過去

「死んだって、どういうことだ……」

「そのままの意味よ、大気圏突破中に何らかの妨害を受けて失敗、そのまま燃え尽きたわ」


 彼女が言うにはこのシングルストライカー計画は10年前に動き出していたということ。その当時は俺たちの都市スカイラブの他に「マーキュリー」「ジェミニ」「アポロ」の三都市。五つある都市のうち「ソユーズテスト」以外全ての都市が参加した一大プロジェクトだった。


「でも、プロジェクトは何者かの妨害によって失敗……以後被験者の危険度の高さを反政府的な市民達につけこまれて計画は凍結した」


 反政府的な市民。彼らのほとんどにはある共通点があった。それは月で生まれ月で育った人の中でも宇宙船テロで家族や大切な人を亡くした人たちばかり、テロ組織の構成員が地球人だったこともあり、みんな地球人に対しては強い差別意識を持っている。


「ここでも、地球人差別か……」

「アイキ、どうしたの?」

「いや、別に……」

「自分も地球生まれだから色々嫌な思いしてきたとか」

「え……」


 なんでエマはそのことを知っているんだ……俺は自分が地球人だっていうことは誰にも話しちゃいない。俺が地球生まれだと知っているのがオスカーくらいなはず……。


「お前、オスカーから聞いたのか……」

「まぁね、あくまで情報として知ってるだけ、アイキが地球で生まれたこと、二十年前に両親を失っていること、今回の被験体に選ばれたのは……」

「やめろ……」

「……そうね、言わなくてもアナタは全部知っているものね」


 思い出したくもない……二十年前に起きたことなんて……もう終わった事なんだから……


「ま、今後の事もあるし、もう寝ましょ」

「悪い、気を遣わせた……」

「いえ、私も少し大人げなかったわ……」


 この共同生活の初日の夜はあまり寝付けなかった。誰に強制されたわけでもないこの生活。あの場所にいるくらいならと自分で選んだのに、なぜかただ頭の中がごちゃごちゃだった。




「尋問の結果、昨日のアポロから来たストライカースーツの出どころがわかった」

「なに!?」


 朝になって再び最下層の格納庫に入った俺とエマを待っていたのは、昨日の内通者からの情報で得たアポロの基地の場所。そしてこれから始める作戦のこと。


「今度はこっちからアポロの基地に攻め込むってのか!?」

「待ってください、大っぴらに動けば他の都市にもこの計画の再始動がバレてしまします」

「それについては問題ない、既に昨日の夜から、他都市全てから徹夜で抗議の電話が送られてきている」

「え?」


 どうやら、昨日派手に戦闘しすぎたせいで、色々と情報がダダ漏れだったらしい。だから今更隠れたって仕方がないということだ。


「他の都市は抗議の電話以外には何かアクションを起こして来ているのか?」

「ああ、今のところは静寂を保っているが、いつ何をしでかすかわからない」

「だから、すぐにでも再攻撃をしかけて来そうなアポロを先にこっちから叩き潰すってか、ずいぶん乱暴な話だ」

「何が言いたいんだアイキ」


 何が言いたいだと……このおっさんは自分たちが何やってるのかわかっていてそう言ったのか……本格的な攻撃なんて仕掛けたら少なからず人が死ぬ。そんな簡単な事は誰にだってわかるのに。


「アンタらスカイラブの研究者や技術者が、まるで抜け駆けするようにこの計画を再始動させたから、こういうことになったんじゃないのかよ」

「そうだな、キミの言う通りだ」

「わかっているなら……!」

「今のこの月面都市の情勢を、キミはどれくらい知っている?」


 月面都市の情勢。そんなものに興味を持ったことなんてほとんどない。この男は俺をまるで見下すような視線で見て、話を続けた。


「キミが忌み嫌う地球人差別が最も過激な都市ソユーズテストが、今この月面の都市群の中で最も技術が発展している、このままではやがてあそこが主導権を握り、差別はさらに加速する」


 差別が加速する……?確かにそんな奴らが月面の諸々もろもろの主導権を握れば、差別は拡大する。だが計画の遂行者にして抜け駆けをしたのが地球生まれの俺であったと知れたらその方が問題になりかねないようにも感じる。



「他都市がキミの生まれの事で何か言ってくれば、こちらも公的に人種差別問題として取り上げさせてもらう、それにこちらの技術力を示せば他都市などすぐに黙る」

「つまり、この計画の目的は大気圏突破の成果を上げることでスカイラブの技術的優位を獲得してソユーズテストの台頭を防ぐってわけか……」


 正直なところ納得はしていない、俺はそういう人を出し抜くような事は好きじゃない。だが地球人差別が加速するのはもっと嫌だ。


「わかった……いくよ……まずはアポロを黙らせる!」


 ストライカースーツ「ユニヴェール」を身に纏う。昨日のようなヘマはしない、大振りの太刀と小型銃を手に俺はリフトに乗り込んだ。筒状の長距離航行用推進剤タンクを二本も装備した。これで全速力で突撃できる。


「でも、良いのかしら」

「なにが?」

「この奇襲って、少なくともアポロの施設に牽制をかけるんでしょ?ってことは一歩間違えれば死人が出るわよ」


 エマもやっぱりわかっている。ただ接近しただけで、あの双刃刀ツインブレード持ちが出てくるとは限らない。ある程度おびき寄せるだけの威嚇は必要になるだろう……。


「致し方ないだろう、君たちの腕に期待させてもらう、途中からこちらからの通信は届かないかもしれない、二人とも気を引き締めろ」

「ずいぶん簡単に言ってくれるな、行くぜ!!」


 俺はエマより先行してリフトを起動させ、発進する。今度はリフトの勢いを最大限に利用した出撃に成功する。急加速したストライカースーツで月の空を駆け抜ける。


「アイキ!先行しすぎ!アタシのシエルじゃアナタのユニヴェールには追い付けないってわかってる!?たとえ辿り着いても単独じゃ……!」

「わかってる!でもこうしている間にも相手は俺たちの動きをキャッチするだろう!急がねぇと奇襲の意味がねぇ!」


 半ばやけくそで目標とした施設は軍事兵器の施設に向かう。ちょうどそこに着くまでの半分の距離を飛んだところで、突然耳をつんざくような警告音アラートが響く。慌ててヘルメットの横にあるスイッチで、モニターに周囲のレーダーを表示すると、こちらに向かってくる反応が一つ。


「こっちが来るのも読んでたってか……エマ!奇襲は失敗みたいだ!」

「みたいね……すぐに援護に向かうわ、持ちこたえて」

「いや、援護どころじゃなさそうだ……!」


 レーダーに反応してくるのは、あのストライカースーツの背後にあるいくつか物体反応は三角型に編隊を組んで直進してくる。


「これもしかして、宇宙用戦闘機!?」

「かもしれない……エマ、そっちは頼む!」

「アナタは!?」

「俺は、コイツをぶっ倒す!!」


 さらに加速して太刀を振りかぶる。相手もその手に握ったツインブレードを振りかぶる。互いの鋼の刃がぶつかり合い、音がしないはずの宇宙空間に轟音が響いたような気がした。


「聞こえてんだろ、アルフレッド・ツェンダー!」

「な、なぜ僕の名前を!?」


 昨日戦った時、確かに接触回線で声が聞こえたが、試して正解だった。これで聞きたかったことが聞ける。


「とりあえず聞くが、なぜあのタイミングで俺たちに仕掛けてきた!?」

「なぜって、凍結した計画を勝手に動かしていたのはキミたちスカイラブじゃないか!」

「そうじゃねぇ!お前らアポロの連中はスパイを潜り込ませることに成功した、ならもっと確実に破壊する方法があったのに、なぜそうしなかった!?」


 そうだ、スパイの存在を研究者たちは気付くことが出来なかった。ならば爆破するなりスーツに欠陥をつくるなり、計画を頓挫とんざさせる方法なんていくらでもあったはずだ。だがこいつらはわざわざ力で向かってきた。


「アポロも考えていることは同じなんだろ!わざわざその力を見せつけて都市間での優位性を保とうとしている!違うか!」

「キミらに言われる筋合いはないし、言われたくもない!!」


 鍔迫つばぜり合いのさなか、アルフレッドの拳が俺の顔面を捉えた。その勢いで太刀を弾かれ、体はその勢いで回り背を向けてしまう。後方から斬りかかってくるのが警告音アラートでわかる。


「なら……これでどうだ!!」


 脚部のスラスターを噴かしての急速加速。回転の勢いをそのままに右足を、ブレードを振り上げてがら空きの腹に叩き込む。


「ぐあっ!貴様……!!」

「へっ、一撃かましただけで安心してんなよ!」


 しかし、再び俺の耳に警告音アラートが届くと、無数の視界に映ったのは五機編隊を組んだ宇宙用戦闘機。そしてそこから発射された大量のミサイル。


「ちっ何発撃ってくるつもりだよ!ぐあっ!」


 ミサイルを回避する動きをアルフレッドに読まれ、直上ちょくじょうからブレードを振り下ろされ、どうにか太刀で受けはしたものの月面に叩き落とされる。更に続くミサイルに俺が死を予感したその瞬間。一筋の閃光がミサイルを撃ち抜き爆散させていく。


「だから言ったのよ、先行しすぎだって」

「でも追い付いてこれたろ?ありがとよ」

「いいから、アイキはそのストライカースーツを倒して、他は私がやるわ」



 エマが再び長距離砲ロングレンジライフルを構え、弾丸を放つと同時に、俺は月面から急上昇。アルフレッドと再びぶつかり合う。


「これで邪魔は入らねぇ……決着をつけてやる!」

「望むところ!」


 鋼の刃がぶつかり合い、俺たちの宇宙に再び、轟音が鳴り響く。

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