙ぶらりんな感じがして……


「アイキ、ちょっとこれ見てくれる?」

「え?なんでこんな時に報道番組なんて……」

「良いから、見て」


 エマのホログラム画面には、いつの間にか昼過ぎにやってるような報道番組が映っているが、なにやら雰囲気が慌ただしい。どうやら何かあった様子だが……。


「ジェミニでアクティブスーツの事故だって、ほらこれ」


 そこに映っていたのは、燃え上るビル。そして炎は隣へ、また隣の建物へと燃え移っていく。かなりの大惨事だが、おそらく作業用スーツのエンジントラブルか何かだろうか。


「おい、ちょっと待ってくれ……これって……」


 だが、そんな呑気な事を考えている俺の目が捉えたのは、炎の中ゆっくりと立ち上がる人の影……。いや、あれば墜落したアクティブスーツ、だがその姿に俺は驚愕した。


「おい……これまさか、無傷なんじゃないのか……!?」

「え、それはないんじゃない?だって火の元になってるのってこのアクティブスーツでしょ?」

「いや、これはアクティブスーツというより……」

「おいお前たち、何をサボっているんだ!」

「ゲッ!オスカー!?」


 小姑のようにうるさい所長様が来ると、エマはホログラムの映像を元のシエルの整備画面に戻して知らぬ素振りを見せる。


「おいアイキ!またお前はサボってメカニックに任せてたのか!」

「お、俺じゃねぇよ!っていうかまたってなんだ!俺サボったことなんて……ちょっとしか……ないだろ!」

「ちょっとでもあっちゃダメじゃない……」


 エマさん、ごもっともな事言われると俺言い逃れできないからやめて……というか、そんなこと言われてもスーツの整備なんて専門知識はほぼ皆無なんだから作業なんてほとんどできる訳がない。


「所長!緊急の報告です!」

「緊急?なんだね?」


 上の層のリフトから降りてきた研究員の一人が、息を切らしながらこちらに駆け寄ってきた。その手元で展開されているホログラムに映っているのは、どうやら先ほど俺たちが見ていたニュースの現場のようだ。


「ただのアクティブスーツの事故ではないのかね?」

「そ、それが、諜報部からの情報では、外観がストライカースーツのようだと……」

「なに!?」


 やはり、さっき見えた影はただのアクティブスーツではなかったか。それにしたってストライカースーツの暴走なんて……だいたいなんでそんな市街地を飛んでいたのか……。


「なぁ、もしかしたらコイツらも妨害に来るよな?」

「ジェミニもずっと抗議の電話や電文を送ってきているからな……」

「でしたら、大気圏突破の決行日を早めますか?」


 本来、この計画は他の都市に隠れてやることが前提だったため、最初は急を要していた。しかしこうしておおやけになってしまっては急ぐ必要性もない。いくら情報が漏れたところでこちらが数年かけた開発を数週間で出来るものでもない。だから計画の実行日は当初の予定の一か月後。つまり今から二週間後にまで引き延ばされた。


「いや、現時点で二週間後の決行に合わせて調整を行っているんだ、失敗は許されないのだからここは慎重になるべきだ……」

「なら、どうするんだ」

「しばらくは静観だ、憶測で動けば都市間問題にもなりかねない、諜報部からの追加の連絡を待とう」


 諜報部って言ったって、どこまで頼れるものか……現に俺たちもアポロのスパイを一人捕らえている。同じように捕らえられた場合は俺たちの情報が更に漏れる。リスクとリターンは五分と五分だ。


「私もう一回動いて来るわ、スラスターの出力がどうなったか見とかないと」

「ああ、後で俺もシールドの使用感掴み行くよ」


 さっさとシエルを着用したエマはリフトに乗って月面に出る。モニターに映っている彼女の動きは、だいぶ良好に見える。


「どうだ、良い感じか?」

「ええ、だいぶ動かしやすくなったわ、でもメインスラスターの出力を少しだけ引き上げても良いかもしれないわ」


 エマの調子も確認したところで、俺もユニヴェールを装着していく。先ほどと同じようにシールドを手に取るが、生身で持つのとはやはり重みがまるで違う。


「そういえばこの間要望があった刀剣の話だけどな、もうすぐ完成するから楽しみにしておけよ!」

「わかったよおっちゃん、いつも悪いな」

「良いってことよ!アンタらが無事に計画を成功させるためならなんだってやってやるさ!」


 アポロのアルフレッドとの戦闘を踏まえ、その時の為にこちらから武装の要望を出しておいた。実際今まで使っていた銃は従来の対人用のものであったりする、ましてや太刀にいたっては技術者たちが余りの素材でふざけ半分で作ったものだという。そんなものをあの土壇場で放り出してきたのかと思うと、正直感性を疑うが結果的には助かったのだからなんとも言い難い。


「あれ……レーダーに反応!?キャァ!」

「どうしたエマ!?」


 返事がない。なにかあったのかもしれない。こっちのレーダーには何も映っていない上、モニターの映像も遮断された。もしかしたら妨害電波か何かが出ているのかもしれない。


「とにかくすぐに出る!武装を!」


 いつもの太刀とエマに送るための長距離砲ロングレンジライフルを持ってリフトで出撃する。宇宙空間に出た瞬間、俺は目を疑った。まるで全身を焼かれたように各部から煙を出しているシエル。そしてエマは、ぐったりと宇宙空間に漂っていた。


「エマ!うぉ!?」


 エマに接近しようとした瞬間、弾丸に似た何かが俺の目の前を通過した。前面のスラスターを噴射して後退した直後、先ほど飛んできた何かから、飛んできた方向になけて稲妻が走る。稲妻はそのまま電流となり俺とエマの間に流れ続ける。まるで行く手を阻むカーテンのようにその範囲は拡がっていく。


「くひひひ……無様……無様ねぇ!!」

「テメェどこのどいつだ!!」


 先ほど飛んできた物体の方向を見ると、そこには暗い黄色の装甲を身に纏ったアクティブスーツ……いや、ストライカースーツがいた。どうやら奴は左腕から電撃を放っているみたいだ。


「アタシか?そうだな、教えてやる……」


 無理矢理繋げられた通信から聞こえてくるのは女の声。ヤツは右手に握った銃をエマに一発撃ちこむ。その直後、エマの体と敵の間で再び電流が流れる。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「エマ!クッソ!!」

「くひひひ……良い声で鳴くねぇ……もっと聞かせてもらおうかぁぁ!!」


 俺は太刀を構え電流のカーテンの上部にまで飛び上がり、このイカれた女に斬りかかる。しかし直後に電流のカーテンが無くなり、女の姿は消えた。


「なに!?」

「こっちだノロマ……!」


 レーダーを確認するが、どうにもおかしくなっている。仕方なく俺は目視で探すと、あの女はエマの首を掴んで佇んでいた。俺はエマに渡す予定だった長距離砲ロングレンジライフルで女を狙い撃つ。訓練で数回触った程度にしては完璧な射撃、弾丸の軌道は確実に女の体を撃ち抜く。そう思った直後に俺は再び目を疑った。放たれた弾丸が、女の体の手前で止められた。それも触れもしないで。


「それじゃ、この子は頂いていくわよ、しばらくは楽しめそう……」


 エマの声は聞こえない。おそらくもう意識を失っている。女はエマの首を掴んだままどこかへ向かって飛んでいく。当然見逃すはずがない。


「逃がすかよ!!」


 俺は全速力で追いかけると、女の逃げる先で何かが光った。咄嗟にシールドを構えると無数の銃弾をシールドで受ける。この連射速度、どう考えても普通の銃じゃない。モニターの正面を拡大するとそこには、深い緑色の装甲を身に纏ったもう一体のストライカースーツが、巨大なガトリング砲をこちらに乱射してきていた。


「もう一体……だと……!?」

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