交差する刃

 幾度となく交わる二つの刃。互いの刃はぶつかり合うたびにどこかが欠けて、破片が宇宙の彼方に消えていく。決して脆い武器を使っているわけではない。だが俺たちが互いに無茶な使い方をしている事だけはわかる。


「なぜSS計画を再始動した!」

「SS計画?なんだそりゃあ!」

「シングルストライカー計画の略称だ!キミはそんなことも知らないのか!」

「最近知ったばっかでね!良ければご教授していただきたいもんだ!」

「冗談もほどほどにしろ!」


 俺の太刀を振り払ったアルフレッドは、ブレードを回転させ俺の右腕に直撃を入れてくる。その瞬間、切っていたはずの警告音アラートが再び響き始める。


「なんだ……空気が漏れ始めてるのか!?」


 ほんの少しずつではあるが、スーツ内の空気が漏れている。外部装甲だけでなく、スーツそのものにも小さな傷でもついたみたいだ。


「ちっ!まだぁぁ!!」


 ヤツのブレードが俺に振り下ろされる直前、俺は腰に携帯していた小型銃を腰に差したまま銃口だけを向けて連射する。六発は撃ったが最後の一撃だけがアルフレッドの足を貫いた。


「しまった……!!」


 ヤツのスーツが自動的にスーツの穴を塞ぐが、それでもヤツ自身にはかなりのダメージを与えた。これで五分五分イーブンだ。だが、俺のスーツの小さな穴は塞がらない。おそらく穴が小さすぎてスーツ自体が感知出来ていないのかもしれない。


「ちっ……こっからじゃ格納庫と通信が出来ねぇのかよ……」


 弾丸を装填しなおして今度は手で構えて撃つが、今度は全弾回避されてしまう。それどころか、ヤツの腕から放たれたバルカンが俺の脇を掠めていく。しかし背中に装備していた推進剤タンクに直撃する。


「はっ!アイキ!タンクを切り離しパージして!」

切り離しパージ!?こうか!!」


 背中の接続部にある緊急用の赤いボタンを押すと、穴が空いたタンクが切り離される。しかしその直後、まだ中身が微量残っていたタンクは大爆発を起こす。


「ぐあぁぁぁぁ!」

「アイキ!!」


 背後で起きる爆発に吹き飛ばされたところを狙って、アルフレッドは俺の懐に飛び込んでくる。寸でのところで手の甲の薄い装甲で直撃は防ぐがそのまま月面に向かって叩き落される。


「くっ……おい!なんでお前は俺の名前を知っているんだ!?」

「スパイが潜り込んでいた時点で、キミたちの情報はすべて筒抜けだ!テロリストと同じ地球生まれの異端!アイキ・ノヴァク!」

「その言い方で呼ぶんじゃねぇ!!」


 どうする?ここは退却して一旦出直すか?それとも強行突破してアポロに侵入するか?幸い、推進剤タンクももう一個残っているからどうにでもなる。


 だが、いくら思考を巡らせても一つの答えに戻ってきてしまう。


「こんな奴に負けたままでいられるか……」


 そうだ。コイツは何の躊躇ためらいも無く地球生まれである事を侮辱してきた……そんな奴を許せるもんか……!!


「許してたまるかぁぁぁぁぁぁ!!」

「なに!?」


 背中や足のスラスターを最大噴射し、アルフレッドの直上に飛び上がり、そのまま逆噴射。両手で握った太刀をそのまま真上から叩きつける。ブレードで防がれても、そのままの勢いで押し続ける。


「しまっ……!!」

「ゼリャァァァァァ!!」


 押して押して押し続ける。そのままこの野郎を月面に叩きつけてやる。周囲に立ち込める土煙、衝撃が太刀を通じて全身に伝わってくる。土煙が晴れると、そこにはオレンジに染め上げられたストライカースーツが横たわって……。


「なっ……いない!?」


 そこに転がっていたのは大量の装甲板のみ、アルフレッド・ツェンダーはいない。


「脱出されたのか……」


 あたりを見渡しても姿は見えない。レーダーで確認しても反応がないあたり、もう離脱したのかもしれない。ならばと俺は空に飛び上がり、太刀を構える。眼前に捉えるのはエマを狙う戦闘機の最後の一機。真下から飛び上がるようにその機体を真っ二つに斬り裂く。


「待たせたな」

「待ってはいないわ……でもありがとう」


 太刀を仕舞ってレーダーだけを起動させておく、とりあえず早いとこ空気のあるところに行かないと酸素がなくなる。


「帰還しましょう、とりあえずスーツの亀裂は手で塞いどいて、酸素はこっちのスーツから共有するから」

「悪い、頼む」


 シエルの酸素タンクをユニヴェールの酸素タンクにチューブを使って供給してもらいながら、ゆっくりと帰還した。


「はぁはぁ……はぁぁぁ……」

「アイキ、大丈夫?」

「ああ……とりあえず生きてるから、大丈夫だろ……」


 格納庫に戻って来るなり、俺は両膝をついて倒れた。バイザーを開いて新鮮な空気を胸いっぱいになるまで吸い込む。


「かなり重度の酸素欠乏だな、ストレッチャーを持ってこい!医務室へ運ぶぞ」


 俺はそのまま、立ち上がることも出来ずに、医務室へと運ばれていった。ストレッチャーで運ばれている時、誰かが俺の手を握ってくれているような気がした……二人の、暖かい手が……


***


「ねぇ、アナタはアイキとはどれくらいの付き合いなの?」

「アーくんと?どれくらい経つんだろ……私が物心ついた時からいたから、20年くらいかな?」

「アナタっていくつなの?」

「二十歳だよ、エマさんは?」

「二十二よ」


 私は今、医務室で眠っているアイキの傍にいる。私と一緒にいるのは食堂で知り合った赤毛のポニーテールの女の子、アビー。


「アビーさんは彼が何をしているのか知っているの?」

「はい、新しいアクティブスーツの実験だって、今回のもその事故だって聞いていて」


 なるほど、嘘はついてない……でもこの様子じゃ本当の事は伝えていないみたいね。もし計画の事を聞いたら、この子はどんな思いをするのかしら……。


「エマさんもアーくんと同じ実験に参加しているんですよね?」

「え、ええ、そうだけど」

「アーくんとはいつも一緒にいるんですか?」

「まぁ、ね」


 なんだか言葉尻に棘を感じるわ。別に彼に好意は無いから、こんなことで嫉妬されても困るんだけど……


「そっか……じゃあアーくんのことよろしくお願いしますね」

「……へ?」


 彼女は椅子に座りながら深々と頭を下げてきた。あんまり突拍子もない行動に私もどうしていいのかわからず、あたふたとしてしまう。


「あの、よろしくって……なにを?」

「だって、アーくんってばいつも無茶するし、自分の事大切にしないから」


 自分のことを大切にしない。確かに彼の戦い方は無理無茶を通しているところが節々に見えた。見ていなくても、わかるものなのかしら……。


「ねぇアナタにとっての彼は、どういう存在なの?」

「私にとってのアーくん?そうですね……」


 アビーは人差し指で下唇を押し上げるようにして考える素振そぶりを見せると、そのまま閃いたかのように指パッチンをする。満面の笑みで答える。


「家族!かな」

「家族……そっか……そうなんだ……」


 私に家族はいない……でもなんとなく、彼女を見ているとわかったような気がする。さっきの嫉妬のような視線、あれは嫉妬なんかじゃない。家族と一緒にいる人がどんなか知りたかっただけなんだ。


「ねぇ、アナタのこと、もっと教えてくれる?」

「は、はい!もっとお話ししましょう!」


***


 目蓋まぶたが重たい……蛍光灯の明かりが俺の目を刺激する。聞こえてくるのは、聞き覚えのある二人の女の声。


「でねでね、その時のアーくんがね……!」

「ふふふっかわいいところあるのね、あ、目が覚めた?」

「……どこだ、ここ」


 俺の目覚めに気付いたエマは優しく微笑んでくれた。そしてもう一人そこにいるアビーが気付くと、泣きながら抱きついてきた。


「お、おいアビー泣くことないだろ?」

「だって……だって……!」

「アビーさんさっきまで笑ってたのに」

「だぁってぇ!!安心したら涙が出でぎだんだも~ん!!」


 そこまで心配してくれていたのか……そりゃそうか、もしアビーが倒れたって聞いたら俺も同じ反応をするような気がするしな。俺の胸元に顔をうずめて大泣きするアビーが顔を上げると、彼女の鼻水が俺の服に。


「うわ!きたねぇ!ティッシュかタオルくれ!」

「わ、わかったわ!」

「びえ~ん!」

「もう泣き止め!!」


 服についた鼻水を慌てて拭きながら、泣きじゃくるアビーをなだめる。しかし俺が目を覚ます直前に聞こえた笑い声が俺は気になった。


「そういえばお前たち何の話をしていたんだ?」

「あ、それは昔アナタがおねしょ……」

「あー!ダメダメ!言っちゃダメです!」


 おねしょ?昔……俺が……?あーなるほど、だいたいわかった……。


「おぉい~アビーちゃ~ん……」

「ひぅ!?」

「何人の恥ずかしい過去暴露してくれてんだー!!」


 俺はこの憎たらしい女の頭をホールドしてがっちり固めてやる。ヘッドロックされたアビーは奇妙な悲鳴を上げながら俺の腕をバンバンと叩いてくる。


「や、やめて!まだおねしょ常習犯でよく私の布団とすり替えてなすり付けてきたってことしか言ってないから!」

「全部言ってんじゃねえかぁぁぁぁ!!」

「ぎにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

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