責任

「今から、外に?」

「そう!最近二人とも疲れてるみたいだから、街に遊びに出かけようよ!」


 昼食に食堂に訪れた俺とエマを待ち構えていたのは、普段着姿のアビーだった。俺が医務室に運ばれたあの日から一週間。他の都市からの表立った苦情や抗議はいまだに続いているが、何か仕掛けてくる様子はない。現に俺とエマは、この一週間ずっと戦闘の訓練や大気圏突破のデータ上でのシミュレーションばかりだ。



「三人でさ、映画見て~お買い物して~おいしいものを食べる!」


 喜々として指折りをしながら何をするか悩むアビー。だからと言って、こんなに唐突でなくてもいいと思うが……それにまだ俺たちは昼飯を食べていない。


「わ、私も行っていいの?」

「何言ってるのエマさん!あたりまえです!来ないと怒ります!」

「お、怒られちゃうんだ」


 そりゃそうだ、アビーは昔から仲間外れとかをひどく嫌っていた。そうして昔は俺を守ってくれたんだっけか……。


「ということで決まり!行くよ二人とも!」


 そう言って彼女は俺たちの腕を掴んで強引に引っ張っていく。っていうかちょっと待て。


「まだ昼飯食ってねぇんだけど!?」

「ホッとドックの移動販売来てるから歩きながら食べるよ!」

「えぇ~!?」


 幸い今日の午後は、この一週間休みが無かったことから休暇を言い渡されているが、俺はすべての時間を睡眠にくつもりだったのに計画が台無しだ……いや計画とは言えないなこれは。


「ん~!この安っぽいケチャップとマスタードがたまんない~!」

「だからって、三つも食うやつがいるか?」

「だっておいしいんだも~ん」


 三人並んでホットドックを食べながら街中を歩く。ここ最近で外を出歩いたのなんて、日用品を買い揃えに出て以来だ。しかし絶え間なく注がれる視線に嫌気がさす。原因はわかっている。


「なんかみんな私たちのこと見てない?」

「お前がそんな大食いしてっからだよ!」

「ありゃ、私か!?」


 わかっててやってんのかなこいつは……隣でクスクス笑っているエマも、どうにもアビーと仲良くなってるけど、打ち解けるの早すぎじゃないか?


「そーだ!ここ最近出来たデパート知ってますか?」

「デパート?そんなのいくらでもあるだろ」

「新しくできたの!色んな服とか売ってるみたいだから、行ってみようよ!」

「そうね、行きましょう」


 するとアビーは左手首に巻かれたリングについたボタンを押す。最近流行りのバングル式携帯端末だ。ボタンが押されるのをトリガーにその上にホログラムの画面が映し出される。


「はい、先にここに行ってるから後から来てね~」

「あ、おい!」


 手に持っていたホットドックを頬張ると、二人が手を繋いで走り出してしまった。俺はまだ食べてるし、ゆっくりと後を追おう。俺はポケットから旧世代のスマートフォンタイプの携帯端末を開き、アビーからもらったマップデータを見る。もうすっかり二人の姿は見えなくなってしまったが、とりあえずは大丈夫だろう。


「わぁ、すごい旧世代の携帯だ」

「へ?うわぁ!だ、誰だよ!?」


 俺の目の前に現れたのは浅黒い肌をした長い黒髪の少女。確かに三世代以上前のタイプで珍しいのはわかるが、そんなにマジマジとみられても反応に困る。


「あ、ごめんなさい、自己紹介してなかったね、アタシはケーラっていうの、ケーラ・ベリー」

「お、おう……アイキ・ノヴァクだ」

「アイキくんか、よろしく!」


 挨拶を済ませるなり、再び俺の携帯を覗き込んでくるケーラ。すると勝手に画面に触れて地図にデパートの画像を表示させる。


「お、やっぱりここだ」

「ケーラさん、あんた何してんの?」

「ケーラでいいよ、このデパートで待ち合わせしてたんだけど、道に迷っちゃって」


 他の都市のことは知らないけれど、スカイラブの中心街は結構雑多としていて小道も多い、慣れてないと道に迷うだろう。


「ケーラはこの街は初めてか?」

「うん、アタシはアポロから買い物に来たの」

「アポロから……」


 アポロと聞くと、どうしても先日の戦闘の事を思い出してしまう。正直なところ移動途中で会敵かいてきしてよかったと思っている。施設に行って引っ張り出すというのは多くの犠牲者を出す。本心ではそれが嫌で仕方がなかったが、相手方から来てくれたおかげで必要以上に犠牲者を出さずに済んだ。


「俺もこれからそこに行くから、一緒に行くか?」

「うん!そうしよう!」


 二人で並んで歩いて行く途中、いろいろな事を聞かれた。スカイラブのオススメは何なのか、おいしいものは何か、観光ならどこが良いのか。どうやら彼女は滅多にアポロから出ることは出来ないようで、物珍しそうにキョロキョロと街を見ている。


「ほら、もうすぐ着くぞ」

「お、意外と近いんだね、あ、いたいた!」


 彼女は待ち合わせていた人を見つけたのか、手を振りながら走り出す。彼女の進行方向にいるのは少し筋肉質な青年。しかし青年は腫れた頬にガーゼを貼り、右腕は布で吊っている。何か事故にでも遭ったのだろうか。


「ケーラ、どこに行っていたんだ?」

「ちょっと色々見てたら迷っちゃった、彼が送ってくれたの!」

「あ、これは失礼しました、ありがとうございます」

「いえいえ、全然、気にしないでください、んじゃ俺はこれで……」


 なんだかこの男の目、見たことがあるような気がしてならない。しかし気にしてもどうなるものでもない。俺はその場を後にしてデパートの中に先に向かう。


「ありがとねー!アイキー!」

「え……アイキ……!?」

「ん?」


 振り返ると青年は目を見開いて固まっていた。その目は先ほどまでの温厚な瞳ではなく、敵意に満ちた瞳……そうだ、俺が知っているのはあの目だ……


「どうしたのアル?アルフレッドくーん?」

「アルフレッド……?まさかお前……!」


 もう互いに、何もかもを理解した。コイツは、俺の目の前にいるのは間違いなく、ほんの一週間前に命を懸けて戦った相手だ。


「ケーラ、悪いんだけど先に買い物してきてくれないかい?」

「ん?いいけど……アルはどうするの?」

「ちょっと、お礼をしようと思ってね」


 デパートの中に入っていくケーラを見送ったところで、俺たちは外にある露店でコーヒーを買い、すぐそばにあるベンチに腰を掛ける。


「……ケーラを連れてきてくれたこと、まずは感謝する」

「いや別に、偶然だし……」


 重たい空気がこの場をすっかり支配している。一言一言を発するのにもだいぶ体力を消耗する気がしてならない。だが俺は今何よりも気がかりな事がある。


「なぁ……なんでさっき、気付いたときに俺を殺さなかった?」


 そう、コイツはあの瞬間、懐に隠していた何かに手をかけていた。おそらく護身用の銃だろうが、あのタイミングなら俺を確実に殺せたはずだ。


「無駄な騒ぎは好まないさ、それにケーラが悲しむ」

「彼女は、お前の何なんだ?」

「そうだな……大切な人、かな……何を犠牲にしても守りたい人、笑顔でいてほしい人……」

「そうか……」


 そう言われて思い出したのはアビーのこと。でもそれとはまた違った関係なんだろうな。


「お前が戦うのは、ケーラの為か?」

「いや、違うかな……僕は偶然選ばれただけだから……」

「選ばれた?偶然ってどういうことだ?」

「簡単な話さ、僕は幼い頃にいたずらで潜り込んだ施設でストライカーを見た、口封じに殺さない代わりに被験者になった……それだけだよ」


 そんな理由で命を懸けさせられているのか……今だってシングルストライカー計画の再始動は、表立って報道されたりはしていないが、裏ではもう誰もが知っている。


「なら、もう乗る理由なんかないだろ……もう口封じの意味も何もないんだから」

「確かに、僕を脅すことはもう誰にも出来ないし、強制も出来ない……でも僕は、戦うよ」

「どうして……せっかく命懸けなくても良いかもしれないのに……」

「一度やり始めたんだ、責任もって最後までやり通さないといけないからね」


 その瞳にはさっきの温厚な笑みも、敵意に満ちた怒気も感じられない。ただただひたむきで、強い意志だけを感じさせる、まっすぐな瞳だ。


「あっそ、ならまた戦うことになるかもな……」

「待ってくれ」


 俺がこの場を立ち去ろうとベンチから腰を上げたところで、後ろから引き留められる。


「キミはどうして戦うんだ?」

「別に、俺はただそれ以外に選択肢がないから……それに本当なら、戦うのが目的じゃないしな」

「あの計画はただの自殺行為だ……今すぐやめるべきなんだ……」

「かもな……でも俺にも責任ってのがあるしな、もう一人だけで行かせるなんてことも出来ないしな」

「そうか……」


 アルフレッドは立ち上がり、コーヒーの入っていた紙のコップをゴミ箱に投げ捨てる。


「今度こそ僕が勝つよ、全力でキミたちを止める」

「なら、俺はお前を返り討ちにすれば良いわけだ」


 俺たちは並んでデパートに入ると、すぐに左右に別れた。もうこうして、顔を突き合わせることはないだろう。でも話せたこと自体はよかったのかもしれない。


「おーいアーくーん!」

「アイキ、荷物持ち頼んだわ」

「ああ、今行くよ」

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